上 下
76 / 132
風使いと〈斬撃の巫女〉

しおりを挟む
 白い部屋は明るくて、日がそのまま差し込むその部屋は鈴香の意識を眠りから引き上げていく。
 鈴香は目を擦りながら開いて目に入った怜の寝顔をただ眺める。そして怜を起こさないように軽く呟くのであった。
「可愛い……寝顔…………撫でたい……な」
 湧き上がる欲はすぐに大きくなっていく。膨れ上がって爆発しそうな程に。鈴香は小さな手を伸ばし、怜の頭へと持っていく。そして優しく撫でながら流れ込んでくる満足感を味わい幸せそうな微笑みを浮かべるのであった。
「えへへ……男の子って…………いつまでも……男の子…………なんだ、ね」
 そうして怜を撫で続けること5分、鈴香が触れ続けている頭は震えるように微かに動き、そして目を開ける。
「なにやってんだ」
 気怠そうに面倒だと言わんばかりの口調でそう言って立ち上がる。
「おはよう」
 そんな挨拶に怜はやはり答えるのであった。
「……おはよう」
 それもまた怜が後輩からの躾と言ったそれなのだろうか。
 そんなことを考える鈴香に怜は言った。
「鈴香は学校だろ?」
 その言葉に対して鈴香は大きく困惑を抱いていることが伝わる表情をしていた。
「制服…………ない」
「そうかよ、じゃああの家まで取りに行くか」
 怜は着替えてクローゼットから大きめのカバンを取り出して鈴香を抱いて外へと飛び出した。



 居間は殆ど砕け散った家、破片や人の死体をも風で吹き飛ばして鈴香の部屋の残骸へと向かった。
 居間から遠ざかる程にある程度の輪郭を遺している家。それなり以上に強い怜の本気とはいえども流石に全てを吹き飛ばす事は叶わなかったようである。鈴香は怜の腕から離れてかつての自分の部屋へと走っていく。そこは壁に穴の空いた程度の部屋。
-壊しきれなかっただと。俺の実力が足りねぇ-
 己の実力不足に打ちひしがれている怜は立ち尽くし、鈴香は怜のカバンを取って部屋から必要な物を詰め込んでいく。
「あれが…………たりない……よ」
 衣服にCD、恋愛マンガに保湿液、ある物が足りない。腕時計に飾り物、恋愛小説に化粧品、やはり足りない。居間にしかないそれは間違いなく木っ端微塵であろう。
 不満を抑えながら制服に着替えて怜の元に寄っていく。
「怜……行こ」
 硬直でもしていたのだろうか、一瞬身体を震わせた怜は鈴香を抱えて自宅へと戻って行く。
 あまりにも重たくなった荷物、跳び走り着地、そういった移動のために使っている風魔法の出力を上げてエレベーターすら使わずに上から攻めるように屋上に着地し、ドアノブを捻って余力で家に到着した。
 そして鈴香が荷物を詰め込んだカバンを床に置いて言った。
「学校行ってくれよ、これでいいだろ」
 鈴香はいやに明るい笑顔を浮かべていた。
「なんだ、今度はどうしちまったってんだ」
「怜……送ってって。このまま……じゃあ、私……もう…………間に合わない」
 怜は肩を落とす。
「俺は姫さまをお送りする馬車か何かかよ」
 鈴香は頬を仄かに赤く染めて頬に手を当てて目を閉じて言う。
「お姫様を……お届けする…………王子さま」
「分かった、にしてもなんでこうなっちまったんだ俺!」
 そして鈴香を左腕で抱き寄せる。
「しっかり掴まってろ。振り落とされないようにな」
 この時ばかりは今は亡き勇人を睨み付け、心の中で文句を洩らしつつ風になるように飛んで駆けて、駅へと向かおうとする。
 その時鈴香が何かを話していたがその掠れた弱々しい声は風の音にかき消されていた。それに気が付いたのは朝ごはんと鈴香の昼ごはんを買おうと途中でコンビニに寄ろうとした時。曰く、電車では痴漢が恐いため学校まで送って欲しい。怜は鈴香の顔を眺め、鈴香を赤面させてコンビニに寄って結局学校まで送って行ったのであった。
 朝だけで魔法を使う時間は20分ほど、急いでいたためそこそこ強めに風を常に放ちながら移動していたため普段の戦いよりも断然疲れていたのであった。
しおりを挟む

処理中です...