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第六幕 再会まで
再会
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幹人の視界に映るのは地面、ただそれだけなのだろうか。たった少しの時間で築き上げられた緩やかな縁をこれから育んで立派な友情として育て上げようとしていた。そんな中起きた出来事。
街に着いてからのことを思い返す。そこで出会った本の虫は知識を溜め込んだだけの普通の少女。少しばかり棘のある物言いも温かな言葉も冷たい目も柔らかな瞳も控えめな声も優しい感触も何もかもを思い返す。少し前までそこにいたあの子が、物として扱われていた者、歩く辞書、ユウミ。
ただの一瞬を隔てて、消えてしまったのだった。
「他になかったのか……」
悔しさは悲しみはどこまでも深く強く湧いてきて、その全てが単純な言葉でしか出てこない。
「これしか、なかったのか」
犠牲を一切出さない綺麗な物語が恋しくて、しかしそれは世界が世界である以上許されなくて、やり切れない気持ちで夜空を見上げた。
瞬く星々その全て、何もかもが生きて来た証を紡いでいて、その爪跡はとても視界に収まるものではなくて、見えるものから知り得ないものまで何もかもが美しかった。
それらにも、美しいだけでは語れない陰が潜んでいるのだろうか。
幹人は気が付いていなかった。己の考えの中にも美しいだけでは済まされないものが存在することを、リリにすら話していないあのことを、リリを連れて元の世界へ戻るという想いに記された自分勝手の想いの極みに。
いつまでも動かない幹人の元に、強い風が吹き込んで来た。
風に乗るように箒に乗る魔女が空から降りて来て、幹人の目の前に立って微笑んだ。
「ここにいたの……お待たせ」
幹人はふと我に返って辺りを見回す。
「あれ? 真昼さんは――」
辺りを覆う闇の中、命の恩人にして大切な人を死へと追いやった咎人の姿はどこへ溶け込んでしまったものか、知らない分からない見えてこない。幹人の声が目の前の魔女には届いたようで、落ち着いた声で言葉を返した。
「真昼さん? また女の子と仲良くなって、全く……キミは罪な人だね」
「いやちょっと待って」
リリの倍かそれ以上の歳の女を女の子と呼ぶには多大なる抵抗があった。そのことはすぐさまリリに伝えられて、リリはほっと胸を撫で下ろす。
「よかった、もしも幹人が変な女に奪われたら、なんて考えただけで寒さが増してく」
安心を得たリリだったが、それはたった数秒の出来事。幹人はこの国で図書館の本を全て暗記した少女と出会ったと話した。
「そ、それは……」
「でも安心して」
イヤらしいことなんかなかったから。そう告げて、幹人の体験談をうわさとして人々の記憶に刻み込むように語り始めた。
ある日ある時、この国の図書館に収まる本を全て暗記した者がいました。人々からは『歩く辞書』と呼ばれた少女、しかしその正体はごくごく普通の少女で、ユウミという大層美しい名前を持っていて――――
☆
それは夜闇に覆われたこの国の夜の出来事。幹人をひとり置いて立ち去る女がいた。
「さあて、どうしたものか」
実力者しか乗ることの許されない船、それに乗った人物が遂にこの国でも現れたのだという。その人物は紘大と名乗ったのだと風に乗ったうわさ話を耳にして。
船乗りに訊ねたところ、ランスが出資して造った船は一隻しか存在せず、到着まで五日間、そこで二日間港に泊まって次の日の夕方に出航。さらに五日間かけて戻って来てこちらの港でやはり二日間、出航はその次の日の夕方。
「で、到着まで五日間かしら。出航二回と休暇二回で二週間、出航待ちが計二日間あって私が向こうに着くまで五日間、ちょうど三週か」
とても長い三週間に思えた。
真昼が身に纏っているスーツ、そのポケットから小さなメモ帳を取り出して万年筆で書き綴る。それは仲間へ向けた近況報告であり、大好きな少女と幼く見える少年姉弟への優しさでもあった。
それをメモ帳から切り離して船乗りに手渡す。船乗りは目を丸くしてその様を見つめていた
「向こうの砂漠国辺りに持って行って欲しい……きっとそこに背の低めの少年と同じくらいの背丈の少女がいると思うわ」
その願いは聞き届けられた。船乗りは紙を丁寧に持って木の箱に仕舞っておいた。その様子を眺めて真昼は軽く笑いながら宿へと足を向け、進み行く。
「貴族と思われてるわね」
立派なスーツに紙を易々と消費するその姿、そして真昼の堂々とした佇まいは相手に対して完全にそう思わせていた。態度までもが相手をだましきっていた。
それから時は流れて街の中では歩く辞書、ユウミのうわさ話が広まって、これまで歩く辞書と呼んでいた人々はユウミをひとりの人間で普通の女の子なのだとしっかりと認めていた。
――放っておけばいいのに
そうした言葉を飲み込んでついに来た航海の日、船の中で真昼は紘大という人物について想像していた。話によれば獣混じりの女の子を大量に攫ったことがあって、この国でもハーレムというものを作ろうとしていた人物。
大きなため息をつくと共に船は出て、五日間の退屈と戦いながら船の進みを見ていた。
――しかし、ランスはなぜここに船を
実力者が欲しいのならば東の国からの流刑地や霧に覆われし北の国辺りが良いことなど明白だった。
船は進む。真昼は思考を進める。
