山羊頭の魔神

焼魚圭

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山羊頭の御柱計画

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 夜が明け、いつも通りの仕事をただ行うがままに終わらせ、そして住宅やアパートの並ぶ街の中を歩く満明。住宅のようにも見える居酒屋近くの古びたアパートの2階、その奥の部屋の呼び鈴を鳴らした。しかし、呼び鈴の返答は沈黙の間だけ。再び呼び鈴を鳴らすも返事は静まり返った空気だけ。
 満明はドアを引く。ドアは何一つの錠の抵抗も無く開かれた。抵抗無きドアの向こう側に吸い込まれるかのように中へ中へと入って行く。浩一郎は不在だった。
「魔法使いを敵に回し過ぎた人物とは思えないな。自殺志願者の様な有り様だ」
 浩一郎の蒐めた様々な妖しげで怪しげな道具を見渡す。怪し気な模様の入った壺、変に透き通る青い石、何に使うのだろうか想像すら付かせぬ木の棒。そんな棒には得体の知れない文字が埋め尽くすかのように書かれていた。謎の水の入った瓶や蛙の標本が置いてある机の引き出しを開く。
 そこには数枚の紙が入っていた。
〈山羊頭の魔神生産計画〉
 そう書かれていた。運命に導かれるままに紙をめくる。そこに描かれていた絵に満明は言葉を失った。山羊頭の蛇、山羊の頭蓋骨を頭として人の骸骨を身体とした存在、山羊のような姿をしてタコの足を持つ異形。恐らくこの三柱こそが真昼の言っていた〈山羊頭の御柱〉なのだろう。
 真昼に借りた手帳とペンを持ち、その記録の破片を複製していく。それは様々な犠牲、生け贄を出す事で完成した存在。中には蛇の身体やタコの足、山羊の頭の中身、土人形の心臓。それらに加えて人由来の物質や人体の一部を使用した非人道的なものさえあったという。
「あまりにも悪趣味だ」
 そう呟き次のページをめくる。前のページの工程を経て完成された三柱の悪魔を一人の人間に取り込み〈山羊頭の魔神〉を完成させる実験だったようだ。それらの文章から多少の空白を持ったその下、そこに書かれていた文が気になって仕方がなかった。

『悪魔暴走時の緊急抹消術式・〈分散〉の力』
 目の前の邪悪な存在を現実の悪、闇、そうした世界の中へと溶かし込む術式。

 〈分散〉の力、その名と簡単な日本語の詠唱を手帳に書き込み、そして頭の中に叩き込む。
 そしてめくった次のページ。その内容はあまりにも異様だった。記されているのはこの世のどのような文章とは異なる姿を持った文字の羅列。何故だか読めてしまうが、読む事を心が拒む、脳そのものが理解する事を嫌悪し、瞳に映る事でさえも嫌になるようなあまりにも不気味な文字列だった。しばらく眺めようと奮闘するが、すぐに耐え切れなくなった満明は紙の全てを閉じ、机の引き出しに戻した。
 それからすれ違うようなわずかな時を経ての事だった。ドアの開く音が響く。入ってきたのは例のあの男。
「おっ、満明か。良かった。魔法使い共は鍵掛けても開けて入って来るからもう開き直って鍵開きっ放しなんだ。しかし、良かったよ。ドアを開けたそこにいるのが魔法三原色の使い手の〈東の魔女〉東院 奈々美じゃ無くて」
 満明は一つ、文句を言ってやった。
「なあ、あの女に銃弾が全くもって効かなかったんだが」
 それに返って来た言葉は案外軽いものだった。
「ふーん?なら、いいや。二人で逃げようぜ。どうせお前も顔割れてんだからこのままここにいても助かりやしまい。3日後にあそこの廃屋な。集合日時と場所、ちゃんと書いとけよ?」
 満明は手帳と真昼に借りた例のペンを使って浩一郎に指定された場所と日時を書き留める。
「それにしても手帳とペンか。まるで探偵みたいだな。似合ってるぜ」
 浩一郎はペンに仕込まれた術式には一切気が付いていないようだ。間違いなく気が付いていなかった。
「持って来るものは……流石にオレがカイタホウガイイだロ……お前がメヲウタガうようナモノだカラな」
 そう言って浩一郎は必要な道具が書き込まれた紙を渡す。先程の言葉の所々に混ざった歪みに満明は顔を顰めていた。
「疲れたのか?じゃあまた今度、例の計画の時な」
 そう言われ家を後にした満明。紙に書かれたその文字を眺めるもほんの一瞬で目を離し、潰すように握り締めて歩き出した。その紙を一瞬たりとも持っていたくなかった。
 闇に染まり始めた夕焼け空を背に、家々を通り過ぎ、やがてスーパーマーケットへとたどり着く。そして入口近くのゴミ箱に通りすがりにその紙を放り込んだ。
 あの紙に書かれていたあの文字は己よりも位階の高い邪悪なる存在共が使うこの世のどのような文字とも異なる形をしているにも関わらず読めてしまうあの読むことはおろか目に入れる事さえも憚られるあの文字列だった。
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