異世界風聞録

焼魚圭

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第四幕 異種族の人さらい

決戦

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 歩く。
 闇の中を歩く。
 ただひたすら歩き進み続けていた。
 暗闇というものは視界だけでなく、距離感や速度まで覆い隠す。実際に歩いているのは大した距離ではなかった。
 小さな灯りだけではその事実すら照らすこともできずに、地面や正面を照らし確認する仕草や集中力の矛先は更に時間を奪っていることを悟らせない。

「どうかな、これから俺と同じ世界の出かも知れない人と戦うことになりそうだけど」

 そうした言葉を聴いて、リリは安心の笑みを浮かべた。

「幹人と同じ世界、国まで同じなら簡単に勝てるね」

 幹人のこれまでの旅の軌跡や反応から、魔法も筋力も大したことのない人物だと予想しているようだ。
 幹人もまた、ここまでの旅路を思い返して安心に肩まで浸かっていた。
――向こうは魔法とか多分ないし大丈夫
 戦力など連れている人物次第でしかないだろう。そう見立てて油断に身を浸して吸い上げてしまっていた。

 どれほど進んだだろう。獣混じりの男たちが指した方向へと進み続けた結果がようやく見えて来た。

「やっぱり……何も考えていない!?」

 指した方向に一直線、その事実に呆れ半分残りの半分は楽観視。見えて来た青白い明かりの方へと進み行く。明かりの色の青白いこと、リリのお訊ねによって幹人の油断は絶たれて幻となって消えていた。

「青白い明かりなんて、おかしくないかい?」

 言われてみれば、そんな鈍い感想と共に目で捉えた感覚で気が付いた。

「確かに……自然の色じゃないね」

 敵に魔法使い、幻術の使い手がいる獣混じりの国民だ。何人でも魔法使いがいるのかも知れなかった。
 慎重に、警戒を暗闇の中で派手に振り回しながら進む。近づいて、遂に目の前に構えるほどの距離感。
 雷の柱で明るくなっていた。
 招かれざる客を目にした男、金髪と紫色の目をした少年が口を開いた。

「ショタはカワイイが……今は呼んでねえな」

――絶対変態!?
 第一声の衝撃は雷となり幹人の体中を駆け巡る。リリに至っては意味を理解できずにポカンと口を開いていた。

「んあ? 俺の言葉、全然通じねえな。お前ら義務教育受けてねえのか……ああ、そうだ」

 軽い口調、そしてショタやハーメルンといった固有の言葉。幹人の中ではこの男が同じ日本から来た人物だと一瞬で理解が騒ぎ立てていた。

「文字すら習ってねえのが当たり前だったな、文学どころか」
「お前と同郷だよ、この変態野郎!」

 ついつい口を挟んでしまっていた。目の前の男は得意げな顔で言ってのけた。

「おいおい、だったら分かるだろ? まさか知らねえのか? じゃあお前はフールジャパンの象徴だな、恥さらしショタ君」
「ショタって幹人のことかな」

 リリは遅れながらもどうにか理解をここまで追いつかせたようだった。その会話に口を挟む少女の澄んでいるようなかすれているような声が頼りなく響いてきた。

「ちょっと、流石に酷いよコウダイくん」
「言ってることの意味は分からなくてもミーナにはやっぱ分かっちまう?」

 ミーナ、そう呼ばれた細身の少女はネコの耳の生えた少女を撫でながら困り果てたような表情をして紘大の態度を咎めていた。
 幹人は紘大を睨みつけ、ここまで来た目的を叫ぶ。

「捕まえた獣混じりの女の子たちを離せ!」
「いやだね」

 紘大の口からこれから語られることは彼の壮大でちっぽけな夢だった。

「俺はなあ、美少女だらけのハーレム天国を創るんだ、アニメみたいなやつ」

 紘大は幹人を睨みつけながらその手に細い雷を顕現させた。

「俺の能力ってのはなあ、雷の剣を使えるってやつだ、それだけじゃねえがな。裁きの証だぜ」
「あわわわわ、くわばらくわばら」

 雷の柱だと思っていたものは雷の剣だった。紘大の質問はまだまだ続く。

「お前もハーレムは好きだろ、ショタ」

 そうした言葉の贈呈と共に幹人の脳裏では様々な思い出が蘇っていた。元の世界での大したことのない生活から女子とのちょっとした関り、幹人がこの世界に迷い込んでしまったがために紹介されなかった女子生徒。
 それからのリリとの生活の数々を。冷たい手は温かくて、抱き締められる感触はただの性的な想いだけでは得られないものがあって、ふたりの様々な思い出を築き上げることで大切な想いはますます心の芯となって行って。

