異世界風聞録

焼魚圭

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第六幕 再会まで

空から

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 信仰を捧げる歌が響いている。空に飛ばす音色は心地よくて忌々しい。
 リリは目を覚ましたその視界に幹人が映されていないという事実を映してしまって、帰って来ていないということを確認したのだった。

「はあ、どうして帰って来てないのかしら」

 アナにはリリの言葉が疑問としてのものではないことに気が付いていた。

「ったく、アイツも優しすぎんだよ。さっとやってぱっと戻ってくりゃこうもならなかったてのに」

 アナはふと辺りを見回す。

「んな、もしアタシらが幹人の仲間って知られたら……危なくね」
「その時は信仰を絶やすだけかしら」
「怖すぎだろ、ビビるわー」

 さらりと遠回しに行われた狂信者虐殺宣言。時に愛とは罪を見る目を霞ませてしまうものだろうか。

「怖くはないわ、それは救済」
「ちょっと待ち」

 思考の加速、思想の侵食。リリが幹人の狂信者となりゆく様を垣間見てその手で制す。余裕すら残されていないアナの慌てた顔を目にしてそっと微笑んだ。

「冗談」

 そうした会話を挟みながら進んだ先で、アナは例の建物を前にして訊ねる。

「ここに捕まってるかどうか、分かるものか?」
「ふふ、私には愛の籠もった究極の端を渡る強力な協力者がいるもの」

 そう言い放ちながら手より放たれし生き物、それは妙に耳の長いリスの姿をした魔獣だった。

「リズかよ」
「リズよ」

 この小さな生き物に何が出来るのだろうか、アナは不安で仕方がなかった。胸が昏い気持ちで充たされて溺れてしまいそうだった。
 リズは走って人々の足と足の間を駆け抜けて、信仰を讃え歌う美脚の柱をすり抜けて、様々な部屋を調べて。

「ドアも簡素な造りでね、あの子なら開けられちゃうの」
「そうなのか」
「忍び込んでも人以外の生き物には罪はないでしょ」

 可愛らしい見た目をしたその生き物を魔獣だと見抜くことが出来る人物など果たしてこの建物の中にいるのだろうか。リズは走り続け、大好きな仲間を探し続け、様々な部屋を目や鼻、耳で視ていた。幹人の声は重みはどこからか聞こえてこないか、幹人の気配は、隠し部屋は見えないか、香りはどこからか流れていないか。見当たらないどこにもいない。
 耳は心情に従って垂れ下がり、力も入らない。そうしてとぼとぼと戻ろうとした時、幹人の残り香がわずかながら、消え行ってしまいそうなほどに希薄なそれが漂ってきた。顔を上げたその時、すれ違う顔を確認した。灰色の髪に紫色の瞳、その下に深く刻まれた疲労の証のくま。
 リズは香りの姿形から想像した。幹人が出て行ってから数十分、しかも血の香りまでもがついでに染みていて、木々の香りと硝煙の匂いまでもが薄っすらと纏わりついていて、街の香りはそれらとはかけ離れた時間、つまり幹人とは早めにおさらばしているということだった。
――教えてくれてありがとう、あなたはもう用済み
 そこから風のような速さで駆けて、外で身を震わせながら待ち続ける魔女の元へと戻って行った。

「ほら見ろよリリ、口から白い煙出てるぜ好きな形で出して一芸やろうぜ」
「滅茶苦茶ね」

 呆れた貌はリズにすら分かってしまうほどのものだった。
 リズの柔らかな身体がリリの足をスカートを、腰から回るように二の腕に飛び移って肩へと乗っかって。

「くすぐったいねリズ。どうだった?」

 リリの耳元で鳴き示した調査報告はリリの表情を何とも言えないものへと変え果ててしまった。

「つまり……この建物にはいない」

 どうにもならない事実、幹人の行方が不明というなにかに包まれて姿の影すら見通せない。八方塞がりのようにも思えたが、幹人が死んだとは限らないというこの状況、リリはこの状態に納得していた。

「当然と言えば当然かしら。悪魔のチカラの使い手と思う人なんて置いておくはずもないものね」

 リリの中では既に次の行動は決められていた。
 その場を離れて、アナと共に森の中へと入り込んでの調査が始まった。

「あの村を出て森に入った。だったらこの辺りでなにか動きがあったはず」

 夜闇で繰り広げられた出来事を丁寧に追いかけ始める。道の荒れ具合い、人の足跡やそれを引き摺った跡。幹人の風の気配の朧気な痕跡を追って探り森を進んで。
 見えて来たそこから窺える更なる道筋、岸へ崖へ水の中へ。

「多分リズがすれ違った信仰者と戦って水に流されたようだね。もしかすると追い込まれて飛び込んだのかも」

 その推測にアナは絶望を用いて言葉を突き付ける。

「もしかしたら殺して沈めた可能性は?」
「だったらリズが凄く強い血の匂いをあの女から嗅ぎつけるはず」

 大して深く血を浴びたわけでもないそうで、殺して運ぶとなればそうもいかないだろう。ただひとつ、撃って殺した結果衝動で落ちただけの可能性も否定はできないと言った様子だった。

「行こう、死が実現する前に救う」

 リリは箒に跨りアナを乗せて素早く飛び進め始めた。
 それは何よりも素早く鳥を獣を追い抜いて、時間をも追い越して行くように感じられた。進んで進んで進んで―― 川を辿りて進んだ先でリズが鳴いた。

「ええ、分かったわ」

 そこで嗅ぎつけた魔力の溜まりは川から上がったことを意味していた。

「ひとりなのか? 複数人なのか?」

 アナの問いに答えを出すことなど出来なかった。代わりの言葉を与えて済ますことしか出来ないでいた。

「リズの鼻では今までずっと一緒にいた私たちしか嗅ぎ分けられないわ、魔力を嗅ぎ分けてるだけのことだしとても難しいわ」

 景色に溶け込んでしまうそれを見分けるのは至難の業、出来て身近な仲を微かに視るだけなのだという。

「血も流石にそんなに匂わないのかしら」

 リズが見ている先は、気になってリリは地図を開いた。

「私の出身地の詳細な地図はないの、この島は探索し尽くされていていいわ」

 そう語り、川の姿を推測しながら再び箒を浮かべて先ほどよりも遥かに高く、木々の天井を突き抜けて空へと突き抜けて見つめたそこに入る姿は薄暗い景色と闇に彩られた国の姿だった。

「もうこんな時間。行き先は向こう……あれは」

 空から見た街の中のある建物、そこから上がる不吉な黒い煙は荒ぶる火の気配を誇示していた。
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