130 / 244
第五幕 風を嫌う者
親切
しおりを挟む
薄暗い影に覆われた景色の中に紛れた住民を探して国の辺境の遺跡へと進む道を歩いて。一直線の道の脇に立ち並ぶ家が通る人々を讃え迎えるよう。
「中央道、かな。だとしたらここが目印で」
大きく太く長い道、それを横切るように開く細い道が四本通っており、その入り口に立てられた看板に刻み込まれて示された横線の数で横道一番通りから四番通りまで、その名を示していた。
「縦横道何番通り、これは他のいくつかの国でも使われてるのを見たから頭の隅に置いとくといいわ」
頭のメモに記す情報、リリの艶のある静かな声、リリという魅惑の檻に囚われて、いつまでも囚われていたくて、それはできなくて。
前を向いて進み続ける。中央道を通る人々は少ないのだろうか、全くもってその姿を目にすることなどなかった。
あまりの静けさにしびれを切らしてアナは呆れた様子で訊ねた。
「なあなあホントに人いんのか? あのハゲの進化前が嘘流したわけじゃねえよな?」
失礼を極めた言葉に幹人は腹から心から湧いて沸いて昇り喉を通ってきた笑いを抑えきれずについつい出してしまう。
――いきなりハゲの進化前とか言うな
幹人の堪えと押し出す様が混ざり合った妙な笑顔を透き通る茶色の瞳に映しながらリリは付け加えた。
「私の魔法で草木生やしてもじゃもじゃに」
悪ノリが上乗せされて、幹人はますます笑っていた。頭の上ではいつもの通りに妙に耳の長いリスのような小さな魔獣が心地よさそうに耳を揺らしていた。
「幹人はハゲてもフサフサだよなー、リズがいるしな」
ちょっ、よせ―― 幹人は頭に乗っている柔らかな毛に覆われたリズを手に取って見つめる。これまでと比べて明らかに毛の量が増えてもこもこ丸々としていて膨らんで見えた。
リリは後ろから覗き込むように見つめ、観察を、見て得られるものを掻き回していた。
「この子、換毛期とかあるのかな。なんだか不思議なものね」
この世に呼び出した本人であれども知らなかった事実。リズは幹人の方へと手を懸命に伸ばして両腕を上下させていた。
一度大きなため息をつくリリ。それからカイコガのメイアを呼んでリズと一緒に歩かせて幹人を独占することを成功させた。
そうしたことに時を過去へと流し溶かしてしまって気が付けば暗闇に閉ざされかけていた。今か今かと待ちわびて、今にもすべての景色を飲み込んでしまいそうな我慢知らずの黒の澱となりそうな闇。それを身近に感じてリリはようやく焦りの感情を空から拾い上げて、何も考えないで近くの家の帳を揺らした。
帳の上部に吊るされたふたつの木片がぶつかり合って呼び出し音を奏でていた。木製のドアにはノック、帳のしきりには吊るした木片を揺らし立てる音、幹人の故郷ではインターホン。それぞれに定められたルールというものが存在していた。
流れる沈黙、白けたような静けさに耐えかねたアナが帳を激しく揺らす。
「ちょっ、アナ」
「いいんだよ、千切れても出なかったアイツらが悪いんだ、住民どもめ! 家にこもりやがって」
その姿勢からは一種の清々しさを感じさせた。激しく揺れて音を鳴らし続ける木片はやがては家の中を音で充満して、中からふたりの住民を追い出すことに成功した。
「やっと出て来たな! アタシを泊めろおおぉぉ!」
――ひ、人の物事を頼む態度じゃない
この振る舞いから礼儀というものは異界の迷信なのではないかと錯覚させるほどの勢いと力を感じていた。
「さあ泊めろー! じゃなきゃ明日には冬の朝空に横たわる三つの死体が出来上がるしその内発酵熟成して奇妙奇天烈な色物料理の完成だぜ」
