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第八幕 日ノ出ズル東ノ国
肉製の器
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鈴香がカドゥケウスの杖を構え、目を閉じる。それを合図に杖に巻き付く二匹の蛇はリボンへと姿を変えて、石の表面は剥がれ落ち、輝きにあふれた透き通る宝珠と薄い色をした翼を広げた薄桃色の杖へと変化した。
鈴香の身体が輝き、衣服が変わり果てる。ここは一体どのような文化を持つ国なのだろう。幹人は目を疑った。
鈴香の輝きは広がり、ハートやリボンが弾けると共にピンクのドレスがその姿を現す。ドレスの上に胸に大きなリボンが飾られている白い襟のついた派手な桃色の服を纏っていた。左髪にもまた、小さなリボンが結ばれていて、鈴香の茶色がかった金髪を可愛らしく彩る。袖は大きくはためきながらも着物とは生地が異なるのだと主張していた。
――また、魔法少女!?
笑顔の魔法使い以来のお目見えだった。
「変身魔女 光の導き手 シャイニングリボン・スズカ!」
鈴香の声は細々としていながらも必死に響かせようとしている気持ちが伝わって来た。
杖を向け、綾香のチカラを吸い込もうと、しっかりと見つめる。
その時だった。突然木の陰から衝撃の風に木の屑や破片、何か肉質のものが飛んできて幹人は慌てて身を後ろへ飛び退けて躱した。
地に落ちる肉質。それに目を向けて正体を視た。
「死者だ」
それは幼子の死者、弱り果てたその幼子の額には解読出来ない文字が書かれた札が貼られていて、幹人としてはキョンシーを連想させた。
死者という言葉に反応したのだろう、傀儡のひとりとでも思ったのだろう。綾香は力を振り絞って顔を上げ、その姿を瞳に捉えるとともにその目を大きく見開いた。
「悠菜! どうしてここに!」
綾香が蘇らせたい人物の死体、肉の器。幹人は肉の器の額に貼られた呪符を見て実に大きな疑問を背負っていた。
――あれってどう見ても陰陽師の物だよな
状況の整理が追いつかない内に事態は進み行く。悠菜が吹き飛んできた方向、深くて何も見えない闇の中から葉を踏む音が、土を鳴らす足音が、心地よく響いていた。状況が状況なだけに、幹人の中ではその心地よさがこの上なく不穏なものに感じられた。
「上質な魔女の気配……ねえ、ふたりとも、食べていい?」
闇から届く声は、幹人が良く知るあの美人のものだった。
「洋子さん!」
幹人の呼び声とともに現した姿に、その魂の存在に、幹人は言葉が出なかった。
口を大きく横に広げた姿は美しい顔を台無しにしていて、元の美形が余計に大きな恐ろしさを盛り付け、彼女の感情に合わせて狂気を演じていた。
お菓子の主張の激しい姿もまた、幹人の中でイヤな想像が膨らんだ。
――リリは大丈夫なのか?
幹人はこの闇の中いっぱいに渦巻く魔力を視つめた。あのふたりがご馳走ならばリリもまた至高のご馳走だろう。目の前に立つ洋子の魔力は明らかに洋子の魔力を大幅に超えていた。そう、魔力は、あの倒れていた時とは比べ物にならない程に増していた。
「洋子! リリを食べたな!」
叫びながら突っ込んで来る幹人に対して、顔だけ動かして微かに目を合わせた上で、再び顔を逸らす。袖を振って、幹人を吹き飛ばす。地に落ちて、葉のクッションに受け止められて。幹人が顔を上げて洋子を見たその時、洋子の手に金平糖が握られているのを目にした。
「うふふ。美味しい金平糖、戴きます」
口に放り投げて噛み締める様子を見ながら幹人は立ち上がる。このままではみんな食べられてしまう。誰一人として生き残れなくなってしまう。
それだけは避けたかった。
幹人は四神を基準に方角を視認した。東ニ青龍 西ニ白虎 南ニ朱雀 北ニ玄武――
「亡風疾爪 急々如律令」
右手を突き出すと共に洋子に向けて五つの風の刃が走り出す。それを羊子は袖ひとつで振り払い、またしても金平糖に変えて口へと放り込む。
「無駄よ、魔力は私にとって高級菓子でしかないんだから」
恐らくどれほど強い魔法を撃ったところで全てが無効化されるだけだろう。魔法や妖術のみで語るなら最強、そのひと言で決着がついてしまう。
それならば魔法以外で戦うしかない。幹人は必然の考察の末に魔力を見通した。綾香の手元に転がっている薙刀、それは魔力を編み込んで作られたものだった。
――相手の養分
そのようなものを扱ったところで幹人の敗北は決まり切っていた。地に転がる綾香から短刀のような姿の包丁を引き抜いて、構える。
「鈴香、この子を助けてあげて」
「ええ……分かっ……た」
魔法の力なしで戦うしかないこの一戦。幹人は周りの乾いた空気に飲まれて気持ちが引き締められていた。一直線の緊張感を包丁と共に大切に握りしめる。
使える魔法は肉体にかける強化のみ。それも羊子に捕まってしまえば相手の力に変えられてしまう。
思考を身体に叩き付け、一歩を力強く踏み出し、地面を蹴った。ここからの戦いには道具による小細工など要らない。相手は戦いのプロでもなければ狩りの経験すらないひとりの甘味処の看板娘。
走り出した途端、目の前に現れた羊子によって頬を叩かれて。気が付けば地面に倒れ込んでいた。
この戦いに道具による小細工など要らない。ただの超人を相手にするのならば、却って己の命を捨て去ってしまうかも知れない状況だった。
鈴香の身体が輝き、衣服が変わり果てる。ここは一体どのような文化を持つ国なのだろう。幹人は目を疑った。
鈴香の輝きは広がり、ハートやリボンが弾けると共にピンクのドレスがその姿を現す。ドレスの上に胸に大きなリボンが飾られている白い襟のついた派手な桃色の服を纏っていた。左髪にもまた、小さなリボンが結ばれていて、鈴香の茶色がかった金髪を可愛らしく彩る。袖は大きくはためきながらも着物とは生地が異なるのだと主張していた。
――また、魔法少女!?
