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第八幕 日ノ出ズル東ノ国
陰陽師「阿部 晴義」の実力
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闇の中で豪華絢爛な着物を派手に舞わせながら呪符を切り、晴義は術を唱え始める。ひとつの拍が入るかどうか、それだけでも致命的な差だと頭の中に叩き込みつつも現状を見つめて幹人も術式を口にし始めた。
〈四神ヲ以テ方角ヲ視認スル―― 東ニ青龍 西ニ白虎 南ニ朱雀 北ニ玄武 朽チ不宇詞 急々如律令〉
〈四神ヲ以テ方角ヲ視認スル―― 東ニ青龍 西ニ白虎 南ニ朱雀 北ニ玄武 威封道導 急々如律令〉
阿部の口封じの能力、果たして如何なるものなのだろう。突如現れた影のように薄っぺらな人の形をしたモノが幹人に向かって襲ってきた。一方で幹人の風は遅れて送られたものの、それは目の前のモノに贈られることもなく、ただ闇の中に散っては消えるだけだった。
術式を唱える間もなく、手元には包丁もない。そんな無防備にさらされた幹人に、薄っぺらなモノは拳を向ける。
跳んで躱して、木に背中をついて。そうしている間にも何者かは殴りかかりに来ていた。翔んで拳を振り下ろすその姿が月明かりに照らされた。それは白くて薄くて質量を感じさせない。紙で出来ているのだと確認し理解するまでに一度、殴りつけられて大きく咳き込む。
――あれは
幹人はその正体を知った。式神。呪符を切り、術式を呼び出したと思わせて実は別のヒトガタの呪符を動かしていたのだということを解して、式神から逃げ出した。
――あれは、死んでも追いかけて来るはず
式神を背にしたその時、晴義は目の前に立ちはだかってきた。先ほど切った呪符を口に咥え、息を吹きかけ大いなる炎を吹き出していた。
闇をも切り裂くほどに鋭い光を持った炎は牙をむいて幹人に襲い来る。
焦りが己を支配する。その感情は全てを台無しにしてしまうほどに厄介な存在、振り払おうにも上手く行かず、抑え込もうにも暴れ狂う。意識すればするほど、触れればそれだけ大きく強く成って鳴って心をも飲み込もうとしてしまう。
目の前の炎をしゃがんで躱し、幹人は術を唱え始めた。
〈呪いよ式よ怨念よ 来たる道を帰りて 気の元へ返り導かれよ 祓ヘ給ヘ 清メ給ヘ 護リ給ヘ 幸ヘ給ヘ〉
背後から相手を襲いこむ闇と共に在る穢れ孕みし式神に触れ、想いを流し込む。触れた指の表面に、ピリピリキリキリとした棘のような刺激が流れ込む。その感覚の味を視て、晴義の穢れを知る。陰陽師という役職を果たす以上、決して避けられない、決して手放すことの出来ない代物。彼が背負いこんでいるモノ全てを拒絶して、送り返して見せた。呪い返し。
晴義の方へ、式神とのつながりを伝って禍々しく忌々しい怨を纏い穢れた気が還って行くのを見ているのみ。晴義はいとも容易く行われた解呪の跳ね返りの全てを受け止めることになる。戻って来る濃厚で湿っぽくてドロドロとした穢れを視る。途方もない量、受けてしまえばまずタダでは済まない。
「……殺すつもりだな」
吐き捨てて袖からわら人形を取り出して自身の髪を引き抜いて腹にめり込ませ、釘を刺し込み木に叩きつけるように放り投げて刀で釘を打つ。
「身代わりだ」
受けてしまえばひとたまりもない量の穢れの塊の全てを吸い込み、朽ち始める。先ほどまで傷ひとつなかったはずのわら人形が初めからなかったように崩れてなくなり穢れは周囲へと撒き散らされる。
晴義はそれを確認して刀を握りしめる。刀の先まで行き渡った穢れし気配の行く先、向かう先は綾香の方だった。
走り出した晴義。先回りすべく向かう幹人。
立ち向かったところで武器のひとつもない彼に手段はあるのだろうか。
――いや、大丈夫
幹人は大きく息を吸って気の流れを視つめて、穢れに充ちて気の流れが完全に遮断されたこの空間でひとつの術を起動した。
「絶対に、守り抜くんだ」
そう叫び叩き起こした術。幹人の身体は風と成りて消える。風は散り、渦巻いて晴義を勢いよく突き飛ばして木に叩きつけ、一点に集まった。
そこに現れた姿は以前発動した術にて現れたあの女の顔をして、胸を覆うことだけが目的のような短い着物の下部を細くて薄くて黒い布で留め、腰にも同じ生地の布を同じく細い帯で留めていた。
女は扇子を持っていて、その扇子に結び付けられた紐の片方には薄緑の羽、もう片方には幹人を思わせるぬいぐるみが付いていた。
扇子の紐の端で薄っすらと輝く緑の羽根は闇の中で透き通り、景色を微かに照らしていた。
羽根の輝きは闇を切り裂き飲み込み強くなって、力を解放し始めた。
――秘術、解禁!
