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第五幕 風を嫌う者
成果
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すぐにでも、今すぐにでも、駆ける標的を追い回してただただ走り回る。
あくまでも走るだけ、誘導の陽動、それがアナに与えられた最初の仕事だった。茶色の身体が四足歩行で駆け抜ける。その先に待ち構えていたのは人、方向を転換させるもそこに立っているのも人。
人、人、人――
森林の中で自然の恵みたる獣を取り囲む人の群衆で作られた木々の一部となりて、アナは獣の元へと跳ね迫り、ナイフを構える。
「おいおい逃げやがって。覚悟しろよ!」
日の光を跳ね返して鈍い輝きを放ち鋭い殺意の煌めきで辺りを侵すナイフを振り下ろした。獣は倒れ、近くを流れる川へと急いで引き摺って血を抜きながら洗いつつ、解体を開始した。
これで三頭目、獣の狩りは順調だった。
狩人たちはアナの手際の良さに目を見開いて見守って、やがては湯気のようにの昇りつめた好奇心に抗うことも叶わずに自然と声をかけていた。
「いったい何処で習ったのだ、こんなにも幼い少女が」
「そりゃあ……」
盗賊やってたんだ。などと言えるはずもなく、乾いた笑いを上げつつ呆れた表情を装った。
「ただの旅行者じゃねえ、貧乏旅行者だからなアタシたちは」
雑用くらい出来なきゃな。笑い混じりに答えて見せるとともに狩人たちの顔は驚きに歪められてアナは本音からの笑いをこぼしてしまわないように必死になってせき止めていた。
「と、ふふ、とりゃえずさ……ふふふ。アンタら全員アタシについて来い! ほらほら次行くぞ」
それからみんなしてアナに、小さくて一見したところ最も頼りなく見える背に身を預けて進み続ける。
森の景色は一から十まで変わり映えを見せてはもらえない。川も見当たらない。ここで迷うのか、そういうわけでもないのか、アナは木々を見つめて言葉をこぼす。
「さっきより葉が細いのが増えて来たな」
「分かるのか、流石だな、貧乏冒険者」
いや、旅行者だっての―― 言葉は出て来ることもなく、代わりに出て来たのは黒い獣だった。
「あいつは」
「しっ!」
人差し指を立てて口元に、咄嗟に万国共通のジェスチャーを取るものの、既にその手は遅刻していた。獣は駆け出す、全力で駆け抜け逃げるべく必死に足を動かす。生き死にがかかった状況である。狩りの標的の獣にとって都合の良いことが狩りを行なう人さまに都合が悪いこと、当然の話だった。
逃げられる、男たちは完全に諦めやる気を失っていたものの、アナの瞳の炎は書き消えることを知らなかった。
「それ、借りるぞ」
狩人の手から弓を奪うように手に取り筒から矢を引き抜く。借り物での狩り。それはどのような未来を描くのだろう。アナは弓を構えて矢を精一杯引き絞り、動く相手の軌道を推測して。
――見えた、これがお前の未来だ!
その手を離した途端、音をも切り裂く速さで矢は飛んで、どこまでも真っ直ぐな運命を描きながら進んで行く。まさに今のアナの意志のようにブレがなく、美しき残像を残しながら標的のいないそこへ、近づいて、攻め寄って、迫り来て、やがて何もなかったそこへと到達するその瞬間が来るその直前、狙われし獣が先回りしてそこへと到達して矢の衝動を受けながらその真っ直ぐな想いを受け止め、衝動の余韻に突き飛ばされながら葉の絨毯に伏した。
アナたちが駆け寄ったそこには地に倒れて混乱と興奮と強烈な鋭い痛みを織り交ぜながら狂ったように脚を動かし続ける獣の姿があった。それはもはや何が起きたのかすら把握する余裕も残されていないのが挙動から把握できた。
「チキンなビースト、仕留めたり」
アナの不自然なまでの器用さは狩人たちも目を見張る素質を感じていた。
「本当にただの貧乏旅行者……なんだよな」
ふうん、疑うっての? アンタらこそマジで狩人なの? その問いに男たちは言葉のひとつも見せずに頷いた。
「だったらそう簡単に諦めない、最後まで泥啜ってでも頑張んな。大事な家族養ってるっしょ?」
そう語りつつ、アナは全く関係ないことに思考を巡らせていた。幹人に出会ってから。そう、出会ってからのこと。これまではごくごく普通に真っ直ぐにこの世界で生きていたはずなのに。
アナの中に潜む何かが世界から少しだけブレて、やがては大きなズレを描き始めていた――
幹人とリリは遺跡へと足を運んでいた。それは土と岩があざり合った不純物のような様を示したかつての信仰を表す建物たちの群れ。そこにあるものは、石造りの街で信仰される神と同じで、完全に異なるものだった。
ステンドグラスを通して神々しく映し出された光の模様を思い出しながら見つめた目の前の像はやはり同じ姿を取っていて、しかしながらリリが目を通す壁に刻まれた文字には今のあの国の信仰からは考えられないことが書いてあった。
この世界を構築する土台となりし地の力 人々に恵みを与えし水の力 人々の進化の導となりし始まりと終焉を司りし炎の力 世の全てをただただ回し続け全ての土壌に恵みを巡らす風の力 激しい輝きにて人々に真実を照らし出す光の力 本来そこに正しく居座っているはずの存在たる暗黒にして人々の心に正しき物を映す機会を与えし闇の力 全ては正しく交わる時平穏が保たれ正しく交わらぬ時 真に正しく非ざるはヒトの身そのもの
