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第七幕 更に待つ再会
霧国料理
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それは決して栄えているとは言えない国であり、その様子は暗闇の中でも影や気配、人通りで容易く判断できた。通りかかる人々が悉く歩き慣れていない様子だったのだ。
「なんだ? ここいつ来ても新顔ばっかだよな」
アナの問いかけにリリは相変わらずの落ち着いた表情で答える。
「ここは雑国。お隣の砂漠国か外れ領土を越えて芸術の国まで観光に行くのみだったかな」
そこからの話、霧に覆われし眠らぬ国も近くはあるのだそうだが、先進国になって以来、この国にて一夜を快適に過ごすことすら容易でなくなってしまったのだという。
「お金がなけりゃお泊りもロクにできなくてさ。スラム街の貧民層気分を味わいたい年頃の男の子にはピッタリかしら」
幹人に目を向けて、恐ろしい程に見つめていて。闇の中でも分かるほどに色濃く塗り潰しにかかるような視線を感じ取った幹人は素直に首を振る。
「いやあ、俺には無理だよ、紘大だっけ? あの人なら言い出すかもな」
これまでの旅の中で幹人は不可能を大量に思い知らされていた。抱いても抱えても思い知っても想い知っても全てを掴み切れない不可知の群衆、ひとりの力の限界を突き付ける現実の中で、歳相応、或いは少々遅れ気味の夢塗れの思想を振りかざす気にもなれなかった。一方でアナは幹人の頬をつつきながら言葉をかけ始めた。
「アンタさ、マジでムリって思ってんの?」
「いや今までの旅で充分学んだろ」
幹人はアナのニヤついた表情を勝手に想像して闇の向こうに、すぐそばに立つ少女の顔に当てはめる。
「あとさ、アタシは絶対ヤだから。もう盗賊生活みたいなビンボー人に落ちたくないわー」
幹人はリリがいるであろう方向を見つめ、微笑んで、闇の中でも分かるように、見えなくても伝わるように、言葉と成して口にした。
「今の俺はさ、リリが全部教えてくれたからこうあるんだよ」
溢れる言葉は温かな気持ちで冷気をも払うように染み出して行った。
「だからさ、俺ひとりで作った人生じゃないから、少しの無茶はあっても無謀になんか足を踏み入れたくない。リリとつないだ命だから……大切にしたいんだ」
その言葉にどのような反応を示しているのだろう。流れる沈黙は感情の変化をしっかりと思わせる。どのような感情なのか、予想はついていたものの見えなくて、近いのに遠くて。
リリの表情を見せてよ
笑って見せてよ
無理やり作り上げた俺の好きな顔じゃなくて、俺の好きな人の顔で
きっといつもの優しくて妖しい微笑みで、幹人の好きな顔をしているのだろう。
しかし、彼女のホントウはどうなのだろう。あの微笑みは確かに本音ではあるのだろう。ただ、幹人は近頃ずっと気に掛けていた。本音はひとつとは限らない。もしかするとリリの本音はふたつでも三つでもあって、その内のひとつをずっと浮かべているのではないだろうか。
そうした考えは見事に時間を闇の中へと溶かしてしまってリリの声が事の動きというものを知らせた。
「着いた、ここが今日私たちが寝泊りする宿よ」
暗闇でそのカタチすら把握できない建物、幹人は不安を募らせていた。
「もう遅いし外食なんてやってるとこ残ってないから今日はここで霧国料理を食べて寝ることにするわ」
霧国料理、その単語に対して無性に大きな不安を感じ取りながら宿へと入る。
「ふふ、幹人の顔が久しぶりに見れたわ」
それに対して幹人の代わりにアナが答えていた。
「久しぶりって、船降りてからここまでだろ、たったのそれだけの時間だろ」
「時間なんて私にはワカラナイもの。はあ、丸一日のように感じたわ」
大きなため息と共に吐いた言葉、大袈裟に身を手を振って取られるポーズ、わずかな時を闇の中で過ごしただけの幹人にも実際以上の時間の見えない恐怖を感じていた。
「確かに久しぶりだね、リリの顔」
真に受けただと、そんな言葉を受けながらリリが受付に告げて札を渡されるのを確認した上で進み、部屋に荷物を置いて夕飯へと向かった。
食堂に足を踏み入れて、アナは食事への楽しみで身を震わせて、幹人はこれから来る嫌な予感に震え上がり、リリは笑いを抑えていたものの完全には堪えきれずに肩が震えていた。
料理人が運んできたそれは魚の頭や尾が突き出たパイや味付けの塩梅で変色したステーキ、湿ったクッキーのようなもの、怪しいスープ。外見だけで胃を縮めて空腹を満たすというダイエットに最適なメニューの数々にアナの表情は希望からひっくり返って絶望の彼方へと転落していった。
「なんだこれ! 見た目だけで腹を満たす料理が存在するなんて」
リリの話によれば本場の霧国料理はランス王のおかげで少しはまともになったといううわさ話が芸術の国では流れているのだそうだ。しかし、その全容は富裕層しか見ていないためうわさ話の域を出ない、強がりの可能性を否定できないのだという。
きっと魔女のリリ、研究職のような身分では決して届かないのだろう。そこでふと幹人は疑問に思った。
「そういえば今まで魔女見たことないけど、みんな生き残ってるの?」
単純な疑問だった。どのように生きているのか、どこにいるのか、全くもって想像がつかない。それだけにリリの答えは意外なものだった。
「砂漠国のどこかにいるわ。正直そろそろ寿命近いのだけれど」
寿命、そう、この世界での平均寿命など長くても精々五十年行けばいい方、希望は持てないままだった。