笑顔の魔法使い以来のお目見えだった。
「変身魔女 光の導き手 シャイニングリボン・スズカ!」
鈴香の声は細々としていながらも必死に響かせようとしている気持ちが伝わって来た。
杖を向け、綾香のチカラを吸い込もうと、しっかりと見つめる。
その時だった。突然木の陰から衝撃の風に木の屑や破片、何か肉質のものが飛んできて幹人は慌てて身を後ろへ飛び退けて躱した。
地に落ちる肉質。それに目を向けて正体を視た。
「死者だ」
それは幼子の死者、弱り果てたその幼子の額には解読出来ない文字が書かれた札が貼られていて、幹人としてはキョンシーを連想させた。
死者という言葉に反応したのだろう、傀儡のひとりとでも思ったのだろう。綾香は力を振り絞って顔を上げ、その姿を瞳に捉えるとともにその目を大きく見開いた。
「悠菜! どうしてここに!」
綾香が蘇らせたい人物の死体、肉の器。幹人は肉の器の額に貼られた呪符を見て実に大きな疑問を背負っていた。
――あれってどう見ても陰陽師の物だよな
状況の整理が追いつかない内に事態は進み行く。悠菜が吹き飛んできた方向、深くて何も見えない闇の中から葉を踏む音が、土を鳴らす足音が、心地よく響いていた。状況が状況なだけに、幹人の中ではその心地よさがこの上なく不穏なものに感じられた。
「上質な魔女の気配……ねえ、ふたりとも、食べていい?」
闇から届く声は、幹人が良く知るあの美人のものだった。
「洋子さん!」
幹人の呼び声とともに現した姿に、その魂の存在に、幹人は言葉が出なかった。
口を大きく横に広げた姿は美しい顔を台無しにしていて、元の美形が余計に大きな恐ろしさを盛り付け、彼女の感情に合わせて狂気を演じていた。
お菓子の主張の激しい姿もまた、幹人の中でイヤな想像が膨らんだ。
――リリは大丈夫なのか?
幹人はこの闇の中いっぱいに渦巻く魔力を視つめた。あのふたりがご馳走ならばリリもまた至高のご馳走だろう。目の前に立つ洋子の魔力は明らかに洋子の魔力を大幅に超えていた。そう、魔力は、あの倒れていた時とは比べ物にならない程に増していた。
「洋子! リリを食べたな!」
叫びながら突っ込んで来る幹人に対して、顔だけ動かして微かに目を合わせた上で、再び顔を逸らす。袖を振って、幹人を吹き飛ばす。地に落ちて、葉のクッションに受け止められて。幹人が顔を上げて洋子を見たその時、洋子の手に金平糖が握られているのを目にした。
「うふふ。美味しい金平糖、戴きます」
口に放り投げて噛み締める様子を見ながら幹人は立ち上がる。このままではみんな食べられてしまう。誰一人として生き残れなくなってしまう。
それだけは避けたかった。
幹人は四神を基準に方角を視認した。東ニ青龍 西ニ白虎 南ニ朱雀 北ニ玄武――
「亡風疾爪 急々如律令」
右手を突き出すと共に洋子に向けて五つの風の刃が走り出す。それを羊子は袖ひとつで振り払い、またしても金平糖に変えて口へと放り込む。
「無駄よ、魔力は私にとって高級菓子でしかないんだから」
恐らくどれほど強い魔法を撃ったところで全てが無効化されるだけだろう。魔法や妖術のみで語るなら最強、そのひと言で決着がついてしまう。
それならば魔法以外で戦うしかない。幹人は必然の考察の末に魔力を見通した。綾香の手元に転がっている薙刀、それは魔力を編み込んで作られたものだった。
――相手の養分
そのようなものを扱ったところで幹人の敗北は決まり切っていた。地に転がる綾香から短刀のような姿の包丁を引き抜いて、構える。
「鈴香、この子を助けてあげて」
「ええ……分かっ……た」
魔法の力なしで戦うしかないこの一戦。幹人は周りの乾いた空気に飲まれて気持ちが引き締められていた。一直線の緊張感を包丁と共に大切に握りしめる。
使える魔法は肉体にかける強化のみ。それも羊子に捕まってしまえば相手の力に変えられてしまう。
思考を身体に叩き付け、一歩を力強く踏み出し、地面を蹴った。ここからの戦いには道具による小細工など要らない。相手は戦いのプロでもなければ狩りの経験すらないひとりの甘味処の看板娘。
走り出した途端、目の前に現れた羊子によって頬を叩かれて。気が付けば地面に倒れ込んでいた。
この戦いに道具による小細工など要らない。ただの超人を相手にするのならば、却って己の命を捨て去ってしまうかも知れない状況だった。
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