「いやだ、料理にはなりたくないね、女の腐り肉なんて名称で売ることはよしてほしいね」
乗っかるリリ、辺りの闇と世界をも震え上がらせる強めの寒気を身に纏って危機感を覚えているのだろう。
そうした言葉をぶつけられた末に夫婦は三人を家に上げて吊るしていた木片を取り外して帳の外に藁を纏めて結んだ暖房ドアを置いて、夕飯を振舞った。
「運が良かったな、まだ夕飯の途中でな、お前らにも分けてやろう」
目の前に広がる食器、乗せられたサラダや蒸した肉、トウモロコシをすり潰して作ったパンなど、料理の数々を目にして幹人は驚き、顔から感情がはみ出していた。
「量、多いですね!」
そこまで言って今更ながら関係ないことにふと気が付いた。敬語を使う人を見たことがない。それはきっと文化の差なのだろう。
そしてこの食料の量もまた、文化の差なのだと知る。
「近くの国では三食って言ってたな。ここでは一日二食、朝と晩だけだ」
幹人は聞き覚えがあった。昔の日本でも元からの文化なのか貧しさからなのか、一日二食の時代もあったということ。三食となったのは江戸時代から、農業などの労働で足りないのだという教師のこぼれ話から。
――ありがとう、そこそこ話の脱線が多い先生、おかげでスムーズに理解して生きて行けてます
親切な夫婦との会話は続いていた。
「ふたりの子連れか、子がそのくらいの歳ならそろそろ晩年なのに大変だな」
そう言う夫も隣で微笑ましい表情で癒される雰囲気を振りまくほどよくぽっちゃりとした妻も、まだまだ三十代のように見えた。彼らの話を噛み砕いて理解するならば平均寿命も近いようだった。
そんな話でほのぼのとした空間が花で彩られる中、その雰囲気の陰で幹人は嘆息した。
――俺、その『お母さん』の彼氏なんだけどなあ
遠回しにリリと付き合うのは似合わないと言われているようで、夫婦のあの言葉をどこまでも引きずって打ちひしがれていた。
「中央道、かな。だとしたらここが目印で」
大きく太く長い道、それを横切るように開く細い道が四本通っており、その入り口に立てられた看板に刻み込まれて示された横線の数で横道一番通りから四番通りまで、その名を示していた。
「縦横道何番通り、これは他のいくつかの国でも使われてるのを見たから頭の隅に置いとくといいわ」
頭のメモに記す情報、リリの艶のある静かな声、リリという魅惑の檻に囚われて、いつまでも囚われていたくて、それはできなくて。
前を向いて進み続ける。中央道を通る人々は少ないのだろうか、全くもってその姿を目にすることなどなかった。
あまりの静けさにしびれを切らしてアナは呆れた様子で訊ねた。
「なあなあホントに人いんのか? あのハゲの進化前が嘘流したわけじゃねえよな?」
失礼を極めた言葉に幹人は腹から心から湧いて沸いて昇り喉を通ってきた笑いを抑えきれずについつい出してしまう。
――いきなりハゲの進化前とか言うな
幹人の堪えと押し出す様が混ざり合った妙な笑顔を透き通る茶色の瞳に映しながらリリは付け加えた。
「私の魔法で草木生やしてもじゃもじゃに」
悪ノリが上乗せされて、幹人はますます笑っていた。頭の上ではいつもの通りに妙に耳の長いリスのような小さな魔獣が心地よさそうに耳を揺らしていた。
「幹人はハゲてもフサフサだよなー、リズがいるしな」
ちょっ、よせ―― 幹人は頭に乗っている柔らかな毛に覆われたリズを手に取って見つめる。これまでと比べて明らかに毛の量が増えてもこもこ丸々としていて膨らんで見えた。
リリは後ろから覗き込むように見つめ、観察を、見て得られるものを掻き回していた。
「この子、換毛期とかあるのかな。なんだか不思議なものね」
