異世界風聞録

焼魚圭

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第八幕 日ノ出ズル東ノ国

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 魔法の話、星を見つめ何かを視ながら晴義はそれを続ける。

「この地に流れる霊脈が視えるか?」

 夜の空気を通って幹人の耳へ心へ入り込んで滲みながら頭の中へと染みて。すっと入り込む行動の命令、幹人は目を見開き、空気中に漂っているはずの、地中を流れているはずの、水中に織り込まれているはずのモノをその目で捉えようとしていた。
 その様子、必死の様を眺めていた晴義だったものの、その瞳に宿る色はと言われれば、呆れ一色だった。

「うむ、違う。そうやって視るんじゃないのだが」

 そこから幹人の頭に手を添え始めた。

「目で見るんじゃなくて、魂で視るんだ」

 目を閉じるように伝えられるとともに幹人は素直に目を閉じて。
 幹人は驚愕の衝動に身を打ちのめされた。
 周囲を漂うものは如何なる色か、黄緑に青に赤に茶、どこまでも見通すことの出来ない深い深い黒に明るすぎて直視を避けたくなってしまう輝きの色。どれもこれもが色を持っていないにも拘らず色を感じていた。それらに混ざって様々な流れが無秩序で気ままを想わせる自由を掲げていた。容赦なく入り乱れて、見えない別世界のような神秘を創り上げていた。

「これが、霊脈……」

 幹人は圧倒されて見惚れていた。晴義は言葉を続けて事を進める。

「そう、それは様々な魔力が混ざり合っている。自然からにじみ出るものから生物が遺して行ったものに霊の持つもの、神が放つもの」

 そうしたものが絡み合って編み込まれたこの国独自の世界観が目の前で繰り広げられ、この世界で最も複雑な魔力の混線が起こって幹人の放つ魔法がかき消されて断たれてしまうのだという。

「異質な色が分かるだろうか? 赤、青、白、黒の四色を」

 虹のように混ざった目指すものも分からない絵画のようなカラフルな魔力たちの中に、幹人は四つのはっきりとした色を視た。それはあまりにも神々しくて、威風堂々という言葉が似合う佇まいをしていた。

「はい、視えました」

 根源が遠くても、幹人がどの位置にいても、いとも容易く分かってしまうそれらの場所から届く気迫はどの魔力よりも分かりやすくてまさに基準に用いるのに相応しいと言えるだろう。

「それらの持ち主、四神だ。赤き鳥の朱雀、青き竜の青龍、白き虎の白虎、黒き亀と蛇の玄武」

 四象、四獣などとも呼ばれる存在、天の四の方角を司りし霊獣。それらは形も持たぬ曖昧なモノで、しかしそれ故に死の無い存在、人々に覚えられることで生きてチカラを獲得する偉大な異形だった。

「方角を司る四神が基準点にちょうど良いからな、ここで宣言するのだ」

 魔法の発動は幹人に実際に行なってもらうこととした。

「四神を以て方角を視認する、こう言って続き、東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武……よろしいか」

 幹人は大きな気配を魂で見つめながら唱え始めた。

〈四神を以て方角を視認する―― 東に青龍 西に白虎 南に朱雀 北に玄武〉

 正しい視認を聞き届けて、晴義は説明を続けた。

「それが分かれば自身の扱う魔力の種類と同じ物が如何なる流れ方をしていず処へと流れているのか分かりやすいだろう。外ノ世に流れしそれを嗅ぎ取り如何な術を放つのか言の葉と共に世に乗せる。非常に素早くという命令を添えてな」

 その命令の言葉も教えられ頭に叩き込んだ。これでコツさえつかめば日頃の幹人の万全以上に戦うことが出来るようになるという。
 少しばかり覚束ない足取りを思わせる魂探りで風を視る。流れ来る優しいそれ、いつでも人の世や人々の間を流れるそれはやはりここでも幹人を含む様々な生き物の行く末を見守っていた。その風に魔力と言の葉を乗せて、幹人は魔法を行使した。

〈風撃送撃 急々如律令〉

 送り込む風は外ノ世の魔力と重なり合って弾けながら踊り狂うように空へと向かって行った。その様を見通して、晴義は手を叩きながら称賛を口にした。

「お見事。才があるのか、初めての試行でそこまで扱えるのなら充分であろう」

 褒められて照れながらも疑問に思ったことを訊ねていた。

「そういえばリリとリズは初めから魔法を使えたのですけど、一体何が違うのですか?」

 晴義は一度、大きな咳払いを見せて答えた。

「初めからか……自然の魔力を熟知した上で妖術の類いを扱っていたのだろう」

 リリは「魔女ってそこまで研究して魔法を使うから、自然の魔力とはずっと触れ合ってるわ」と、この会話に言葉を提げた。
 晴義は頷いた。それからそういった魔力の扱い方をする人物についてのうわさを流したのだった。

「気を付けるべき人物がいる。それは死者をこの世に呼び出す術を持つ者でな、宮中の者共も気が気でないのだそうだ。特に死したはずの者が彷徨い歩いているという噂に気を付けたまえ」

 幹人にはほかにも様々な疑問が残っていて、ひとつ訊いただけでまともに動ける状況でもなかった。

「他にもいろいろと気になることがあります」
「それは……どしどし訊ね給え」

 そう言われてはもう容赦という言葉は幹人の頭の陰のどこかへと逃げ去ってしまうものだった。

「ではあなたのことでもいいですか?」
「それは……」

 いけなかっただろうか、明らかに貴族の装い、星と火と提灯のみが彩りを持つ静寂の闇の中、晴義はしっかりとその訊ねに己の意思を返して見せていた。

「どしどし訊ね給え」

  そうして幹人の質問が幕を開ける――
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