ぬいぐるみの方から女へと指示が行く。晴義に向けて扇子を一度扇いで強烈な衝撃を叩き込んだ後、その場にいる女を全て連れ去り飛んで立ち去ってしまった。
――許せない相手だからって、勝つ必要はないんだ。それよりも
仲間全員で生き残ること。それが最も大切なこと。
女が向かった先は甘味処 きんとん。そこで仲間たちを風で運び連れ去り、鈴香の小さな手で示された方へと向かって行く。リリは、今の幹人の姿、ぬいぐるみとなった彼を見つめて微笑んだ。
「こんなに小さくなって、可愛いね」
――バレてる!?
ぬいぐるみが本体で幹人の意思で女が動くというまさに女任せなこれまでの旅路から納得のいく能力だった。
幹人はふと周囲を見渡して、身の回りに女しかいないことに気が付き動揺の風に身体を揺らしていた。それからは何も考えることなく鈴香の指示に従って飛ぶのみ。
その姿はまさに今の秘術、魂を映し出した姿そのものだった。
〈四神ヲ以テ方角ヲ視認スル―― 東ニ青龍 西ニ白虎 南ニ朱雀 北ニ玄武 朽チ不宇詞 急々如律令〉
〈四神ヲ以テ方角ヲ視認スル―― 東ニ青龍 西ニ白虎 南ニ朱雀 北ニ玄武 威封道導 急々如律令〉
阿部の口封じの能力、果たして如何なるものなのだろう。突如現れた影のように薄っぺらな人の形をしたモノが幹人に向かって襲ってきた。一方で幹人の風は遅れて送られたものの、それは目の前のモノに贈られることもなく、ただ闇の中に散っては消えるだけだった。
術式を唱える間もなく、手元には包丁もない。そんな無防備にさらされた幹人に、薄っぺらなモノは拳を向ける。
跳んで躱して、木に背中をついて。そうしている間にも何者かは殴りかかりに来ていた。翔んで拳を振り下ろすその姿が月明かりに照らされた。それは白くて薄くて質量を感じさせない。紙で出来ているのだと確認し理解するまでに一度、殴りつけられて大きく咳き込む。
――あれは
幹人はその正体を知った。式神。呪符を切り、術式を呼び出したと思わせて実は別のヒトガタの呪符を動かしていたのだということを解して、式神から逃げ出した。
――あれは、死んでも追いかけて来るはず
式神を背にしたその時、晴義は目の前に立ちはだかってきた。先ほど切った呪符を口に咥え、息を吹きかけ大いなる炎を吹き出していた。
闇をも切り裂くほどに鋭い光を持った炎は牙をむいて幹人に襲い来る。
焦りが己を支配する。その感情は全てを台無しにしてしまうほどに厄介な存在、振り払おうにも上手く行かず、抑え込もうにも暴れ狂う。意識すればするほど、触れればそれだけ大きく強く成って鳴って心をも飲み込もうとしてしまう。
目の前の炎をしゃがんで躱し、幹人は術を唱え始めた。
〈呪いよ式よ怨念よ 来たる道を帰りて 気の元へ返り導かれよ 祓ヘ給ヘ 清メ給ヘ 護リ給ヘ 幸ヘ給ヘ〉
背後から相手を襲いこむ闇と共に在る穢れ孕みし式神に触れ、想いを流し込む。触れた指の表面に、ピリピリキリキリとした棘のような刺激が流れ込む。その感覚の味を視て、晴義の穢れを知る。陰陽師という役職を果たす以上、決して避けられない、決して手放すことの出来ない代物。彼が背負いこんでいるモノ全てを拒絶して、送り返して見せた。呪い返し。
