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第七幕 更に待つ再会
砂嵐
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少しばかり頼りなく見える船は波に揺らされながらも進み続ける。恐らくあの港に再び戻っているであろうランス運営、つまりこの世界基準での先進の最先端にいる王の国営船の優雅に居座る姿が目に浮かぶ。
幹人は高級な船に対する憧れに震えていた。それも現実の揺れに誤魔化されて悟られることもなく。
少年の想いなどには目を向けることもなく、アナと名乗る少女と魔女のリリは何もすることの出来ない時間を持て余してリズを揉み続けていた。
「ふはは、どうだリリ、この子毛玉にしてやる」
「やめて、私も悲しいけど、幹人が心を無に閉ざしちゃうわ」
自在に揉まれ続ける魔獣のリズはと言えば、心地よさそうにされるがまま。癒ししかない姿に見惚れる心も今は海に沈めてしまっていた。
揺れる船、その乗り心地の悪さは船長お墨付きという救いようもないもので、やはり幹人は良い船というものに想い焦がれ続けていた。
この乗り心地の悪さの中で先程まで交わしていた会話を思い返す。
アナの問いかけから始まった会話は、これだ。
「なあなあリリ、信仰の国戻らなくてよかったのか? もしかしたら目的にたどり着くためのうわさ話とやら、残ってたんじゃね」
それに対してリリの回答は、こうだ。
「幹人を殺そうとする国に用はないの」
幹人の頬は赤みと仄かな熱に柔らかな感情を添えて訴えかけていた。
――俺のこと
いつものことながらも未だに慣れないものだった。
「じゃあさじゃあさ、幹人を港の国に置いて調べればよかったんじゃね」
アナの言葉は魔女の気持ちなど考えていないのだろうか。
リリはアナを思い切り睨みつけて、この上ない恐怖をこの世に生み出していた。
「そう……私が耐えられるとでも思って?」
切り出された言葉は完璧という言葉に最も相応しい純度百の弱音だった。
――耐え切れないのかよ
しかし、その言葉は幹人にとっては最も光栄なものだった。
先程までの感情はどこへと消えたことやら、話は綺麗に舵を切った。
これまでのことからこれからのことへ。
切り替えの言葉は落ち着いた低い声で紡がれた。
「これから向かうのは名も掲げない雑国だったかしら。そこから砂漠国に行くから」
そのような話の果てに今この緩んだ状況。緩みはあまりにも深く、船が揺れた程度ではこぼれない、砕けない、消え去らない。愛しい時間、三人で過ごす美しくて優しくて柔らかな時間がいつまで続くのだろう。
幹人の想いの底で波を立てて告げる予感。それがひたすら叫び立てていた。
その幸せは、長くは続かないのだと。
真昼の言葉がどうしても引っ掛かっていた。
――そうね、イメージ的には少し暗い子だったかしら。口調がいつだかの若者みたいな子で
暗いわけではない、寧ろ正反対。その場を勢い任せに乗り切る豪快な人物。しかし、口調が時々該当する。
ある敵を倒すまでは記憶の蓋をしていた。もしも目の前の少女が記憶を失いこの世界で生きているのだとしたら性格など環境の違いでどのような形にでも創り上げられてしまう。
そう遠くない内に訪れるであろう別れ。予感は告げていた。来る、次の国かその次か。真昼の仲間がどのような人物なのか、アナの中に眠る記憶を呼び覚ます方法、それに対する不安でいっぱいだった。
船は進み続ける。大きな揺れは留まることを知らず、激しい揺りかごで眠る気などまるで起きなくて。
――ああ、また寝不足で上陸なんだろうな
出来る限り早くたどり着くことだけを祈って、船内生活を続ける。この旅で抱いた感想、船乗りや海上で国を護る海の番犬にだけはならないという確信を得て紅茶を飲み干す。
空のティーカップをテーブルに置いてリリに訊ねる。
「そういや紅茶なんてあったんだ」
振り向いて幹人に目を合わせて、朗らかな笑顔を演出しながら答えていた。
「紅茶? そりゃあ普通に採れるんじゃないかな」
どうにもこうにも話が分かっていない様子。きっと如何にして紅茶が出来上がるのか、商人か職人が口を塞いでいるのだろう。
「元々茶葉って日本で好まれる緑茶と同じもので、発酵させて紅茶にするんだ」
「なるほど、緑茶なら飲んだことあるなあ。運んでる途中で発酵。船内熟成輸送、企業の秘密かしら」
どうやらこの世界では方法を隠匿することで富を独占する輩が多いようだ。幹人は薄汚い心に触れた気分、小汚さがその手を伝って染み込んだ渋い紅茶を飲んだような気がして、より一層気分を悪くしながらリリの表情について訊ねた。
「ところでなにその無駄に明るい顔」
一瞬だけ笑顔が崩れた。身体も少しばかり船の揺れに持って行かれて椅子の脚がひとつ、微かに地を離れた。乱れた表情は幹人の心にこびりついて離れない。きっとその貌が答えで間違いないようだ。顔に張り付けた笑顔の装いの中へと手を入れるように、言葉を続けた。
「次の国でリリも一旦休みだね」
一度大きく頷いて、言葉すら出さない。一度やめた我慢はおり戻せないでいた。
それから心地の悪い夜を二度過ごし、目を覚ました人々を迎え入れた光景と船員の声で気が付いた。
目的地は今日の日が沈んだ頃に着く、といった言葉とリリが建てた計画の雑国から砂漠国への移動。このふたつから目的地は近いのだと悟った。
