異世界風聞録

焼魚圭

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第八幕 日ノ出ズル東ノ国

薙刀

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 幹人の目に映るのは同じくらいの歳の少女。月明かりが照り付ける額があまりにも可愛らしくてついつい目を引き付けられてしまっていた。完全に惹かれていた。

「死者之エニシを断ち切ってつかんで、此処までおいでなすったのね」

 完全に把握されていた、当然のことだった。
 幹人は問いかける。強く振り絞った激しい声で責め立てるように訊ねる。

「死者。何のためにこんなことするんだ。人を殺してまで」

 目の前の少女、〈亡霊の魔女〉天草 綾香は俯きながら、応えをこぼす。

「大切な人のため」

 その声は悲しみに満ち溢れていた。今にも消え入りそうな弱々しさは六等星のよう。その暗さは人の目ではハッキリとは見えず、そのような想いを掴むように視ることが出来るはずもなかった。
 とはいえど、ただ言わせるがまま、やらせるがままにしておくわけには行かなかった。いかに深い理由があったとしても、その理由を盾に同じ程深い大切の想いをいくつも断ち切っているのだから。

「だからって許されることじゃないよ! 人を殺して」

 目の前に佇む魔女、その表情その姿、全て総てスベテ、ナニモカモが影に覆われたように暗くなる。月の光が綾香だけを避けているように思える異様な暗さに浸り切っていた。

「許されない? だったら、私に諦めろって言うの? 悠菜を失って……こんなにも悲しいのに、生き返らせてもう一度会うことも許してくれないの?」

 感情一筋、綺麗なまでに自身の都合以外のものを心の境界の外へと締め出していた。救いようも救われようもないこと、幹人は厳しい言葉を向けていた。

「諦めろよ。犠牲を払ってまで生き返りたいだなんて、悠菜って子は思ってない!」
「このっ、分からず屋!」

 薙刀を構え、地を蹴り幹人に突撃を始めた。月の光を受けて残酷な鋭い光を見せつけながら、刃は持ち主の動きに従って相手をその手に掛けようとするだけ。
 幹人は後ろへと飛び退き躱すのみ。武器のひとつも持ち合わせていない身で強い風を撃つ前に斬られてしまう状況で出来ることなどそれのみだった。
 再び襲いかかって来る刃を躱し、一度浮いた足は再び地面を踏み締める。そこでのこと、足を滑らせて大きく開き、バランスを崩してしまった。
 容赦なく突撃してくる綾香の攻撃を躱す手段などありはしなくて幹人は己に向かって来る薙刀の遅い襲来を目にしていた。集中力は時の歩みを遅らせていた、幹人の意識はどこまでも加速して行った。
 噛み付いて来る刀、幹人は綿を取り出し腕を構え始める。
 刃は遅く、腕もまた遅い。
――間に合え、間に合ええええ!
 信念を込めて左腕と薙刀の間に綿を勢いよく振り挟む。距離は詰められて、凶器が狂気を以て狂喜の音を上げようとするそこでどうにか挟み込み、薙刀と腕のぶつかり合いに綿というクッションが入り込んだ。

「綿を抜く? 腸を抜かれることを恐れずに」
「五体満足で帰れなくても、リリと笑って生きられるなら……腸でも、くれて」

 そこで襲ってきた強烈な痛みのあまり声を出すことすら叶わなかった。鋭利な刃物から切れ味を奪ったところで鋭角からの襲撃に耐えられるはずもないのだ。無理やり想いを抑え込み、痛みから考えを遠ざけ綾香を睨みつけた。その時、鈴香が幹人に何かを手渡す。
 それを手にしたとともに目を向ける。暗くてよくは見えないものの握り心地は木で、先には鉄の輝きが微かに見受けられ理解する。どうやら刃物のよう。

「使って……包丁」

 鈴香が差し出したそれは幹人の知る包丁とは随分と異なる形状をしていて、短い刀のような形を持っていた。

「儀式用……だけど、ないより……いいかな」
「ありがと」

 鈴香に救われていた。庖丁式という宮中で行われる儀式に用いられる物、国の各地にまで伝わり武士の間でも行われる儀式で、神社で行われている神事でも扱われるものだった。
――何を捌けっていうんだ
 魔女の刃がすぐそこにまで来ていた。幹人は引き気味にそれを包丁で受け止めて飛び退き受け流す。日本刀に似た姿はしていたものの、やはり頼りなかった。

「逃げるな」

 言の葉は強く土地を揺らし、落ち葉を舞い上げて。綾香は再び襲いかかる。幹人はその一撃を躱し、綾香の隙を突いて忍び込むように接近した。包丁を掲げ、幹人は唱える。

「おさめよ つられよ みことの かしら ふるえゆらゆらとふるえ」

 想いを収めよ刀を収めよ釣られ吊られるように尊の命その頭その思考、幹人の想いとともに包丁は着物へと、綾香の脇腹へと深くめり込み幹人の頭の中にて文字となり響いていた。『ふるべゆらゆらとふるべ』天からそう告げられているような気がした。目の前で繰り広げられている光景に意識を戻した。綾香は考えも出来ずに叫び、考えなしに薙刀を振るおうとするものの、相手が近すぎてはその性能は全く役にも立たない。
 綾香のチカラは天に召され始めていた。それでもなおしつこい抵抗を見せようとしていたため、包丁の鍔に手を当てて、もうひとつ術式を唱えてみせた。

「日スラ目ヲ見セヌ刻ノ中サエ漂ウ神々ヨ 悪シキ者 妖シキモノノ類イヲ鎮メヨ 祓ヘ給ヘ 清メ給ヘ 護リ給ヘ 幸ヘ給ヘ」

 術は動き、自然に住まいし霊や神々、自然ノ精が流す気や魔力たちが幹人の言葉を拾い上げて従って、包丁を伝って綾香へと入り込んで穢れ切った魔女のチカラを夜闇に溶かしていった。
 それだけでは止まらない。悲痛な叫びを上げ、抵抗すら出来ずにただただ溢れ出る穢れた気と痛みを抱き締めて打ち震える少女に対して更なる術を重ねていった。

〈四神ヲ以テ方角ヲ視認スル―― 東ニ青龍 西ニ白虎 南ニ朱雀 北ニ玄武 利器脱狩 急々如律令〉

 リキダッシュ、力奪取、風によるそれは成功を収めるのだろうか。流れる魔力の流れが幹人の視線とともに揺り動かされて、目の前の魔女に絡み付いて魔力を流して風に乗せて飛ばし始める。
 もはや抗う術もなく、綾香と死者と繋いでいたエニシが断ち切られる。次から次へと断ち切られ、戦の終わりを告げ始めた。
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