晴義の方へ、式神とのつながりを伝って禍々しく忌々しい怨を纏い穢れた気が還って行くのを見ているのみ。晴義はいとも容易く行われた解呪の跳ね返りの全てを受け止めることになる。戻って来る濃厚で湿っぽくてドロドロとした穢れを視る。途方もない量、受けてしまえばまずタダでは済まない。
「……殺すつもりだな」
吐き捨てて袖からわら人形を取り出して自身の髪を引き抜いて腹にめり込ませ、釘を刺し込み木に叩きつけるように放り投げて刀で釘を打つ。
「身代わりだ」
受けてしまえばひとたまりもない量の穢れの塊の全てを吸い込み、朽ち始める。先ほどまで傷ひとつなかったはずのわら人形が初めからなかったように崩れてなくなり穢れは周囲へと撒き散らされる。
晴義はそれを確認して刀を握りしめる。刀の先まで行き渡った穢れし気配の行く先、向かう先は綾香の方だった。
走り出した晴義。先回りすべく向かう幹人。
立ち向かったところで武器のひとつもない彼に手段はあるのだろうか。
――いや、大丈夫
幹人は大きく息を吸って気の流れを視つめて、穢れに充ちて気の流れが完全に遮断されたこの空間でひとつの術を起動した。
「絶対に、守り抜くんだ」
そう叫び叩き起こした術。幹人の身体は風と成りて消える。風は散り、渦巻いて晴義を勢いよく突き飛ばして木に叩きつけ、一点に集まった。
そこに現れた姿は以前発動した術にて現れたあの女の顔をして、胸を覆うことだけが目的のような短い着物の下部を細くて薄くて黒い布で留め、腰にも同じ生地の布を同じく細い帯で留めていた。
女は扇子を持っていて、その扇子に結び付けられた紐の片方には薄緑の羽、もう片方には幹人を思わせるぬいぐるみが付いていた。
扇子の紐の端で薄っすらと輝く緑の羽根は闇の中で透き通り、景色を微かに照らしていた。
羽根の輝きは闇を切り裂き飲み込み強くなって、力を解放し始めた。
――秘術、解禁!
ぬいぐるみの方から女へと指示が行く。晴義に向けて扇子を一度扇いで強烈な衝撃を叩き込んだ後、その場にいる女を全て連れ去り飛んで立ち去ってしまった。
――許せない相手だからって、勝つ必要はないんだ。それよりも
仲間全員で生き残ること。それが最も大切なこと。
女が向かった先は甘味処 きんとん。そこで仲間たちを風で運び連れ去り、鈴香の小さな手で示された方へと向かって行く。リリは、今の幹人の姿、ぬいぐるみとなった彼を見つめて微笑んだ。
「こんなに小さくなって、可愛いね」
――バレてる!?
ぬいぐるみが本体で幹人の意思で女が動くというまさに女任せなこれまでの旅路から納得のいく能力だった。
幹人はふと周囲を見渡して、身の回りに女しかいないことに気が付き動揺の風に身体を揺らしていた。それからは何も考えることなく鈴香の指示に従って飛ぶのみ。
その姿はまさに今の秘術、魂を映し出した姿そのものだった。
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