全ての属性を等しく重要だと語るその文は、今の風を災厄の運び手だと非難する信仰に対して誤りを突き付けているようにも見えた。
あくまでも走るだけ、誘導の陽動、それがアナに与えられた最初の仕事だった。茶色の身体が四足歩行で駆け抜ける。その先に待ち構えていたのは人、方向を転換させるもそこに立っているのも人。
人、人、人――
森林の中で自然の恵みたる獣を取り囲む人の群衆で作られた木々の一部となりて、アナは獣の元へと跳ね迫り、ナイフを構える。
「おいおい逃げやがって。覚悟しろよ!」
日の光を跳ね返して鈍い輝きを放ち鋭い殺意の煌めきで辺りを侵すナイフを振り下ろした。獣は倒れ、近くを流れる川へと急いで引き摺って血を抜きながら洗いつつ、解体を開始した。
これで三頭目、獣の狩りは順調だった。
狩人たちはアナの手際の良さに目を見開いて見守って、やがては湯気のようにの昇りつめた好奇心に抗うことも叶わずに自然と声をかけていた。
「いったい何処で習ったのだ、こんなにも幼い少女が」
「そりゃあ……」
盗賊やってたんだ。などと言えるはずもなく、乾いた笑いを上げつつ呆れた表情を装った。
「ただの旅行者じゃねえ、貧乏旅行者だからなアタシたちは」
雑用くらい出来なきゃな。笑い混じりに答えて見せるとともに狩人たちの顔は驚きに歪められてアナは本音からの笑いをこぼしてしまわないように必死になってせき止めていた。
「と、ふふ、とりゃえずさ……ふふふ。アンタら全員アタシについて来い! ほらほら次行くぞ」
それからみんなしてアナに、小さくて一見したところ最も頼りなく見える背に身を預けて進み続ける。
森の景色は一から十まで変わり映えを見せてはもらえない。川も見当たらない。ここで迷うのか、そういうわけでもないのか、アナは木々を見つめて言葉をこぼす。
「さっきより葉が細いのが増えて来たな」
「分かるのか、流石だな、貧乏冒険者」
いや、旅行者だっての―― 言葉は出て来ることもなく、代わりに出て来たのは黒い獣だった。
「あいつは」
「しっ!」
人差し指を立てて口元に、咄嗟に万国共通のジェスチャーを取るものの、既にその手は遅刻していた。獣は駆け出す、全力で駆け抜け逃げるべく必死に足を動かす。生き死にがかかった状況である。狩りの標的の獣にとって都合の良いことが狩りを行なう人さまに都合が悪いこと、当然の話だった。
逃げられる、男たちは完全に諦めやる気を失っていたものの、アナの瞳の炎は書き消えることを知らなかった。
「それ、借りるぞ」
狩人の手から弓を奪うように手に取り筒から矢を引き抜く。借り物での狩り。それはどのような未来を描くのだろう。アナは弓を構えて矢を精一杯引き絞り、動く相手の軌道を推測して。
――見えた、これがお前の未来だ!
その手を離した途端、音をも切り裂く速さで矢は飛んで、どこまでも真っ直ぐな運命を描きながら進んで行く。まさに今のアナの意志のようにブレがなく、美しき残像を残しながら標的のいないそこへ、近づいて、攻め寄って、迫り来て、やがて何もなかったそこへと到達するその瞬間が来るその直前、狙われし獣が先回りしてそこへと到達して矢の衝動を受けながらその真っ直ぐな想いを受け止め、衝動の余韻に突き飛ばされながら葉の絨毯に伏した。
アナたちが駆け寄ったそこには地に倒れて混乱と興奮と強烈な鋭い痛みを織り交ぜながら狂ったように脚を動かし続ける獣の姿があった。それはもはや何が起きたのかすら把握する余裕も残されていないのが挙動から把握できた。
「チキンなビースト、仕留めたり」
アナの不自然なまでの器用さは狩人たちも目を見張る素質を感じていた。
「本当にただの貧乏旅行者……なんだよな」
ふうん、疑うっての? アンタらこそマジで狩人なの? その問いに男たちは言葉のひとつも見せずに頷いた。
「だったらそう簡単に諦めない、最後まで泥啜ってでも頑張んな。大事な家族養ってるっしょ?」
そう語りつつ、アナは全く関係ないことに思考を巡らせていた。幹人に出会ってから。そう、出会ってからのこと。これまではごくごく普通に真っ直ぐにこの世界で生きていたはずなのに。
アナの中に潜む何かが世界から少しだけブレて、やがては大きなズレを描き始めていた――
幹人とリリは遺跡へと足を運んでいた。それは土と岩があざり合った不純物のような様を示したかつての信仰を表す建物たちの群れ。そこにあるものは、石造りの街で信仰される神と同じで、完全に異なるものだった。
ステンドグラスを通して神々しく映し出された光の模様を思い出しながら見つめた目の前の像はやはり同じ姿を取っていて、しかしながらリリが目を通す壁に刻まれた文字には今のあの国の信仰からは考えられないことが書いてあった。
この世界を構築する土台となりし地の力 人々に恵みを与えし水の力 人々の進化の導となりし始まりと終焉を司りし炎の力 世の全てをただただ回し続け全ての土壌に恵みを巡らす風の力 激しい輝きにて人々に真実を照らし出す光の力 本来そこに正しく居座っているはずの存在たる暗黒にして人々の心に正しき物を映す機会を与えし闇の力 全ては正しく交わる時平穏が保たれ正しく交わらぬ時 真に正しく非ざるはヒトの身そのもの
全ての属性を等しく重要だと語るその文は、今の風を災厄の運び手だと非難する信仰に対して誤りを突き付けているようにも見えた。
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