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第八幕 日ノ出ズル東ノ国
島国
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箒を飛ばし続けて、飛ぶ箒はふたりを乗せて、どれだけの時を泳ぐように飛び続けただろう。海と空、ふたつのセカイの境界線のようなそこは低空飛行によって得られたものだろうか、それとも上空でも海と空のセカイの隙間が広がるだけ、或いは人の目に映る境界線が遠くて見えなくなってしまうだけなのだろうか。
考えるだけで不思議な気分に酔ってしまいそうだった。
「日ノ出ズル東ノ国はあとどのくらい?」
「さあ、前に忍び込んだ時は荷物も殆ど持ってなかったからあてにならないのさ」
荷物、その言葉に幹人は自身を当てはめて心を海に落としてしまいそうになって。
「なに落ち込んで……」
「俺は荷物、俺は……」
その手を延ばす陰の感情をリリはその手で覆い尽くした。箒を掴んでいた手を離し、幹人を身体で覆って箒の柄を掴みなおす。幹人を包み込むリリは可愛らしい頭に顔を近付けて、耳元で唇を動かす。発せられた落ち着きのある低い声は囁き混じりに幹人の大切な何かを掴み取っていた。
「幹人は幹人、荷物なんかじゃないさ」
耳元にかかる息が妙に温かくて、冬の海にあってはならない暖かさが幹人の心の芯まで覆って愛の情に浸け込み煮込み始めていた。
――めちゃ恥ずかし
幹人の恥じらいなど置き去りにして箒はスピードを上げて、美しきあお、それぞれ異なる輝きの宝石のような海の青と澄んだレース生地のような空の蒼に挟まれ突き抜けて行く。急ぎ、進み。本気を出して少しの間を置いてようやくガタガタに歪み切った水平線の向こうに目の端に島が現れた。ようやく拝むことが叶ったその島、日ノ出ズル東ノ国。細かい姿までを窺うことが出来るようになるまであとどれほどの時が必要か。
風になびく髪が顔を撫でる度にくすぐったさに身を竦めてしまう。幹人は学校の風紀検査を思い出していた。眉に髪がかかっただけで後日再検査、襟足が伸びているだけで不合格、刈り上げは当たり前。そういった規則に縛られていて真面目に従っていた幹人は当然髪を伸ばすこともなかった。
それが今はどうだろう。風に髪がなびいたのは実に小学生以来の出来事だった。
慣れない感覚に違和感を書き込まれつつももはや覚えてすらいなかったその感触を愉しみ味わっていた。
リリには分からないモノに浸り続けて少しの時を過ごし、リリの温かみに触れながら行われる贅沢な飛行の旅は中断された。動きは止まり、地上に足を着く。
たどり着いた。そここそが幹人がかつて立っていた地と似た歴史を歩む途中の場。全く同じ流れとは限らないものの、飢饉などは幹人の生きる世界線よりは容易く起きてしまいそうではあるものの、間違いなく日本の土壌なのだと踏み入れた足に纏わりつく感触や湿っぽい空気感、辺りに敷き詰められた堅い空気感が幹人にある種の懐かしさを思い起こさせる。
――冬でもこの湿り気なんだよね
それは海の近くだからだろうか、島国だからだろうか。
幹人は一歩踏み出す。再び砂が靴を吸い込むような感触に襲われて、幹人にある気づきを訴えかけていた。
「あれ? 靴は? 草鞋とか下駄じゃないけど」
一瞬だけ固まった。それが東ノ国特有の空気感と混じり合って重い旋律を奏でていた。やがて、リリの口からはその雰囲気の全てを破壊する程の気の抜けた言葉が産み落とされた。
「あー……しまった」
幹人の生活文明とリリの生活文化、完全に気がつかずに今に至っていた。
「娘々スタイルで入国すればよかったかな」
「にゃんにゃん! ……じゃなくて、正規ルートだと顔覚えられちゃうよ」
そう、あくまでもこの国を冒険する。バイトをして少しずつ本物の東国スタイルに切り替えるつもりだった。
「そう言えば私たちが持つお金、使えないわ」
「一文無しって言うんだよ、多分」
幹人の発言は異世のものだったが通用し得るものだろうか。それ以上に窮屈な世界に思える最大の課題が発していた。金銭が皆無だということ。リリは辺りに生い茂る作物たちを見ながら考えを共有した。
「食べ物なら私のチカラがあるから安心して、問題は草鞋から始まる」
リリが以前入国した時は裸足で歩き回ってボロボロの草鞋を分けてもらったのだそうだが、それも旅が終わるころには朽ち果てていたのだそうだ。
「それは……」
「勘弁願いたいねってところ? かといって自分で編むなんて出来るはずもないし」
幹人としては是非とも辞典が欲しいと思っていた。調べものを、今すぐ知りたいことが。
「草鞋の手作りは諦めるとして、何かいい方法があればね」
粗末な布を広げながら幹人は案を差し出した。
「変なものは売れないから……町周辺で果物でも売ろうよ」
リリの魔法で育て上げた果実を売るという辻売り作戦、それを耳にした途端、リリの瞳に光が差し込んだ。
「そうだね、果物、ミカンでも売ろう」
どこまで通用するのか想像も付かないものだったが、情に訴えることで売るという計画に出るつもりだ。ふたりして靴を脱いで、鞄の中に仕舞う。鞄はリリの魔法で育てた絡み合う木の中に覆い隠して。粗末な布を風呂敷として広げてその中にリリが即興で作り上げた果実を詰める。リズに貯食の魔力をひたすら食べさせてそこからリリに魔力を送り込んで進めて行って。
