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第四幕 異種族の人さらい
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決着は着いた。紘大の敗北、リリの勝利。全ては戦いの経験の差。紘大は闇の中、リリから向けられた鎌に命を搔っ切られてしまう想像が頭をよぎって思考まで闇に染められた。
頭と身体を離されたくなければ、人類の間引きに遭いたくなければ、従うほかなかった。
近付いてきた幹人の持つロウソクの優しい光に照らされたリリの冷たい瞳を覗き込む。その瞳に反射している景色はどこまでも暗くて深い黒。茶色の瞳だということを忘れさせてしまうほどのものだった。
――これ、俺、下手すりゃ死ぬな
故に余計な行動は許されなかった。命日がその手を伸ばしながら近づいてきて、闇の全てが本体だと思わされるような脅威。死はいつでも斜め後ろで腕を組んで寄りかかっている。
紘大の内に湧いてくるくらりとした気怠さは緊張からだろうか、恐怖と脅威に跪いて、目の前の魔女の様子からはしゃがみ込むことも首を垂れることも許してはもらえそうもなくて、リリの次の行動をただ待ち続けるしかなかった。
鎌は持ち上げられ、紘大を視界から跳ね除けるような仕草を左手に映し出していた。
紘大は立ち上がり、駆け出した。惨めで哀れ、悔しさだけを噛み締めてどこまでも逃げ続ける。クリーム色の髪をした少女も後を追うように走って行ったのを見届けて、リリは鎌を木に戻して朝を思わせる爽やか満天きらきら笑顔を放っていた。
「一件落着だね、幹人」
こうして今回の戦いは幕を下ろした。
☆
獣混じりの女たちを引き連れてふたりは家へと戻る。
見渡す程度でも得られた情報、耳以外は全てが人間な者から人面の犬、二足歩行を行なうジャガーまで度合いは様々だった。
家に戻ると今夜は泊まれと言われてただただ言葉に支配されて案内された家で眠る。この出来事の後、リリは何も考えたくもなかった。思考に重たい霧のようなものがかかっていて、視界は夢と現と闇を何度も行き交い忙しない。ひたすら歩いた後に待つ当然の結果だった。
「リリ姉……いや、リリ」
普段なら確実に喜ぶであろう呼び方の変更も、届かないほどのあり様。選んだ瞬間が悪すぎた。
緩やかな優しさと微笑みを浮かべながら、辺りを見回してリリに穏やかな感情だけを向けた。
「おやすみ、ゆっくり休んで」
そして家の外へと踏み出して、闇に向かって語りかけた。
「そこにいるのは分かってるんだ。リリを眠らせて殺すつもりだったのかな、裏切り者」
闇の中、不気味な笑い声だけが響いてきて、正体など悟らせることもない。それからどれだけの時が経ったであろう。魔法の予感も闇に潜む気配も消え去った。その場にいたのはどこの誰なのか、正体は闇に包まれたまま。
獣混じりの男たちが縛られた姿で語っていた言葉を反芻して、ただただ前を見つめるのみ。
幹人は夜が明けたらこの国を出るのだと、心に決意を固く結び付けた。
木々の隙間から覗き込む空が明るくなる様を確認して家の壁にもたれ込みしゃがみ込んで大きなため息をつく。眠気と戦いながら、しかしこれ以上ここに泊まるのは気が気でなかった。
朝食を平らげた後から出国までの隙間、そこで獣混じりの男たちと裏切り者の魔法使いについて話すものの、彼らにも女集団の中の誰なのか分からないのだという。しかし、彼らのセカイに不安の感情など存在しなかった。草笛を持って豪快で下品な笑い声を上げていたのだった。
この世には決して分からないこともあって、そうしたことがうわさ話と化してしまうのだろう。
幹人たちは、これから獣混じりの国民たちが陰を持って警戒して怯え暮らすことになるであろう恐ろしい風聞の誕生の過程に触れてしまったのだった。
頭と身体を離されたくなければ、人類の間引きに遭いたくなければ、従うほかなかった。
近付いてきた幹人の持つロウソクの優しい光に照らされたリリの冷たい瞳を覗き込む。その瞳に反射している景色はどこまでも暗くて深い黒。茶色の瞳だということを忘れさせてしまうほどのものだった。
――これ、俺、下手すりゃ死ぬな
故に余計な行動は許されなかった。命日がその手を伸ばしながら近づいてきて、闇の全てが本体だと思わされるような脅威。死はいつでも斜め後ろで腕を組んで寄りかかっている。
紘大の内に湧いてくるくらりとした気怠さは緊張からだろうか、恐怖と脅威に跪いて、目の前の魔女の様子からはしゃがみ込むことも首を垂れることも許してはもらえそうもなくて、リリの次の行動をただ待ち続けるしかなかった。
鎌は持ち上げられ、紘大を視界から跳ね除けるような仕草を左手に映し出していた。
紘大は立ち上がり、駆け出した。惨めで哀れ、悔しさだけを噛み締めてどこまでも逃げ続ける。クリーム色の髪をした少女も後を追うように走って行ったのを見届けて、リリは鎌を木に戻して朝を思わせる爽やか満天きらきら笑顔を放っていた。
「一件落着だね、幹人」
こうして今回の戦いは幕を下ろした。
☆
獣混じりの女たちを引き連れてふたりは家へと戻る。
見渡す程度でも得られた情報、耳以外は全てが人間な者から人面の犬、二足歩行を行なうジャガーまで度合いは様々だった。
家に戻ると今夜は泊まれと言われてただただ言葉に支配されて案内された家で眠る。この出来事の後、リリは何も考えたくもなかった。思考に重たい霧のようなものがかかっていて、視界は夢と現と闇を何度も行き交い忙しない。ひたすら歩いた後に待つ当然の結果だった。
「リリ姉……いや、リリ」
普段なら確実に喜ぶであろう呼び方の変更も、届かないほどのあり様。選んだ瞬間が悪すぎた。
緩やかな優しさと微笑みを浮かべながら、辺りを見回してリリに穏やかな感情だけを向けた。
「おやすみ、ゆっくり休んで」
そして家の外へと踏み出して、闇に向かって語りかけた。
「そこにいるのは分かってるんだ。リリを眠らせて殺すつもりだったのかな、裏切り者」
闇の中、不気味な笑い声だけが響いてきて、正体など悟らせることもない。それからどれだけの時が経ったであろう。魔法の予感も闇に潜む気配も消え去った。その場にいたのはどこの誰なのか、正体は闇に包まれたまま。
獣混じりの男たちが縛られた姿で語っていた言葉を反芻して、ただただ前を見つめるのみ。
幹人は夜が明けたらこの国を出るのだと、心に決意を固く結び付けた。
木々の隙間から覗き込む空が明るくなる様を確認して家の壁にもたれ込みしゃがみ込んで大きなため息をつく。眠気と戦いながら、しかしこれ以上ここに泊まるのは気が気でなかった。
朝食を平らげた後から出国までの隙間、そこで獣混じりの男たちと裏切り者の魔法使いについて話すものの、彼らにも女集団の中の誰なのか分からないのだという。しかし、彼らのセカイに不安の感情など存在しなかった。草笛を持って豪快で下品な笑い声を上げていたのだった。
この世には決して分からないこともあって、そうしたことがうわさ話と化してしまうのだろう。
幹人たちは、これから獣混じりの国民たちが陰を持って警戒して怯え暮らすことになるであろう恐ろしい風聞の誕生の過程に触れてしまったのだった。
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