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始まり

その刹那にこの刹菜

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 時は23時半、あと30分で那雪の死の呪いが発動してしまうという危うい時間に刹菜と奈々美は建物に寄りかかり紫水晶の塔を眺めていた。その塔には3人程の不良のように見える魔法使いたちが並んでいた。
「あの実力があの人数なら私一人でもやれそうだな。多勢に無勢なんて言うやつがいるけどそれなりの実力を持ってから言えって話だ」
 刹菜は万年筆を握り締めて着信を待っていた。
「さあ来いさあ来いさあさあ来い来い相手に捧げるカノンは優しく相手を地獄に見送るカノンだ。そのメロディは鎮魂歌」
 そんな言葉と共に着信を待つ。暗闇は刹菜と奈々美の姿を包み隠していた。緊張は刹菜の心臓の鼓動を加速させていく。万年筆を握る手は汗で濡れていた。
「私の魔法を使えばあの塔を壊すのも容易いが、タイミングが大切なんだろう。マイペースだから人に合わせるの苦手なんだけどなあ」
 刹菜は太ももに小刻みに強く震えるものを感じた。怯えてでもいるのかその携帯は身を震わせていた。
「来た、オペレーション・エクスキューション!」
 そう叫びながら物陰から飛び出してタバコを吸っている不良に飛びつき万年筆を握った手を振り下ろす。
 不良は声を上げながら倒れた。
「そんなもの吸ってるからフラれるんだ。私の拳を振られるんだ。2人目!」
 腕を思い切り振る事で2人目の釘バットを構えた不良の顔面に万年筆による鋭い衝撃を持った一閃を加える。
 そして殴り掛かって来る残りの1人にもまた万年筆での攻撃を与えようとしたその時、ある刺々しい気配を感じて刹菜は地を蹴って不良から遠ざかる。不良を中心に起こる突風は不良を飲み込み意識を奪う。
「やれやれ、どうやら私の活躍の黄金比を乱そうとする輩がいるみたいだ」
「はあ? てめえはなんで生きてやがる。俺の風に飲まれて一緒に死んどけよ。奥の気配が本命臭いしな」
 そこに現れたのは一人の若い男。一真とあまり変わらない年齢に見えるが鋭い目付きによってその顔は一真よりも大人の心を持っていそうに見えた。
「なんで生きてるかって? そんなの生きてるから生きてるんだるんだ」
 刹菜は突如、本来の人の言葉のどれとも異なる謎の言語を用いて歌い始める。すると奈々美が物陰から現れた。
「出やがったな、〈三原色の魔女〉」
「出やがったよ、〈三原色の魔女〉」
 刹菜はそう答えた後、再び歌い始める。
「見せてみろよ地・水・風の3つの力をよ」
 男が放つ風はしかし、奈々美の周囲から現れたツタやイバラによって防がれる。
「地属性か、飽くまで俺と同じ属性は使わないスタンスってか?」
 次に男が放った竜巻は再び奈々美の方へと向かうがしかし、茨の竜の羽ばたきによってかき消されてしまう。
 男はこれでもかと言わんばかりに風の刃を飛ばして茨の竜を切り裂き、奈々美の胸を引き裂く。
 そうして傷付けられた奈々美の身体から血が出る事はなく、その姿は木の枝と葉の塊へと変わり果てていた。
 刹菜は歌うことをやめて男に対して意地悪なニヤつきを浮かべた。
「まさか予定外の事で私の計らいが成功するとは。今日の昼来たここは不良が来るって思ったし、人数を恐れて奈々美には別のとこに行って貰ってたんだ」
 そして男に対して背を向けて駆け出した。
「後出来るのは逃げるだけ、さらばだ!」
「待てよ、この日之影 怜を騙しておいて安らかに死ねると思うなよ」
「待たないサラダバー」
 刹菜は戦場から離脱したのであった。



 ローブを纏った美しい女は建物を見渡しながら紫水晶の塔の気配を探っていた。それから約10分後、得意げな笑みを浮かべて口にするのであった。
「見つけた」
 その言葉に幻影は震えて剥がれ落ちる。そして現れた紫水晶の塔に触れる。すると塔は揺れ、その身を崩し始めたのであった。
「作戦は成功したわ」
 それを刹菜と一真に伝えるべく、携帯電話を開き、メールを打ち始めたのであった。
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