ランスという人物に会ったことなどないが、少なくとも向こうは向こうで何かの陰謀を抱えているように思えていた。
この旅の中、襲って来る寒気は特別なまでに強烈なものだった。
街に着いてからのことを思い返す。そこで出会った本の虫は知識を溜め込んだだけの普通の少女。少しばかり棘のある物言いも温かな言葉も冷たい目も柔らかな瞳も控えめな声も優しい感触も何もかもを思い返す。少し前までそこにいたあの子が、物として扱われていた者、歩く辞書、ユウミ。
ただの一瞬を隔てて、消えてしまったのだった。
「他になかったのか……」
悔しさは悲しみはどこまでも深く強く湧いてきて、その全てが単純な言葉でしか出てこない。
「これしか、なかったのか」
犠牲を一切出さない綺麗な物語が恋しくて、しかしそれは世界が世界である以上許されなくて、やり切れない気持ちで夜空を見上げた。
瞬く星々その全て、何もかもが生きて来た証を紡いでいて、その爪跡はとても視界に収まるものではなくて、見えるものから知り得ないものまで何もかもが美しかった。
それらにも、美しいだけでは語れない陰が潜んでいるのだろうか。
幹人は気が付いていなかった。己の考えの中にも美しいだけでは済まされないものが存在することを、リリにすら話していないあのことを、リリを連れて元の世界へ戻るという想いに記された自分勝手の想いの極みに。
いつまでも動かない幹人の元に、強い風が吹き込んで来た。
風に乗るように箒に乗る魔女が空から降りて来て、幹人の目の前に立って微笑んだ。
「ここにいたの……お待たせ」
幹人はふと我に返って辺りを見回す。
「あれ? 真昼さんは――」
辺りを覆う闇の中、命の恩人にして大切な人を死へと追いやった咎人の姿はどこへ溶け込んでしまったものか、知らない分からない見えてこない。幹人の声が目の前の魔女には届いたようで、落ち着いた声で言葉を返した。
「真昼さん? また女の子と仲良くなって、全く……キミは罪な人だね」
「いやちょっと待って」
リリの倍かそれ以上の歳の女を女の子と呼ぶには多大なる抵抗があった。そのことはすぐさまリリに伝えられて、リリはほっと胸を撫で下ろす。
「よかった、もしも幹人が変な女に奪われたら、なんて考えただけで寒さが増してく」
安心を得たリリだったが、それはたった数秒の出来事。幹人はこの国で図書館の本を全て暗記した少女と出会ったと話した。
「そ、それは……」
「でも安心して」
イヤらしいことなんかなかったから。そう告げて、幹人の体験談をうわさとして人々の記憶に刻み込むように語り始めた。
ある日ある時、この国の図書館に収まる本を全て暗記した者がいました。人々からは『歩く辞書』と呼ばれた少女、しかしその正体はごくごく普通の少女で、ユウミという大層美しい名前を持っていて――――
☆
それは夜闇に覆われたこの国の夜の出来事。幹人をひとり置いて立ち去る女がいた。
「さあて、どうしたものか」
実力者しか乗ることの許されない船、それに乗った人物が遂にこの国でも現れたのだという。その人物は紘大と名乗ったのだと風に乗ったうわさ話を耳にして。
船乗りに訊ねたところ、ランスが出資して造った船は一隻しか存在せず、到着まで五日間、そこで二日間港に泊まって次の日の夕方に出航。さらに五日間かけて戻って来てこちらの港でやはり二日間、出航はその次の日の夕方。
「で、到着まで五日間かしら。出航二回と休暇二回で二週間、出航待ちが計二日間あって私が向こうに着くまで五日間、ちょうど三週か」
とても長い三週間に思えた。
真昼が身に纏っているスーツ、そのポケットから小さなメモ帳を取り出して万年筆で書き綴る。それは仲間へ向けた近況報告であり、大好きな少女と幼く見える少年姉弟への優しさでもあった。
それをメモ帳から切り離して船乗りに手渡す。船乗りは目を丸くしてその様を見つめていた
「向こうの砂漠国辺りに持って行って欲しい……きっとそこに背の低めの少年と同じくらいの背丈の少女がいると思うわ」
その願いは聞き届けられた。船乗りは紙を丁寧に持って木の箱に仕舞っておいた。その様子を眺めて真昼は軽く笑いながら宿へと足を向け、進み行く。
「貴族と思われてるわね」
立派なスーツに紙を易々と消費するその姿、そして真昼の堂々とした佇まいは相手に対して完全にそう思わせていた。態度までもが相手をだましきっていた。
それから時は流れて街の中では歩く辞書、ユウミのうわさ話が広まって、これまで歩く辞書と呼んでいた人々はユウミをひとりの人間で普通の女の子なのだとしっかりと認めていた。
――放っておけばいいのに
そうした言葉を飲み込んでついに来た航海の日、船の中で真昼は紘大という人物について想像していた。話によれば獣混じりの女の子を大量に攫ったことがあって、この国でもハーレムというものを作ろうとしていた人物。
大きなため息をつくと共に船は出て、五日間の退屈と戦いながら船の進みを見ていた。
――しかし、ランスはなぜここに船を
実力者が欲しいのならば東の国からの流刑地や霧に覆われし北の国辺りが良いことなど明白だった。
船は進む。真昼は思考を進める。
ランスという人物に会ったことなどないが、少なくとも向こうは向こうで何かの陰謀を抱えているように思えていた。
この旅の中、襲って来る寒気は特別なまでに強烈なものだった。
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