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風使いと〈斬撃の巫女〉

菜穂の想い

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 重く気怠い身体を引き摺って歩く。鈴香に支えられて、一緒に歩く。
「鈴香、荷物重いだろ? 俺はひとりで歩けるから支えなくていい」
 鈴香は首を横に振る。その意思の強さに抗う程の元気など怜は持ち合わせていなかった。
「怜が……弱ってる……から、無理…………させない」
 怜は珍しく微笑んでみせた。
「鈴香は強いな」
「弱い…………よ。ダメ……なの。戦うことも……出来ない」
「そんなこと知ってる。こうやって支えてくれてさ、やっぱ強いな」
 鈴香は頬を赤くして顔を逸らしたのであった。



 アパートで寄り添うように眠るふたり。月明かりは新しく敷かれたカーテンによって防がれて、夜の景色は閉ざされてよるらしさは暗闇と静けさ以外のなにも感じられない。
 怜は目を開く。鈴香の寝顔は穏やかで安らかで可愛らしくて、この夜の闇の中ではこの上なく輝いて見えた。
 怜は食器棚の下の段、お菓子や缶詰め等を収納しているところから缶コーヒーを取り出してアパートのドアを開く。
 家に帰ってから鈴香は魔法が使えるようになりたいと言っていた。きっと今日の戦いのことであろう。
 怜は基本的な魔力の操作方法くらいは分かると知ってひとまずは魔力による防御と肉体強化、爆発を教えておいて最後に回復魔法を教えたのであった。弱々しい回復魔法、しかし鈴香の頬の傷を治すくらいのことは簡単なようで鈴香は鏡に映る綺麗な顔を見て喜んではしゃいでいたのであった。
「勇人……妹はぜってー守り通すからな」
 夜風に当たりながら夜闇にそんな追憶の残像を映して思い返していた怜だったが、突如風向きが変わったのを感じて何処へと無く言葉を放つ。
「風使いのところまで来るっつーのならせめて風向きくらいは考えろって話だろ」
「分からせるためにしたんだよ、先輩」
 その声、その言葉、怜は知っていた、覚えていた、思い出していた。
 その場にいたのは巫女服を着て日本刀を持ったあの人。昔より少しだけ大人びた顔はそれでも相変わらず菜穂だと分かるもの。
「確か、魔導教団側なんだよな。なら」
「違うよ。確かに魔導教団に入ってる。家的にも私の意思でも。でもね、それは魔女の力を操って人から離れて行ってる勇人先輩のため」
 怜は菜穂を思い切り睨み付ける。その表情には恐ろしい程の苛立ちがむき出しになっていた。
「菜穂、勇人のためだと思うならどうして側にいてやらなかった。どうして守ってやらなかった。魔女の力を男が使えば存在が人から離れていく、変わっていくなんて分かってながら見てなかったわけだよな」
 怜は一番大切なことを付け加える。
「菜穂がそばにいて守ってやれば勇人は死なずに済んだんじゃないか? 俺だって今でもそう。一緒に戦っていれば死なずに済んだんじゃないかって後悔してる」
 菜穂の表情は凍り付き、膝から崩れ落ちる。
「もう、『お前』には用はねぇ、失せろ」
 それだけを残して怜は部屋へと戻るのであった。
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