異世界風聞録

焼魚圭

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第七幕 更に待つ再会

砂の旅

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 三人は支度を始める。強大なるチカラ、秘術を扱うことはできるがその後のおねんねが恐ろしくてとてもではないが旅路では扱うことの出来ない少女静嬉、笑顔の魔法使い。護身はお茶の子さいさい土属性、特に植物を扱った魔なる攻撃や木を鎌に変えることを得意いとするオトナのオンナのリリ、森に住んでいた魔女。魔法使いとしての経験は浅いものの、魔女の補助として魔物を相手にするには充分すぎる才能を持ち合わせている上にリズという妙に耳の長いリスのような魔獣に懐かれている年頃の少年の幹人、幼く見える顔が愛らしい風魔法の使い手。
 旅のメンバーの中に流れる感情とはいかなものか。
 幹人の目に映るそれはあまりにも分からないことだらけの霧景色。これから遭遇するかもしれない砂嵐が色の異なる霧のように思えていた。静嬉の笑顔の裏に何かあるのだろうか、思い返してみればリリはよく妖しい笑みを浮かべていた。かつては陰が差して薄暗い世界の入り口を思わせるその貌に惚れていたものの、今となっては底の見通せない薄気味悪さに充たされていて心地の悪いことこの上ないものだった。
 どこかの世界でウワサ程度に聞いていた話、女は如何なるミステリーやトリックよりも不可解で不可視、しかしそれ故に魅力の塊となって美しい。幹人はそう言った人物、どこの誰だか分かりもしない何者かに向けて決して届かない問いを投げかけていた。
――本当に分からないことにエロスを感じているのか?
 意地悪で言って惑わしているのか女の都合に振り回されているのか、判らない、本気なのだとしたらまさに解らない。
 考え事を同行させて布に収まる暑さの世界に頭を揺らしながら、砂に埋もれ吸われるような感触を布越しの足で感じながら。ひたすら歩きにくい砂漠を歩いている内に目指していた国、砂漠国へと無事に帰還した。

「助かった、幹人がずっと黙ってるから生きてるか確認できなくてね」

 言葉は上辺なのだろうか、心の海底なのだろうか、どこに位置しているのか測ることも出来ない叶わない。女という存在には到底敵わない。妙な視点を得てしまった幹人。気が付けばその元凶を人生で最も凶悪な視線で睨みつけていた。
――こいつのせいだ。笑顔の魔法使い? 不和の作り手だろう、こいつさえいなければ
 幹人の中に突如として湧いた憎悪、貌に現れたそれに気が付かないほど幹人のことを見ていないわけがない魔女は必然の気づきを仕舞い込んで幹人に訊ねる。

「ここ最近は眩しすぎるみたいだね」

 空を仰ぎ見て、手で目を覆う仕草を行なって砂漠の厳しい照り付けなど見ていられないといった様子を見せていた。それを見ながらもうつむき気味で、陰に覆われた表情を浮かべながら幹人の口から誤魔化しの言葉が放たれた。

「そう……だね」

 気のせいだろうか、見通されてしまったのだろうか、幹人の背筋が震え、おぞましいまでの暑さの中、幹人の世界では寒気が迸っていた。
 砂漠国の中でリリは探していた。

「明らかにこのまま進んだら死ぬわ。馬車が欲しい、馬三頭でもいいから」

 馬よりもこの場ではラクダであろう。想っていた。幹人の心の声は再び伝わるだろうか。

「馬乗り計画、ってことで探しましょう」

 その前に、そう言ってある女の元を訪ねて水を戴いて飲み干し幹人に目の端を向けた。

「何か思ったら正直に言って欲しいな。どこまで気付いてあげられるか分からないもの」

 出来る限りはと見ているそうだ。

「似てるところは気付くかも知れないけども知らないところは知らないから……私にとっても眩しすぎるから分かったことくらいかしら」

 気が付いているのか否か。それすらつかませない魔女。本当に分からないのはリリの方だ、そうした想いを心に留めているだけだった。

「リリさん優しいんだね、大好き」

 軽々しく出てきた好きの言葉は幹人の喉元に黒々とした異物感をもたらした。どうにもこの女に対して大きな苦手意識がある、もしかすると女という生き物そのものに秘められた不明を見ようものなら全員苦手へと変えられてしまうかもしれない。リリは弱り果てたような顔を浮かべながら微笑んでいた。

「まあ、大好きだなんて、ありがと」

 その様子を軽く見流しながら幹人は探していた。ラクダを貸してもらえる場所、藁を敷き詰めたような建物の群衆の中にひと際大きなそれを見つけて。そこに建てられた砂を被った看板にふたつのコブが付いた生き物の絵が描かれているのを見て、幹人の心ははしゃいでいた。
――やった、乗れる。これで移動が楽になる
 ラクダに乗れば楽だ。そうした言葉を心に仕舞い込んでリリと静嬉よりも一歩前に出て頼み込んでいた。

「ん? ラクダ? おう、いいぞ。我々が動かすから後ろに乗れ」

 料金はなんともお手頃価格、この国での三食分ぽっきりだという。それにはリリも驚きを隠すことが出来ないでいた。

「イケナイ! 砂漠国の三食分だなんて……他国の宿代の半額近く」

 財布の紐を縛って緩めて節約なのか贅沢なのか分からない生活をしていたからか、安さへの驚きは大きなものとなっていた。食費や宿代の相場を知らなければ価格に驚くこともないだろう。
 そうしてラクダに乗って進められる旅が始まった。
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