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風使いと〈斬撃の巫女〉

戦いにすらならない

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 見えないはずなのに狙って斬ることが出来ている、そう思っていることであろう。しかし、菜穂の視界はそんな壁などすり抜けて外を見通していた。菜穂の力、〈斬撃の巫女〉の力は『壁の向こうが見えない』という常識をも一時的とは言えども斬っていたのだから。
「さて、次はどうしましょうか、あの少女の髪でも斬って見ましょう」
 菜穂は刀を手で弄ぶように一度震わせた。



 一真はあまりにも不利な状況の中、どう忍び込むのかを考えていた。
 那雪はどうしようもないこの状況の中、どう打開するべきなのか考えが霧に包まれて何も思い浮かばないでいた。
 一真が自分よりも遥かに高いところにはめられた窓を見て動き出そうとしたその時、那雪は短い微かな悲鳴をあげた。
「どうした? なゆきち」
 那雪の方に目を向けると、地面に黒い糸のようなものが多く落ちて、那雪の髪は短くなって跳ねるようにうねっていた。つまり、あの女は那雪の髪を斬ったのだという。
「やってくれたな、俺の彼女に! アイツじゃないが確かに許せないなこれはな!」
 一真は地を蹴り宙を転がりそして弱々しく張られた透明の壁、窓を割って建物の中へと入っていく。割れたガラスの破片たちは勢いよく飛ばされて壁へ叩き付けられるものや輝きを反射しながら闇を舞うものに別れていく。
-どうかふたりで生きて帰れますように-
 那雪はその様子を見ながらただひたすら祈っていた。ただただ『祈り』を捧げていた。



 一真は床を思い切り殴りつけ、破壊しながら下へと落ちて行く。3階、2階、そして1階へ。真下にいる菜穂は刀を軽く二度振った。一真の下には菜穂はいなくて、一真の足首の辺りから多量の血が流れている。
 空から落ちて来たように襲撃してきた一真を菜穂は睨みつける。
「どうして居場所が分かったのでしょうか」
「魔力が漏れてたぜ、才能に溺れただけの雑魚が」
 菜穂が刀を振る。それだけで一真の左肩から紅い飛沫が勢いよく噴き出していく。
「その雑魚、才能だけの純粋な戦いにも勝てないあなたは何でしょうか? クソ雑魚でしょうか?」
「女の子の口からクソが出て来るなんてな」
「言い方」
 菜穂はまたしても刀を振る。当たってもいないはずの斬撃に苦しめられる一真、次は足元が抜けて足をはめられた動くことすら叶わず一真はただ焦る。
 もはや戦いにすらならない。菜穂は表情ひとつ変えずにトドメの一撃、メインディッシュを振る舞おうとしたその時、一真の身体は青白い光に包まれた。
「何!?」
 一真は笑って答えた。
「この暖かな感じ、なゆきちだな。あの子の力は呪いなんかじゃない、祈りだ」
 菜穂の目の前から一真の姿は消失した。
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