話してばかりのふたりを待ちわびて、アナが口を挟む。
「早く食べたら? 冷めたら料理人に失礼なんじゃないの?」
言われるがままに味わうことにした。
「なんだ? ここいつ来ても新顔ばっかだよな」
アナの問いかけにリリは相変わらずの落ち着いた表情で答える。
「ここは雑国。お隣の砂漠国か外れ領土を越えて芸術の国まで観光に行くのみだったかな」
そこからの話、霧に覆われし眠らぬ国も近くはあるのだそうだが、先進国になって以来、この国にて一夜を快適に過ごすことすら容易でなくなってしまったのだという。
「お金がなけりゃお泊りもロクにできなくてさ。スラム街の貧民層気分を味わいたい年頃の男の子にはピッタリかしら」
幹人に目を向けて、恐ろしい程に見つめていて。闇の中でも分かるほどに色濃く塗り潰しにかかるような視線を感じ取った幹人は素直に首を振る。
「いやあ、俺には無理だよ、紘大だっけ? あの人なら言い出すかもな」
これまでの旅の中で幹人は不可能を大量に思い知らされていた。抱いても抱えても思い知っても想い知っても全てを掴み切れない不可知の群衆、ひとりの力の限界を突き付ける現実の中で、歳相応、或いは少々遅れ気味の夢塗れの思想を振りかざす気にもなれなかった。一方でアナは幹人の頬をつつきながら言葉をかけ始めた。
「アンタさ、マジでムリって思ってんの?」
「いや今までの旅で充分学んだろ」
幹人はアナのニヤついた表情を勝手に想像して闇の向こうに、すぐそばに立つ少女の顔に当てはめる。
「あとさ、アタシは絶対ヤだから。もう盗賊生活みたいなビンボー人に落ちたくないわー」
幹人はリリがいるであろう方向を見つめ、微笑んで、闇の中でも分かるように、見えなくても伝わるように、言葉と成して口にした。
「今の俺はさ、リリが全部教えてくれたからこうあるんだよ」
溢れる言葉は温かな気持ちで冷気をも払うように染み出して行った。
「だからさ、俺ひとりで作った人生じゃないから、少しの無茶はあっても無謀になんか足を踏み入れたくない。リリとつないだ命だから……大切にしたいんだ」
その言葉にどのような反応を示しているのだろう。流れる沈黙は感情の変化をしっかりと思わせる。どのような感情なのか、予想はついていたものの見えなくて、近いのに遠くて。
リリの表情を見せてよ
笑って見せてよ
無理やり作り上げた俺の好きな顔じゃなくて、俺の好きな人の顔で
きっといつもの優しくて妖しい微笑みで、幹人の好きな顔をしているのだろう。
しかし、彼女のホントウはどうなのだろう。あの微笑みは確かに本音ではあるのだろう。ただ、幹人は近頃ずっと気に掛けていた。本音はひとつとは限らない。もしかするとリリの本音はふたつでも三つでもあって、その内のひとつをずっと浮かべているのではないだろうか。
そうした考えは見事に時間を闇の中へと溶かしてしまってリリの声が事の動きというものを知らせた。
「着いた、ここが今日私たちが寝泊りする宿よ」
暗闇でそのカタチすら把握できない建物、幹人は不安を募らせていた。
「もう遅いし外食なんてやってるとこ残ってないから今日はここで霧国料理を食べて寝ることにするわ」
霧国料理、その単語に対して無性に大きな不安を感じ取りながら宿へと入る。
「ふふ、幹人の顔が久しぶりに見れたわ」
それに対して幹人の代わりにアナが答えていた。
「久しぶりって、船降りてからここまでだろ、たったのそれだけの時間だろ」
「時間なんて私にはワカラナイもの。はあ、丸一日のように感じたわ」
大きなため息と共に吐いた言葉、大袈裟に身を手を振って取られるポーズ、わずかな時を闇の中で過ごしただけの幹人にも実際以上の時間の見えない恐怖を感じていた。
「確かに久しぶりだね、リリの顔」
真に受けただと、そんな言葉を受けながらリリが受付に告げて札を渡されるのを確認した上で進み、部屋に荷物を置いて夕飯へと向かった。
食堂に足を踏み入れて、アナは食事への楽しみで身を震わせて、幹人はこれから来る嫌な予感に震え上がり、リリは笑いを抑えていたものの完全には堪えきれずに肩が震えていた。
料理人が運んできたそれは魚の頭や尾が突き出たパイや味付けの塩梅で変色したステーキ、湿ったクッキーのようなもの、怪しいスープ。外見だけで胃を縮めて空腹を満たすというダイエットに最適なメニューの数々にアナの表情は希望からひっくり返って絶望の彼方へと転落していった。
「なんだこれ! 見た目だけで腹を満たす料理が存在するなんて」
リリの話によれば本場の霧国料理はランス王のおかげで少しはまともになったといううわさ話が芸術の国では流れているのだそうだ。しかし、その全容は富裕層しか見ていないためうわさ話の域を出ない、強がりの可能性を否定できないのだという。
きっと魔女のリリ、研究職のような身分では決して届かないのだろう。そこでふと幹人は疑問に思った。
「そういえば今まで魔女見たことないけど、みんな生き残ってるの?」
単純な疑問だった。どのように生きているのか、どこにいるのか、全くもって想像がつかない。それだけにリリの答えは意外なものだった。
「砂漠国のどこかにいるわ。正直そろそろ寿命近いのだけれど」
寿命、そう、この世界での平均寿命など長くても精々五十年行けばいい方、希望は持てないままだった。
話してばかりのふたりを待ちわびて、アナが口を挟む。
「早く食べたら? 冷めたら料理人に失礼なんじゃないの?」
言われるがままに味わうことにした。
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