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第六幕 再会まで
追い返し
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辺りは悪魔だらけで異形の祭りのようなありさまだった。足を一歩踏み出すごとにコウモリの羽の生えたネコや見るからに巨大なカイコガまでもが地面を禍々しい響きで揺らし、おどろおどろしい振る舞いとともに現れる。
「下がってくれ、ミーナ」
すぐ隣にいるミーナを一歩後ろへと引き下げて強大な雷を顕現させて一閃を放つ。ただそれだけで辺り一帯の悪魔たちは跡形もなく焼き払われる。
一方ミーナの背中の向こうではオトナな女が氷の術式を放っていた。
「ここに来てからずっと思ってたんだが道開かねえし埒明かねえな」
その言葉に対して同意の想いしか示さない一同。ここは悪夢のうつつとでもいうのだろうか。真昼は叫ぶ。
「走れ、向こうだよ」
剣の示す方へ、一見すると何もない、しかし悪魔の軍勢が不自然に避ける一帯を目指して飛び込むように走る。
「通行のジャマしてんじゃねえ」
叫び声と共に鋭い青の雷を振るって立ち塞がる悪魔を塵に変える。空から降ってくる雷とは異なる色彩と威力、加えて恐ろしい程の殺意に悪魔は戦意を奮い立たせて喜びの貌を浮かべながら襲いかかってきた。
「全員戦闘狂かよ」
きっと生など悪魔にとっては暇つぶしだとか価値のない時間そのもので、戦闘など、死への危機など娯楽のひとつでしかないのだろう。
――付き合いきれるかっての
想いを閉じ、剣を振って清浄なる空気のたまり場へとようやく足を踏み入れた。
「ふう、無事でいられたなミーナ」
安心に息をついて肩の力を抜いたその時、喉元に今この世で最も冷たい刃が向けられた。その持ち主は当然分かり切っていた。
「仲間割れか? なんのつもりだ」
そうした問いかけを切り捨てるように刃は紘大を突き刺そうと勢いをつけて襲ってきた。
飛び退いて躱す様を見つめて氷の持ち主は全てを凍てつかせる瞳で睨みつけていた。
「避けるの分かっててやっただろ。さあ答えろ」
「帰す」
紘大への答え、それはあまりにも単純で純粋な脅しに全て込められていた。
「どこにだ、俺には分からねえな」
薄っぺらな想いを乗せて真昼に向けて緩く流された言葉、そこに閉じ込められた意味は容易く見破られていた。
「嘘。本音ならここまで浅い心は乗らない」
紘大は驚きに目を見開いた。何故分かってしまったのか、それが分からなかった。
真昼は手帳を取り出して薄い水色の輝きと共に氷を放つ。
「やめて、コウダイくんは……私に優しくしてくれた良い人だよ」
誰にとっての優しい人なのか、どのような感情が込められての態度なのか。紘大が色欲によって紡いできたであろうその感情。それを真昼は冷たい言葉で切り伏せた。
「そいつは優しくないんじゃないかしら。ただ、スケベ心で接してきただけで」
そう言われても尚、ミーナは引き下がらない。
「でも、それでも、私にとっては素敵な人なんだ! 私の全てを変えてくれて、結婚までして、身も心も一色に染めた仲なの」
薄桃色の貝殻、お揃いの物が首にかかっているのを見て真昼はため息をついた。
「分かったわ、紘大が勝てば諦めてあげる、この世界で死にな」
そう言った途端に振り上げた剣、紘大は間一髪で躱すものの、勢いについて行けなかった首飾りの紐は切れ、地に落ちてしまう。
「はっ、縁起悪いじゃねえか」
軽い口を叩いてはみたものの、その実力の差に心は冷え切っていた。
――戦いの数が違う
余裕など残されてはいなかった。真昼の斬撃に容赦の感情などひとつも残されていない。混じりっ気のない純粋な澄んだチカラを雷の剣で受け止めては押し負けて、清浄な空気の層の端にまで追い込まれてしまっていた。
「俺の負け……諦めるのか、まだ、俺様の野望、的なやつ叶ってねえのに!」
諦めが過ぎり、真昼の目にもその弱気な感情は表情を通して見えてしまう。手帳を取り出して魔法を扱おうとしていた。その瞳に映る紘大の顔を、怯え切ったその貌を見て思う。
――なっさけねえ、俺は、俺は!
