異世界風聞録

焼魚圭

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第七幕 更に待つ再会

積み上げ

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 太陽の照り付けに負けることもなく、何ひとつ表情を変えることのないラクダへの敬意を払いつつ幹人は空を見上げる。あまりにも熱い光を注ぐ太陽から身を護るための布もなしに歩き続けることの出来る毛むくじゃらの生き物。背中に大きなコブを背負ったその姿は、間の抜けたような独特な顔は、得も言われぬ愛らしさを運び込んでしっかりと堪能させてくれていた。幹人の顔に宿る感情を見て取ってしまったのだろうか、布の内側に隠れるように潜り込んで肩の上でずっと密着しているリズが頬を幾度となくつついていた。そこそこの力で、痛みを感じさせない程度の衝撃を与え続けて関心を引いていた。妙に長い耳で叩き続けて鋭い感情と柔らかな愛情を向けて。

「リズはいつでもカワイイよ」

 人差し指で額と鼻の間を撫でて、満足感に包み込まれた気味の悪さを大いに感じさせる笑顔を向けていた。
 その一方で静嬉はただひたすらラクダに対して太陽並みの眩しい応援を与え続けていた。

「がんばれがんばれがんばって」

 楽しそうにはしゃぐために自然と動き続けて揺れて、ラクダに負担がかかっているのだろう。少しばかり目を伏せたラクダの顔はどこか疲れの現われを感じさせた。
 そうした人々を差し置いて注目を集めるような奇行に走る者もいた。その行動の主であるリリはラクダの首に抱き着いて離さないまま頬ずりをしていた。抱き締められ続けて甘えられ続けて。あまりにも激しい愛情表現はラクダに異様な心情を抱かせてしまったようで、甘い顔を浮かべていたものの、軽く抵抗して嫌だと意思表示をしていた。軽い抵抗も本気であることを感じさせないもので、どのような想いのブレンドを味わっているのか判別も付かない。

「可愛いラクダね。砂漠抜けても一緒に旅なんてどう?」

――なにスカウトしてるんだリリ
 呆れつつも愛しく思い、そこから襲い掛かる例のやり取りの余波。やはり、分からない存在は分からない。
――次の帰還地点で元の世界に戻ろう、きっとそれがみんなのためだから
 リリを連れて戻ること。それはつまりリリを異界に攫うということで。
 そうした理由や似たようなものを心の中で並べ続けるものの、結局やっていることは逃避にすぎなかった。いくつもの言葉を扱っても本音は隠しきれなくて、幹人の表面にまで浮かび上がってくる。

 リリに、ホントウが見えない存在に、触れるのが怖かった。

 とっくに理解していた。それをそのままに戻って、恐怖を知ったためにもう二度と近づかないように生きるのか。
 まさに臆病者の所業だった。
 後ろでは三人の様子を見守るようについて来るラクダ乗りがふたりいて、三人旅どころか五人旅といったありさまだった。

「あの人たち、なんでついて来てるの?」

 静嬉の問いに対してリリが乾いた笑みを見せながら答えていた。

「あれはそうね、ラクダを貸してる人たちだから仕方ないわ。あの二人が最後このラクダたちを引き連れて帰るのさ」

 リリの話によればこれから目指すところは巨大建造物の建築現場なのだそうだ。どうにも自ら目指して進んで見物したいとは思えない、奴隷だと言われているのなら気が進まないところだったものの、一応なにかが隠されていないか、といった調査だった。

「さて、なにが真実なのだろうね、異界に繋がるスポットがあればいいものの……ふたりとも帰すから」

 最後に震える声で付け足された言葉だったが、幹人としては今の気分では進んで帰りたいと言ったところだった。
――もういいよ、俺は帰るから
 旅はもうすぐ終わりを見せるのだろうか、それを想像するにはまだ早すぎた。
 そうした陰を心にして同行させながら進む中、幹人の目が陰以外、砂の海原以外の物を捉えて大きく見開かれた。
 石を大量に積み上げて巨大な建物を作る人々がいた。それも複数の班に分かれていくつか作っている様子。作り上げられ始めているそれ、完成まで程遠いそれ、完成まであと一歩と言った物まで様々で、完成間近の物に目を当てて幹人と静嬉はあまりにも見慣れたそれの実物に驚いていた。

「ピラミッドだ」
「そうだね、みんながんばってー!」

 見知らぬ人々にまで応援を飛ばす静嬉の様子に得も言われぬ感情を抱いていた。リリに至っては幹人の耳打ちをしていた。その口から告げられた言葉はどうにも静嬉に対して理解を示さない者としての言葉だった。

「やれやれね、知らぬ存ぜぬ旅行者から突然横やり入れられるように応援されても士気が下がるだけだろうに」

 知っている人物からのものでも精神的に余裕がなければただの冷やかしにしか思えない上に、今回は苦労も見ていない相手からの唐突な応援。そうした言葉はまさにその通りだと幹人は思うものの、完全に同調は出来ないでいた。
――どうせ理由は別なんだろ、違うんだろ
 幹人の顔をしっかりと見つめていたためか、リリは違和感に気が付いて思わず訊ねてしまっていた。

「どうしたのかな、さっきからずっと顔に影がかかってるわ」

 心に走る陰は顔にかかる影となって感情を表して貌を覆う。それを隠し通すことなど不可能に等しかった。
 それにリリが気が付いたのも、本当に愛しているからなのだということ。そんな大切な事実に幹人は未だ気づく気配もなかった。
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