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風使いと〈斬撃の巫女〉

普通の運転

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 真昼から車を借りた一真は隣りに那雪を乗せて車のエンジンをかけた。ブレーキを踏みシフトレバーをドライブへ、続いてハンドブレーキを倒し、ブレーキから足を離す。
 進み始める車、指示器を点けて右へと曲がる。大回りに、そこそこのスピードで曲がる。
「うぅ……ちょっと」
 慣性の力に引っ張られて那雪はいきなり驚き気持ち悪さを言葉に出していた。
 それからスピードが変わり行く車、目の前の車に近付いたり遠のいて距離が一定を保たない。つまり一言で言えばこの男は運転が下手なのであった。
「運転ってそんなに難しいの?」
「そうだな」
 一言だけの返答。運転に集中していた。
 車はカーブを描く道に左右に揺れ、気持ち悪さを誘発していく。那雪はこの運転で吐いてしまわないように自身に祈る。自身が吐く姿など想像するだけで吐き気を感じる程の地獄絵図であった。以前呪いに逆らった時の吐血などもきっと気持ち悪い女が穢れた液体を吐いているように見える地獄絵図だったであろう。
 などと考えている那雪をよそ目に一真はとにかく運転を続けていた。
 白線をはみ出しては戻り、停止線を大幅に越えて止まり、ただの左折が急カーブを描く。
 そして到着したのがコンビニであった。
 一真は苦戦しつつもバックで車を進めて停めた。
 車を降りた那雪はひと言だけ零す。
「デートどころじゃない」
「慣れれば案外問題ないと思うけどなあ」
 一真には話す余裕が出来たものの、那雪には話す余裕などありはしない。
 暗闇に閉ざされようとしている薄暗い空の下、アスファルトの道を走る車たちを少しの間見つめて一真はため息をつく。数秒の沈黙の後、気持ち悪さのあまりフラ付いている那雪の身体を支えてコンビニへと足を運んだ。
 自動ドアは開き、そこで向かい合った男。その男は一真の肩を掴んで言った。
「てめぇ、魔法使いだろ。それもそこの女、ソイツは勇人に散々酷い事したって話じゃねぇか」
 そこに立っていたのは風使いの魔法使いの怜。となりに幼い少女を引き連れていた。
「くっ、魔法使いかよ、しかも戦闘狂の日之影 怜。お前が女の子を引き連れるなんてどんな風の吹き回しだ? もしかしてそういう趣味なのか」
 怜は一真を鋭く冷たい瞳で睨み付ける。
「ああ!? 誰が幼女好きだぁ? ざけんな!」
 鈴香を怜にしては柔らかな視線で一瞥して再び一真を睨み付ける。
「鈴香はな! 勇人の妹なんだ、今は亡き親友のな」
「一匹狼のイメージがあったのに友だちがいたなんてな。お前にも人の血が流れてたんだな」
「てめぇぶっ殺す」
 そしてふたりの決闘を執行すべく、みんなで川の方へと向かうのであった。一真の運転で。
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