大切な人との日々を思い出し、守りたいものを思い出す。それは真昼の後ろにいて、首飾りは真昼に踏みつけられていた。遥か遠く感じられていて、届かないのだと世界そのものに嘲笑われているようにも感じられた。
「あんまり見下してんじゃねえ!」
限界を超える、その意志はやがて紘大の姿を大きく変えた。突如現れた雷の輝きに覆われ見通すことも出来ないその中を真昼はどうにか見通そうとするが決して見せられなかった。
「まっ、まさか」
雷が消え去ったそこに残された姿、それは黒く禍々しい鎧を纏いし存在。コウモリの翼の生えた男は羽ばたき空へと浮かび上がり、剣を地に向けると共に雷が続々と雨の如く降り始めた。
「あれがアイツの魂……心の底から悪魔のような男ね」
雷の雨は真昼に向けて集中豪雨といった様を見せていた。それを、紘大の想いを何ひとつとして受け取らないままに避けて避け尽くして避け果てて、素早く悪魔のような男へと迫る。
「すぐに終われ」
言葉と共に向かう氷たち、それが紘大を捕らえて動きを止める。もがいても足掻いても抜け出せない。抵抗は何ひとつ成果を上げられなかった。
真昼は剣を向け、相手の元へと迫りゆく。
「幕は引いた」
相手を貫く一撃は当然のように命中して男は元の姿に戻って地に落ちた。
「あとは帰すだけ、追い返し」
紘大の意識が完全に闇に落ちたことを確認して手帳を開いた真昼は術式を起動させる準備に出た。
「下がってくれ、ミーナ」
すぐ隣にいるミーナを一歩後ろへと引き下げて強大な雷を顕現させて一閃を放つ。ただそれだけで辺り一帯の悪魔たちは跡形もなく焼き払われる。
一方ミーナの背中の向こうではオトナな女が氷の術式を放っていた。
「ここに来てからずっと思ってたんだが道開かねえし埒明かねえな」
その言葉に対して同意の想いしか示さない一同。ここは悪夢のうつつとでもいうのだろうか。真昼は叫ぶ。
「走れ、向こうだよ」
剣の示す方へ、一見すると何もない、しかし悪魔の軍勢が不自然に避ける一帯を目指して飛び込むように走る。
「通行のジャマしてんじゃねえ」
叫び声と共に鋭い青の雷を振るって立ち塞がる悪魔を塵に変える。空から降ってくる雷とは異なる色彩と威力、加えて恐ろしい程の殺意に悪魔は戦意を奮い立たせて喜びの貌を浮かべながら襲いかかってきた。
「全員戦闘狂かよ」
きっと生など悪魔にとっては暇つぶしだとか価値のない時間そのもので、戦闘など、死への危機など娯楽のひとつでしかないのだろう。
――付き合いきれるかっての
想いを閉じ、剣を振って清浄なる空気のたまり場へとようやく足を踏み入れた。
「ふう、無事でいられたなミーナ」
安心に息をついて肩の力を抜いたその時、喉元に今この世で最も冷たい刃が向けられた。その持ち主は当然分かり切っていた。
「仲間割れか? なんのつもりだ」
そうした問いかけを切り捨てるように刃は紘大を突き刺そうと勢いをつけて襲ってきた。
飛び退いて躱す様を見つめて氷の持ち主は全てを凍てつかせる瞳で睨みつけていた。
「避けるの分かっててやっただろ。さあ答えろ」
「帰す」
紘大への答え、それはあまりにも単純で純粋な脅しに全て込められていた。
「どこにだ、俺には分からねえな」
薄っぺらな想いを乗せて真昼に向けて緩く流された言葉、そこに閉じ込められた意味は容易く見破られていた。
「嘘。本音ならここまで浅い心は乗らない」
紘大は驚きに目を見開いた。何故分かってしまったのか、それが分からなかった。
真昼は手帳を取り出して薄い水色の輝きと共に氷を放つ。
「やめて、コウダイくんは……私に優しくしてくれた良い人だよ」
誰にとっての優しい人なのか、どのような感情が込められての態度なのか。紘大が色欲によって紡いできたであろうその感情。それを真昼は冷たい言葉で切り伏せた。
「そいつは優しくないんじゃないかしら。ただ、スケベ心で接してきただけで」
そう言われても尚、ミーナは引き下がらない。
「でも、それでも、私にとっては素敵な人なんだ! 私の全てを変えてくれて、結婚までして、身も心も一色に染めた仲なの」
薄桃色の貝殻、お揃いの物が首にかかっているのを見て真昼はため息をついた。
「分かったわ、紘大が勝てば諦めてあげる、この世界で死にな」
そう言った途端に振り上げた剣、紘大は間一髪で躱すものの、勢いについて行けなかった首飾りの紐は切れ、地に落ちてしまう。
「はっ、縁起悪いじゃねえか」
軽い口を叩いてはみたものの、その実力の差に心は冷え切っていた。
――戦いの数が違う
余裕など残されてはいなかった。真昼の斬撃に容赦の感情などひとつも残されていない。混じりっ気のない純粋な澄んだチカラを雷の剣で受け止めては押し負けて、清浄な空気の層の端にまで追い込まれてしまっていた。
「俺の負け……諦めるのか、まだ、俺様の野望、的なやつ叶ってねえのに!」
諦めが過ぎり、真昼の目にもその弱気な感情は表情を通して見えてしまう。手帳を取り出して魔法を扱おうとしていた。その瞳に映る紘大の顔を、怯え切ったその貌を見て思う。
――なっさけねえ、俺は、俺は!
大切な人との日々を思い出し、守りたいものを思い出す。それは真昼の後ろにいて、首飾りは真昼に踏みつけられていた。遥か遠く感じられていて、届かないのだと世界そのものに嘲笑われているようにも感じられた。
「あんまり見下してんじゃねえ!」
限界を超える、その意志はやがて紘大の姿を大きく変えた。突如現れた雷の輝きに覆われ見通すことも出来ないその中を真昼はどうにか見通そうとするが決して見せられなかった。
「まっ、まさか」
雷が消え去ったそこに残された姿、それは黒く禍々しい鎧を纏いし存在。コウモリの翼の生えた男は羽ばたき空へと浮かび上がり、剣を地に向けると共に雷が続々と雨の如く降り始めた。
「あれがアイツの魂……心の底から悪魔のような男ね」
雷の雨は真昼に向けて集中豪雨といった様を見せていた。それを、紘大の想いを何ひとつとして受け取らないままに避けて避け尽くして避け果てて、素早く悪魔のような男へと迫る。
「すぐに終われ」
言葉と共に向かう氷たち、それが紘大を捕らえて動きを止める。もがいても足掻いても抜け出せない。抵抗は何ひとつ成果を上げられなかった。
真昼は剣を向け、相手の元へと迫りゆく。
「幕は引いた」
相手を貫く一撃は当然のように命中して男は元の姿に戻って地に落ちた。
「あとは帰すだけ、追い返し」
紘大の意識が完全に闇に落ちたことを確認して手帳を開いた真昼は術式を起動させる準備に出た。
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