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第七幕 更に待つ再会
雑国
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砂の海は青の海にその身を浸し、混ざり合っていた。砂の雨が潮風と共に暴れ狂っていた。遠慮という言葉など知らないのだろうか、知っていればそもそもこのような事態になってなどいないのだということは間違いなかった。
「前が見えないだとっ! どうしてこうなるのだ」
船の心臓となりし筋肉質な中年はしっかりと前を見つめて舵輪を握りしめる。その船に多くの乗客が乗っていた。その手に多くの命が乗せられていた。
――誤るな、一発で全員地獄に停泊だぞ
港にて待ちわびるその姿は街か閻魔か魔なる支配者か。砂嵐によって削り取られた視線、かすれた視界で大きな何かを捉えて、船の操縦者は凝視した。その場に現れたのは島なのか陸なのか。男は思う。果たして陸が近くにあっただろうか、目的地から外れてしまったのだろうか。
少しずつ大きな影は近づいてくる。まさに恐ろしいほどに近く感じさせるほどに。
――おかしい、どれだけ道を外れてもまだ陸なんて
そう気づいた時には正体の目星が付く程の手がかりが示されていた。影は火を灯して進む存在。クジラを思わせるその姿。
――船だ
気が付いたのと怒鳴り声が上がるのは同時のことだった。
「ぶつかるぞ」
大気をも裂く大声と共に甲板に立つ船員は柱に捕まり衝撃に備えた。
操縦者は祈る気持ちで舵輪を力いっぱい回し、進行方向を目的地から見て明後日の方向に逸らしてどうにか難を免れようとする。そんな重大な物質へと容赦なくぶつかりにかかる船と壁同士を擦り合わせてすれ違いゆく。これまで少しばかり大きな波と触れ合って日常の一部へと昇華した船員乗客一同だったが、そんな彼らですら経験したことのないような大きな揺れと耳を叩き破ろうとする重々しい轟音と、外を見ていた人は加えて砂に紛れた船の姿。揃いも揃った脅威たちに思考をかき乱されて混乱の中で叫び恐れ震え上がって。
そんな中、アナは擦れながら進む船の側面に塗られた模様をその目でつかみ取り、すぐさま理解した。
――交易船か、ありゃ確かに傲慢だわな
食料衣料工芸品、様々な物資を乗せた世界でも非常に重要な船。自身の位の高さに甘えて全く道を譲ろうという気持ちすら抱かない横柄な移動者たち。海を己の所有物とでも思っているのだろうか。
――なに勘違いしてんだか。マジないわぁ
立ち塞がるものならば生物であれども容赦はしないというウワサすら流れる船を横目に文句と不平を声に出さずに吐き続け、眺めながら厄介者が無事にいなくなるのを祈るのみだった。
祈り続けてどれほどの時間が経っただろう。景色の流れる様はあまりにも遅くてアナの中の不安はいつまでも続くように思えた。大きな危機を感じて過ごすたったの十数秒はあまりにも濃密過ぎた。
――頼む、去ってくれよな。そんでたっと消えてくれ
祈りは通じたのだろうか、頼まれなくてもといった態度なのだろうか。特に難癖をつけられることもなく船は通り過ぎて砂の霧の向こうへと、その深みの中へと消えて行った。アナは安堵のあまりほっと一息ついて目的地へと無事にたどり着く様を見届けるのみだった。
船の中、誰もが無事に航海を続けられそうだということで安心を得つつもこの先の不安に身を縮めていた。まさに一体となった感情の群衆。その全てを見つめ、アナはしばらくの間大人しく座り続けることに決めていた。不安に押し潰されそうでいつまでも見ているのは心臓に悪いものだと思うのみ。
船は何事もなかったかのように平然とした態度で進み続ける。ぶつかり合って出来上がった傷口を悟らせず、吹き荒れる砂が入り込もうとも悲鳴ひとつあげることなく、ただただ目的地を目指して。
陽は沈み、砂嵐も収まったのだろうか抜け出したのだろうか、少なくとも砂が視界を塞ぐことはなくなっていた。開けた視界で見つめた景色は暗闇、予定よりも明らかに遅い時間で、船とのすれ違いを恨む者も多くいた。実際には砂嵐そのものが予定外で速度を落としてもいたものの、それは全く気付かせることなく自然の脅威は脅威のまま驚異として木の赴くままに在り続けるだけのことだった。
やがて船は止まり、船員の案内で人々は降りて行く。アナは大きな伸びをしながら欠伸を噛み殺して浮かべ涙を指で掬い、そのまま払い船を降りながら幹人に訊ねた。
「なあなあ今からどこ泊まんだよ、いいとこ知らね?」
知らねえよ、雑な回答をしながら外へと繋がる板を渡っていた。リリはというと箒を使って幹人と同じ位置を保ち続けてゆっくりと降りていた。
「幹人の大好きなところに行くの。宿っていうのだけど」
「リリのことも大好きだよ」
わざわざズレた言葉を選んで恋心と共に向けつつ、進み続ける。
この港、石を切り出して敷き詰め造られた地こそが雑国の姿、松明が照らし出す微かな景色は正直にそう語っていた。
「ここでは『霧に覆われし眠らぬ国』の料理が味わえるそうよ。交易で入ってきてるから」
うっすらと微笑みながら言葉を澄み渡る闇の波紋として広げて旅の醍醐味の食事について話していた。