一通りの作業は終わり、互いにみすぼらしい姿をしていることを確認して、風呂敷を背負って町の近くへと向かう。
やがて、作戦は決行される。
考えるだけで不思議な気分に酔ってしまいそうだった。
「日ノ出ズル東ノ国はあとどのくらい?」
「さあ、前に忍び込んだ時は荷物も殆ど持ってなかったからあてにならないのさ」
荷物、その言葉に幹人は自身を当てはめて心を海に落としてしまいそうになって。
「なに落ち込んで……」
「俺は荷物、俺は……」
その手を延ばす陰の感情をリリはその手で覆い尽くした。箒を掴んでいた手を離し、幹人を身体で覆って箒の柄を掴みなおす。幹人を包み込むリリは可愛らしい頭に顔を近付けて、耳元で唇を動かす。発せられた落ち着きのある低い声は囁き混じりに幹人の大切な何かを掴み取っていた。
「幹人は幹人、荷物なんかじゃないさ」
耳元にかかる息が妙に温かくて、冬の海にあってはならない暖かさが幹人の心の芯まで覆って愛の情に浸け込み煮込み始めていた。
――めちゃ恥ずかし
幹人の恥じらいなど置き去りにして箒はスピードを上げて、美しきあお、それぞれ異なる輝きの宝石のような海の青と澄んだレース生地のような空の蒼に挟まれ突き抜けて行く。急ぎ、進み。本気を出して少しの間を置いてようやくガタガタに歪み切った水平線の向こうに目の端に島が現れた。ようやく拝むことが叶ったその島、日ノ出ズル東ノ国。細かい姿までを窺うことが出来るようになるまであとどれほどの時が必要か。
風になびく髪が顔を撫でる度にくすぐったさに身を竦めてしまう。幹人は学校の風紀検査を思い出していた。眉に髪がかかっただけで後日再検査、襟足が伸びているだけで不合格、刈り上げは当たり前。そういった規則に縛られていて真面目に従っていた幹人は当然髪を伸ばすこともなかった。
それが今はどうだろう。風に髪がなびいたのは実に小学生以来の出来事だった。
慣れない感覚に違和感を書き込まれつつももはや覚えてすらいなかったその感触を愉しみ味わっていた。
リリには分からないモノに浸り続けて少しの時を過ごし、リリの温かみに触れながら行われる贅沢な飛行の旅は中断された。動きは止まり、地上に足を着く。
たどり着いた。そここそが幹人がかつて立っていた地と似た歴史を歩む途中の場。全く同じ流れとは限らないものの、飢饉などは幹人の生きる世界線よりは容易く起きてしまいそうではあるものの、間違いなく日本の土壌なのだと踏み入れた足に纏わりつく感触や湿っぽい空気感、辺りに敷き詰められた堅い空気感が幹人にある種の懐かしさを思い起こさせる。
――冬でもこの湿り気なんだよね
それは海の近くだからだろうか、島国だからだろうか。
幹人は一歩踏み出す。再び砂が靴を吸い込むような感触に襲われて、幹人にある気づきを訴えかけていた。
「あれ? 靴は? 草鞋とか下駄じゃないけど」
一瞬だけ固まった。それが東ノ国特有の空気感と混じり合って重い旋律を奏でていた。やがて、リリの口からはその雰囲気の全てを破壊する程の気の抜けた言葉が産み落とされた。
「あー……しまった」
幹人の生活文明とリリの生活文化、完全に気がつかずに今に至っていた。
「娘々スタイルで入国すればよかったかな」
「にゃんにゃん! ……じゃなくて、正規ルートだと顔覚えられちゃうよ」
そう、あくまでもこの国を冒険する。バイトをして少しずつ本物の東国スタイルに切り替えるつもりだった。
「そう言えば私たちが持つお金、使えないわ」
「一文無しって言うんだよ、多分」
幹人の発言は異世のものだったが通用し得るものだろうか。それ以上に窮屈な世界に思える最大の課題が発していた。金銭が皆無だということ。リリは辺りに生い茂る作物たちを見ながら考えを共有した。
「食べ物なら私のチカラがあるから安心して、問題は草鞋から始まる」
リリが以前入国した時は裸足で歩き回ってボロボロの草鞋を分けてもらったのだそうだが、それも旅が終わるころには朽ち果てていたのだそうだ。
「それは……」
「勘弁願いたいねってところ? かといって自分で編むなんて出来るはずもないし」
幹人としては是非とも辞典が欲しいと思っていた。調べものを、今すぐ知りたいことが。
「草鞋の手作りは諦めるとして、何かいい方法があればね」
粗末な布を広げながら幹人は案を差し出した。
「変なものは売れないから……町周辺で果物でも売ろうよ」
リリの魔法で育て上げた果実を売るという辻売り作戦、それを耳にした途端、リリの瞳に光が差し込んだ。
「そうだね、果物、ミカンでも売ろう」
どこまで通用するのか想像も付かないものだったが、情に訴えることで売るという計画に出るつもりだ。ふたりして靴を脱いで、鞄の中に仕舞う。鞄はリリの魔法で育てた絡み合う木の中に覆い隠して。粗末な布を風呂敷として広げてその中にリリが即興で作り上げた果実を詰める。リズに貯食の魔力をひたすら食べさせてそこからリリに魔力を送り込んで進めて行って。
一通りの作業は終わり、互いにみすぼらしい姿をしていることを確認して、風呂敷を背負って町の近くへと向かう。
やがて、作戦は決行される。
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