異世界風聞録

焼魚圭

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第七幕 更に待つ再会

砂漠へ

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 睡眠というものは次の日の調子の調節、身体のメンテナンスにどこまでも介入してくるもの。幹人は昨夜の食事からの歴代の中でも最低層の質を誇る睡眠から身体を放り出され、意識は内側から締め出されてしまった。今日はしっかりと動け、おねんねのお時間はお仕舞い。といったところだろうか。

「はあ、良く寝たな」

 時間だけである。あの料理の味が追憶となってもなお未だに舌の上で踊り狂っているような錯覚に陥っていた。感覚という存在も亡霊に成るものなんだな、などと自身でも深くは理解していない感覚に目を向け、疲れに身を任せるように部屋を出た。

「昨日ってリリと一緒に寝たんだよな、寝たんだよなっ!」

 思い至った途端に声を震わせて顔を赤くして、冬の寒気に負けない熱を内側で迸らせていた。以前の睡眠の質の悪さの原因は船の揺れの大きさ故の物やリリと一緒に寝たこと。そう、二大睡眠の質低下要因だった。そこに更に『ごはんが美味しくなかった』という項目が加えられるという。
 食堂へ、生きるために行うそれは食事というよりは栄養補給。そうした行ないへと足を向けた末に、表情が死んで闇に閉ざされた魔女の姿を目にした。
――嘘だろ

「ふふっ、『そんなお話知らない』って顔してて好きよ」

 朽ち果てた貌とテーブルに置かれた皿、そこに盛りつけられたいかにも堅そうなパンとオレンジ色の液体に染め上げられた料理がリリの今の感情の全てを物語っていた。

「笑い事じゃない味で、もうね、どこに行きたいのか思い出す気力も残ってないの。許して」
「ああ、ああ……リリ」

 曇り果てた表情天気。空は控えめな晴れ空で人々を出迎えていて普段よりも遠く感じていた。こちらに顔を見せるのが気まずいのだろうか。

「ここにもう一泊していいかしら?」

 ここに泊まる、つまりそれはまたしてもこの料理を味わうということ。そこから更に不味い料理を味覚に叩き込んで重ねて。幹人はあまりの絶望に呆けた表情をしていてなにも言うことが出来なかった。
 そんな彼の元に威勢のいい異性が飛び込んできた。

「んなこと許してたまるかー!」

 答えて引っ張って、お世辞にも金を払う価値を付けることの出来ない料理に渋々金を払って持ち出して、幹人と共に宿を出る。

「いいか、この国の料理どこもかしこも食う価値ねえんだよ」

 アナの愚痴はあまりにも大きすぎた。周りの人々にしっかりと伝わって鋭い視線と激しい憎しみを向けられながら歩いて行く。仲間を引っ張り歩く姿への奇異の目と難癖に対する厳しい目。あまりにも気まずい状況だった。
 引き摺り歩いている内にリリも正気に返ったのだろうか、自らの足でこの運命の先へと歩み始めた。港、海の元から離れるにつれて熱くなって行く。暑さは激しくなって行って、旅の一行の頭を揺らし続ける。リリが歩き始めてから暑さが見る見るうちに厳しくなって行った。先程までなかなか抜け出せないままでいた街の景色はあっという間に砂に覆われ始め、すぐさま砂地に身を預けることとなった。

「ごめんよ、回復に少しばかりお時間頂戴しちゃったようで」

 それから歩き続けた結果、勢いよく太陽の光が降り注いでは肌に噛み付くような痛みを与え始めた。

「暑いっつうか痛いんだがどうすりゃいいてのか?」

 アナの問いに対する答えはリリのカバンに手が突っ込まれてほどなくして示された。布を被って進むこととなって、一息置いてアナが答える。

「日差しを避けることになるなんてな」

 それからほどなくしてたどり着いた国、砂漠国。砂に覆われた国で住居もまた、砂に覆われていた。砂が入り込むのを防ぐためか、幾重にも乾いた植物が敷き詰められた住居。通気性はなかなかの物なのだという。
 歩く三人。その隣をすれ違った人が突如として目を丸くしてその姿に釘付けになっていた。

「さてさてどうしたことやらだね」

 リリの独り言は案外大きくて、隣にまで通るまですぐのことだった。その男は三人に対して変わり者を視るような目で接し始めた。

「おいおい、そんな布だけで凌ごうというのか?」

 日差しのことだろうか、照り付ける輝きは確かに肌に噛み付くような痛みを見事に運び込んでいた。男は続けた。

「太陽の神の慈愛は人には痛すぎる。そうしたものを遮るのは気が引けるがこれも我々が生きるための手段だ」

 そう語られて引き連れられて案内された店では痩せこけた女が待っていた。

「あらあらいらっしゃい。カワイイお客さん」

 その目はアナに注がれていた。曰く、涼しそうな体型、暑苦しい身が着いていないすっきりとした体型が好まれ、人によっては短髪の方が好印象を受けるのだとか。

「環境で好みって思い切り変わるんだな」

 アナが纏めた答えの真意を目を丸くしながら訊ねてきたため、これまで生きてきた国での美人感の説明を微笑みながら執り行った。あまりの違いに女は目を見開き、価値観の違いを噛み砕いて改めて確認したのだった。

「まあ、熱くないところだとそんなに好みが変わるの? お金持ってそうな体型……考えたことも無かったわ」

 国によって変わる考え、価値観の違いを耳にしながら手渡された布で出来た服を纏って、更に布を被る。
 そうして出来上がった色気から非常に遠いその姿こそがこの国での太陽から身を護るための衣装だった。
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