異世界風聞録

焼魚圭

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第五幕 風を嫌う者

旧国民

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 旧国民、そう呼ばれる人々が住まう村。旧国民ということは追放でもされてしまったのだろうか。
――宗教って、この上なく残酷だ
 きっとこれからも解決されることのない問題を直視して、幹人はやり切れない感情を放り捨てて割り切って。その想いは隠し通されていたようで、リリはいつもの柔らかな表情で住民を訪ねる。
 幹人はその間にも旅の一行を射貫くような鋭い視線を捉えて逆行するように追跡を試みるものの、その先に人の姿など見当たらなかった。
――並行世界では感じなかったから、この世の者だろうな
 立てた予想は如何なものか、確かめる術はあれども動く機会が訪れなかった。下手に動いて相手を暴れさせては危険すぎるという判断。愚かと賢明を兼ね備えた選択だった。恐らく何をしても正解でも不正解でもない何とも言えない状況。見送っても今のところは問題なかった。
 リリは住民の親切心に甘えながら平静を装った声で礼を唱えて家に上がった。
 見た目も中身もあの遺跡の近くで見た建物と同じ造りをしていた。
 アナは床に座り込んでリズとメイアを撫でながら語りかける。

「お前らよく隠れてたな、あの宗教得体が知れないからな」

 魔獣狩りと呼んで魔なる存在を討ち倒すという正義を掲げながら殺しにかかるかもしれない、それは避けたくてたまらないことだった。

「しっかしあの宗教ひっでえな。なんで人まで差別すんだろな」

 異教徒及び無宗教の者は排斥の対象、そうした差別はどの世界でもよくあることなのだろう、アナの言葉を受けて幹人の心にまで薄暗い雲がかかる。より良い世界を生み出すためと思って思想を統一する者、人々の不満の矛先を得るための言い訳として異教を憎む文化を創り上げし者、様々ではあれどもそうした人道から外れた行ないは神が望むことではないであろう。理由など問うまでもなく地獄へ送られると分かる恐ろしい行ないを平気で推奨する思想の異常性に気付くことすら出来ない一体感を持った堕落に寒気が走った。
 きっと相手にしてしまえば思想に命すら食い殺されてしまう。食うだけの価値もない存在として捨てられてしまう。
――絶対に風だけはダメ
 まさにその通り、使ってしまえば信仰という名のひとつの世界観までを敵に回してしまうのだから。
 相談するも、リリの口からは予想通りの意見が飛んできた。

「そうだね、別の現象のせいだったとしても誤解を解くのは諦めた方がいいね」

 大丈夫、彼らのセカイが敵だったとしても私は味方だから―― 耳元で告げられて、髪にくすぐられて息がかかる。幾度でも何度でも、嬉しくなってしまう。

――リリへの想いは、何度繰り返しても止められないな

 想いを抱いて、リリと共に暖かな時間を過ごして夕飯を待って。
 呼ばれて出て来たメニューはトウモロコシを蒸しただけの簡単な料理とキャベツと肉尾煮込みだった。リリの耳元で穏やかに会話を紡ぐ。

「リリ、この前の場所と変わらないね」

 リリは幹人の言葉に同意してただひと言だけで応えていた。

「近いし文化が同じなんだろうね」

 そこから特に会話が弾むこともなく、ただ黙々と出されたものを食べるのみ。この場にはうわさ話の類いは特にないだろう。それだけは解り切っていた。

「ほらよ、リズ、メイア、いっぱい食えよ」

 リズはトウモロコシを貪るものの、メイアには食料を含む口がなかった。

「ん? リリ、この子何も食わねえのか」

 曰く、魔力を注いで延命しているのだとか。きっとあのままでは長くもない命だっただろう。魔力生物故に繁殖も死体を魔力が食い破って幼虫となるのだとか。
 説明を聞くだけでアナの身は震えあがっていた。

「寒さにやられたかな」
「いやなんでそうなる」

 冗談さ、ほんの少し冗談言ってみただけ。そう続けてリリは再び黙り込み、疲れに身を預けていた。

「やっぱり旅って疲れるよなあ。アナは慣れてるかもだけど」

 幹人も口数が明らかに減っていた。住民の代わりに器を洗いに行って、戻ってすぐさま眠りにつくという様を見せていた。

「水浴びくらい……いや、ここでやったら死ぬか」

 体温がどこまで下がるか、どこまでも下がる前に限界に命が凍らされてしまうだろう。そして砕けて人生は終わり。
 諦めてアナも眠りにつくことにしたのだった。藁を敷いてブランケットを被り。厳しい寒さをこの家はどこまで塞ぎきれるだろう。ひんやりとした藁もすぐに温められて、家の頼りない防寒もすぐさま気にならなくなった。
 次の朝、目を覚ましたそこでいきなり告げられた。
 風船のような魔物を倒してほしいという依頼。
 魔女であるリリが魔力の分析をしたと前置きを放り込んで、この環境で扱われない風魔法だけ耐性がないから隣国の民には内緒でと注意を設置した上で魔物をある程度倒すことを誓った。
 そうして始まった幹人の魔物狩り。トウモロコシをすり潰して作られたパンを口に放り込んで奇妙な風船のような魔物を風で削って払って薙ぎ払う。竜とは違ってゴムのような皮膚と薄っぺらな身体は明らかに食べることも出来ないようでただ斃すことしか出来なかった。
 そうして次から次へと斃す中で、常に射貫くような視線がついて回っているという事実を見逃すことなく、しかし気づいていることに気づかれないように平静を装って魔物を狩るだけだった。
――信仰者じゃないな
 あの狂信者たちならば風魔法を見ただけで発狂して襲ってくることだろう。
 原因の分からない、得体も知れない。そんな視線に気を向けつつも狩りは進められた。
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