景色を目にするや否や三人揃って部屋の中に閉じこもる。
出迎えた景色、それは砂の嵐に覆われた空と砂が表層に溶け込んだイヤな海だった。
幹人は高級な船に対する憧れに震えていた。それも現実の揺れに誤魔化されて悟られることもなく。
少年の想いなどには目を向けることもなく、アナと名乗る少女と魔女のリリは何もすることの出来ない時間を持て余してリズを揉み続けていた。
「ふはは、どうだリリ、この子毛玉にしてやる」
「やめて、私も悲しいけど、幹人が心を無に閉ざしちゃうわ」
自在に揉まれ続ける魔獣のリズはと言えば、心地よさそうにされるがまま。癒ししかない姿に見惚れる心も今は海に沈めてしまっていた。
揺れる船、その乗り心地の悪さは船長お墨付きという救いようもないもので、やはり幹人は良い船というものに想い焦がれ続けていた。
この乗り心地の悪さの中で先程まで交わしていた会話を思い返す。
アナの問いかけから始まった会話は、これだ。
「なあなあリリ、信仰の国戻らなくてよかったのか? もしかしたら目的にたどり着くためのうわさ話とやら、残ってたんじゃね」
それに対してリリの回答は、こうだ。
「幹人を殺そうとする国に用はないの」
幹人の頬は赤みと仄かな熱に柔らかな感情を添えて訴えかけていた。
――俺のこと
いつものことながらも未だに慣れないものだった。
「じゃあさじゃあさ、幹人を港の国に置いて調べればよかったんじゃね」
アナの言葉は魔女の気持ちなど考えていないのだろうか。
リリはアナを思い切り睨みつけて、この上ない恐怖をこの世に生み出していた。
「そう……私が耐えられるとでも思って?」
切り出された言葉は完璧という言葉に最も相応しい純度百の弱音だった。
――耐え切れないのかよ
しかし、その言葉は幹人にとっては最も光栄なものだった。
先程までの感情はどこへと消えたことやら、話は綺麗に舵を切った。
これまでのことからこれからのことへ。
切り替えの言葉は落ち着いた低い声で紡がれた。
「これから向かうのは名も掲げない雑国だったかしら。そこから砂漠国に行くから」
そのような話の果てに今この緩んだ状況。緩みはあまりにも深く、船が揺れた程度ではこぼれない、砕けない、消え去らない。愛しい時間、三人で過ごす美しくて優しくて柔らかな時間がいつまで続くのだろう。
幹人の想いの底で波を立てて告げる予感。それがひたすら叫び立てていた。
その幸せは、長くは続かないのだと。
真昼の言葉がどうしても引っ掛かっていた。
――そうね、イメージ的には少し暗い子だったかしら。口調がいつだかの若者みたいな子で
暗いわけではない、寧ろ正反対。その場を勢い任せに乗り切る豪快な人物。しかし、口調が時々該当する。
ある敵を倒すまでは記憶の蓋をしていた。もしも目の前の少女が記憶を失いこの世界で生きているのだとしたら性格など環境の違いでどのような形にでも創り上げられてしまう。
そう遠くない内に訪れるであろう別れ。予感は告げていた。来る、次の国かその次か。真昼の仲間がどのような人物なのか、アナの中に眠る記憶を呼び覚ます方法、それに対する不安でいっぱいだった。
船は進み続ける。大きな揺れは留まることを知らず、激しい揺りかごで眠る気などまるで起きなくて。
――ああ、また寝不足で上陸なんだろうな
出来る限り早くたどり着くことだけを祈って、船内生活を続ける。この旅で抱いた感想、船乗りや海上で国を護る海の番犬にだけはならないという確信を得て紅茶を飲み干す。
空のティーカップをテーブルに置いてリリに訊ねる。
「そういや紅茶なんてあったんだ」
振り向いて幹人に目を合わせて、朗らかな笑顔を演出しながら答えていた。
「紅茶? そりゃあ普通に採れるんじゃないかな」
どうにもこうにも話が分かっていない様子。きっと如何にして紅茶が出来上がるのか、商人か職人が口を塞いでいるのだろう。
「元々茶葉って日本で好まれる緑茶と同じもので、発酵させて紅茶にするんだ」
「なるほど、緑茶なら飲んだことあるなあ。運んでる途中で発酵。船内熟成輸送、企業の秘密かしら」
どうやらこの世界では方法を隠匿することで富を独占する輩が多いようだ。幹人は薄汚い心に触れた気分、小汚さがその手を伝って染み込んだ渋い紅茶を飲んだような気がして、より一層気分を悪くしながらリリの表情について訊ねた。
「ところでなにその無駄に明るい顔」
一瞬だけ笑顔が崩れた。身体も少しばかり船の揺れに持って行かれて椅子の脚がひとつ、微かに地を離れた。乱れた表情は幹人の心にこびりついて離れない。きっとその貌が答えで間違いないようだ。顔に張り付けた笑顔の装いの中へと手を入れるように、言葉を続けた。
「次の国でリリも一旦休みだね」
一度大きく頷いて、言葉すら出さない。一度やめた我慢はおり戻せないでいた。
それから心地の悪い夜を二度過ごし、目を覚ました人々を迎え入れた光景と船員の声で気が付いた。
目的地は今日の日が沈んだ頃に着く、といった言葉とリリが建てた計画の雑国から砂漠国への移動。このふたつから目的地は近いのだと悟った。
景色を目にするや否や三人揃って部屋の中に閉じこもる。
出迎えた景色、それは砂の嵐に覆われた空と砂が表層に溶け込んだイヤな海だった。
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