この世に呼び出した本人であれども知らなかった事実。リズは幹人の方へと手を懸命に伸ばして両腕を上下させていた。
一度大きなため息をつくリリ。それからカイコガのメイアを呼んでリズと一緒に歩かせて幹人を独占することを成功させた。
そうしたことに時を過去へと流し溶かしてしまって気が付けば暗闇に閉ざされかけていた。今か今かと待ちわびて、今にもすべての景色を飲み込んでしまいそうな我慢知らずの黒の澱となりそうな闇。それを身近に感じてリリはようやく焦りの感情を空から拾い上げて、何も考えないで近くの家の帳を揺らした。
帳の上部に吊るされたふたつの木片がぶつかり合って呼び出し音を奏でていた。木製のドアにはノック、帳のしきりには吊るした木片を揺らし立てる音、幹人の故郷ではインターホン。それぞれに定められたルールというものが存在していた。
流れる沈黙、白けたような静けさに耐えかねたアナが帳を激しく揺らす。
「ちょっ、アナ」
「いいんだよ、千切れても出なかったアイツらが悪いんだ、住民どもめ! 家にこもりやがって」
その姿勢からは一種の清々しさを感じさせた。激しく揺れて音を鳴らし続ける木片はやがては家の中を音で充満して、中からふたりの住民を追い出すことに成功した。
「やっと出て来たな! アタシを泊めろおおぉぉ!」
――ひ、人の物事を頼む態度じゃない
この振る舞いから礼儀というものは異界の迷信なのではないかと錯覚させるほどの勢いと力を感じていた。
「さあ泊めろー! じゃなきゃ明日には冬の朝空に横たわる三つの死体が出来上がるしその内発酵熟成して奇妙奇天烈な色物料理の完成だぜ」
「いやだ、料理にはなりたくないね、女の腐り肉なんて名称で売ることはよしてほしいね」
乗っかるリリ、辺りの闇と世界をも震え上がらせる強めの寒気を身に纏って危機感を覚えているのだろう。
そうした言葉をぶつけられた末に夫婦は三人を家に上げて吊るしていた木片を取り外して帳の外に藁を纏めて結んだ暖房ドアを置いて、夕飯を振舞った。
「運が良かったな、まだ夕飯の途中でな、お前らにも分けてやろう」
目の前に広がる食器、乗せられたサラダや蒸した肉、トウモロコシをすり潰して作ったパンなど、料理の数々を目にして幹人は驚き、顔から感情がはみ出していた。
「量、多いですね!」
そこまで言って今更ながら関係ないことにふと気が付いた。敬語を使う人を見たことがない。それはきっと文化の差なのだろう。
そしてこの食料の量もまた、文化の差なのだと知る。
「近くの国では三食って言ってたな。ここでは一日二食、朝と晩だけだ」
幹人は聞き覚えがあった。昔の日本でも元からの文化なのか貧しさからなのか、一日二食の時代もあったということ。三食となったのは江戸時代から、農業などの労働で足りないのだという教師のこぼれ話から。
――ありがとう、そこそこ話の脱線が多い先生、おかげでスムーズに理解して生きて行けてます
親切な夫婦との会話は続いていた。
「ふたりの子連れか、子がそのくらいの歳ならそろそろ晩年なのに大変だな」
そう言う夫も隣で微笑ましい表情で癒される雰囲気を振りまくほどよくぽっちゃりとした妻も、まだまだ三十代のように見えた。彼らの話を噛み砕いて理解するならば平均寿命も近いようだった。
そんな話でほのぼのとした空間が花で彩られる中、その雰囲気の陰で幹人は嘆息した。
――俺、その『お母さん』の彼氏なんだけどなあ
遠回しにリリと付き合うのは似合わないと言われているようで、夫婦のあの言葉をどこまでも引きずって打ちひしがれていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる