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始まり

紅茶

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 それはこの地域、特に都会の方ではよく見かける背の低いビル。その2階で飯塚 将輝は受話器に耳を当てて話していた。
「呪いの塔は1箇所しかバレていない。他の塔に変に人を置く方が怪しまれるからそこだけ守っておいてくれ、大丈夫、あのバカ共が気付くわけもない」
 それだけ言って受話器を電話機に叩き付けた。
「クソが! ……あのバカ共の2人が来たな。知ってる限り刹菜、ヤツらの仲間はアイツ一人だ。無知かバカしかいないのなら全員呪い殺すだけだ」
 事務所のドアは蹴り開けられた。
「やはり無知でバカだな。礼儀と言うものも知らない」
「刹菜から伝言。『呪いの手順や準備もすっ飛ばしたお前、呪いに対する礼儀も知らぬ若造に賢者の鉄槌を。by一真』……なんで俺が言ったみたいになってんだ」
 渡されたと思しき紙を読み上げる一真を睨んでいた将輝だったが、最後のその言葉を耳にした瞬間、その表情を笑いによって染め上げた。
「バカめ、面白い事を言うな。取り敢えず座れ」
 そうして一真と那雪は椅子に腰掛ける。将輝は2人に対して紅茶を出した。レモンを浮かべた紅茶。レモンの爽やかな香りを堪能しながら天を仰ぐ那雪とただ紅茶を眺めていた一真は訊ねる。
「毒入ってないだろうな」
 将輝は笑う。
「毒なんて地味な殺し方はしないぜ。それより話し合おう。互いが納得する道を選びたいだろう」
 それは時間稼ぎ。将輝の狙いは那雪の呪殺。それが終わったその時、一真は怒りを露わにして突撃してくるであろう。そしてそうした思考を捨てた突撃こそが一真終焉の合図となる。天井の仕掛けは一真の命を確実に奪い去るであろう。那雪は紅茶を眺めて頭を押さえ始めていた。
「一真、気分が悪くなって来た」
 その一言と紅茶に向く視線、那雪の声の調子、一真としては見慣れたあの現象。
ー紅茶を眺めている。もしや何か仕込んだなー
 最愛の少女を見て取ったその情報。それに従って一真はカップを床に叩き付けた。ティーカップは空中を勢いよく飛んで行き、地へと叩き付けられてその身を砕いて中の紅い液体をばら撒きレモンも落ちる。地へと放られたレモンは突如目をもつんざく鋭い閃光を放ち、爆発した。
「毒じゃなくて爆発なら派手だって言いたいのか」
「戦略がダメなら死ねとでも?」
 一真はその言葉を無視して那雪の元にあるカップも取り上げて天井、それも那雪が眺めていたところへと投げ込む。天井へと飛んで行くカップはその白い飛んだ先の天の床へとたどり着く直前に赤い光に貫かれて破裂した。
「完全に狙いは罠だったわけだ」
 一真は携帯電話である番号にかけて1度だけコールを鳴らして切る事でビニール傘を手に駆け出した。
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