妙に機嫌のいい笑顔を浮かべるその様を見つめて、気温以上の寒気を感じながら白い息を闇の中に吐いて。嫌な予感から来る震えをその寒さの中に仕舞いこんで惜しげもなく感情を堪能していた。
「前が見えないだとっ! どうしてこうなるのだ」
船の心臓となりし筋肉質な中年はしっかりと前を見つめて舵輪を握りしめる。その船に多くの乗客が乗っていた。その手に多くの命が乗せられていた。
――誤るな、一発で全員地獄に停泊だぞ
港にて待ちわびるその姿は街か閻魔か魔なる支配者か。砂嵐によって削り取られた視線、かすれた視界で大きな何かを捉えて、船の操縦者は凝視した。その場に現れたのは島なのか陸なのか。男は思う。果たして陸が近くにあっただろうか、目的地から外れてしまったのだろうか。
少しずつ大きな影は近づいてくる。まさに恐ろしいほどに近く感じさせるほどに。
――おかしい、どれだけ道を外れてもまだ陸なんて
そう気づいた時には正体の目星が付く程の手がかりが示されていた。影は火を灯して進む存在。クジラを思わせるその姿。
――船だ
気が付いたのと怒鳴り声が上がるのは同時のことだった。
「ぶつかるぞ」
大気をも裂く大声と共に甲板に立つ船員は柱に捕まり衝撃に備えた。
操縦者は祈る気持ちで舵輪を力いっぱい回し、進行方向を目的地から見て明後日の方向に逸らしてどうにか難を免れようとする。そんな重大な物質へと容赦なくぶつかりにかかる船と壁同士を擦り合わせてすれ違いゆく。これまで少しばかり大きな波と触れ合って日常の一部へと昇華した船員乗客一同だったが、そんな彼らですら経験したことのないような大きな揺れと耳を叩き破ろうとする重々しい轟音と、外を見ていた人は加えて砂に紛れた船の姿。揃いも揃った脅威たちに思考をかき乱されて混乱の中で叫び恐れ震え上がって。
そんな中、アナは擦れながら進む船の側面に塗られた模様をその目でつかみ取り、すぐさま理解した。
――交易船か、ありゃ確かに傲慢だわな
食料衣料工芸品、様々な物資を乗せた世界でも非常に重要な船。自身の位の高さに甘えて全く道を譲ろうという気持ちすら抱かない横柄な移動者たち。海を己の所有物とでも思っているのだろうか。
――なに勘違いしてんだか。マジないわぁ
立ち塞がるものならば生物であれども容赦はしないというウワサすら流れる船を横目に文句と不平を声に出さずに吐き続け、眺めながら厄介者が無事にいなくなるのを祈るのみだった。
祈り続けてどれほどの時間が経っただろう。景色の流れる様はあまりにも遅くてアナの中の不安はいつまでも続くように思えた。大きな危機を感じて過ごすたったの十数秒はあまりにも濃密過ぎた。
――頼む、去ってくれよな。そんでたっと消えてくれ
祈りは通じたのだろうか、頼まれなくてもといった態度なのだろうか。特に難癖をつけられることもなく船は通り過ぎて砂の霧の向こうへと、その深みの中へと消えて行った。アナは安堵のあまりほっと一息ついて目的地へと無事にたどり着く様を見届けるのみだった。
船の中、誰もが無事に航海を続けられそうだということで安心を得つつもこの先の不安に身を縮めていた。まさに一体となった感情の群衆。その全てを見つめ、アナはしばらくの間大人しく座り続けることに決めていた。不安に押し潰されそうでいつまでも見ているのは心臓に悪いものだと思うのみ。
船は何事もなかったかのように平然とした態度で進み続ける。ぶつかり合って出来上がった傷口を悟らせず、吹き荒れる砂が入り込もうとも悲鳴ひとつあげることなく、ただただ目的地を目指して。
陽は沈み、砂嵐も収まったのだろうか抜け出したのだろうか、少なくとも砂が視界を塞ぐことはなくなっていた。開けた視界で見つめた景色は暗闇、予定よりも明らかに遅い時間で、船とのすれ違いを恨む者も多くいた。実際には砂嵐そのものが予定外で速度を落としてもいたものの、それは全く気付かせることなく自然の脅威は脅威のまま驚異として木の赴くままに在り続けるだけのことだった。
やがて船は止まり、船員の案内で人々は降りて行く。アナは大きな伸びをしながら欠伸を噛み殺して浮かべ涙を指で掬い、そのまま払い船を降りながら幹人に訊ねた。
「なあなあ今からどこ泊まんだよ、いいとこ知らね?」
知らねえよ、雑な回答をしながら外へと繋がる板を渡っていた。リリはというと箒を使って幹人と同じ位置を保ち続けてゆっくりと降りていた。
「幹人の大好きなところに行くの。宿っていうのだけど」
「リリのことも大好きだよ」
わざわざズレた言葉を選んで恋心と共に向けつつ、進み続ける。
この港、石を切り出して敷き詰め造られた地こそが雑国の姿、松明が照らし出す微かな景色は正直にそう語っていた。
「ここでは『霧に覆われし眠らぬ国』の料理が味わえるそうよ。交易で入ってきてるから」
うっすらと微笑みながら言葉を澄み渡る闇の波紋として広げて旅の醍醐味の食事について話していた。
妙に機嫌のいい笑顔を浮かべるその様を見つめて、気温以上の寒気を感じながら白い息を闇の中に吐いて。嫌な予感から来る震えをその寒さの中に仕舞いこんで惜しげもなく感情を堪能していた。
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