 本当の愛に満ちた旅をして来た幹人にハーレムなど必要なかった。

 悪いけど―― そう口にして紘大の意見を破り捨てていた。紘大の表情は哀れの感情を見つめるものと化していた。

「分からねえな、そんなフツメン魔女がいいのかよ」
「リリは……カワイイよ。どんな時でも一緒にいて旅で色んな味を共にしてきた俺には分かるよ。顔しか見てないバカには分からない可愛さの頂点をね」
「まあ、とっても嬉しい」
「顔だけじゃねえ、おっぱ」
「コウダイくんは私の色んなところ見てくれてる」

 全ての意見の色が交差して、紘大の剣はより強力な光を放つ。両手をそれぞれに塞ぐ二本の剣と地に刺さった四本、その全てが鋭い殺意の輝きを放っていた。

「俺の最強能力、見せてやるよ」
「あわわわわくわばらくわばら」

 怯え震える幹人に対して、リリはロウソクを手渡しつつひとつ訊ねた。

「そう言えば『くわばらくわばら』ってどんな意味があるのか、リリお姉さんに教えておくれ」
「……雷避けのおまじない、みたいな」

 リリは木に手を着いてそれを大きな鎌へと変えて右手で握りしめる。

「なるほどね、ありがと」

 紘大は雷を構えて走り始めた。
 距離は見る見るうちに縮んでいってすぐさま目と鼻の先。紘大は大きく素早く右腕を、握りしめた剣を振って斬撃を開戦の合図とした。そこでリリは左手の指を上に振る。地より生え上がってきた木片が雷を防ぐ。

「はい、くわばら」
「使い方ちげえよ」

 間違えていても構わない、敵の言葉になど構わない、目の前の敵は自然をいじることで作り上げた鎌によって滅ぼそう、間違えたところで土に還すだけ、ただそれだけの話だった。
 鎌を掲げるものの、長くて大きくて振り回しにくいそれでは手軽さの手際について行くことは至難の曲芸。紘大の手に握られた迅雷が迅速と呼ぶに相応しき疾風相応の勢いで飛びつく。リリの目は残像の端から根源までを見抜いて左腕を振り下ろす。
 合図と共に舞い上がった葉の軍勢が魔の輝きを持って雷を防いでいた。

「くわばらくわばら」
「だから色々おかしいだろ」

 対面するふたりに幹人は口を挟む真似はしない、口どころか心までを閉ざしているようにも見えるが事実、言葉が出てこないだけ。

「くわばらそーれっ!」
「くっ、なんて奴だ」

 幾たびの攻撃を重ねようとも条件反射で繰り出される即興の避雷針によって防がれる。雷を避けるための針というよりは雷に追突する針のようなありさまだった。
 両手の雷を振るうも、左はまたしても現れた木と「くわばら」の言葉と共に防がれて、右は、戦意をも刈り取る勢いで降ろされた鎌によって防がれていた。

「ふふっ、使いこなせもしないくせに背伸びして両手に死の花持っちゃって」

 リリの冷めたような盛り上がっているような妙な調子の声と言葉の中身から感情が透けて見えていた。

「これまでの戦いで剣は握っていないのかしら。握りしめていたのは相手の弱みだったのかしら」

 言葉を返す余裕もなく手にありったけの力を込めるものの、跳ね返すどころか寸の近寄りすら達することが出来ない。

「弱みを握る、それも戦い方の内でいいものだと思うわ」

 やがては押し負けて、雷はその手を離れて宙を回りながら手の届かないところに突き刺さってしまった。

「でも、今回は通用しなかったみたいね、お疲れ様」

 鎌は相手の目に鋭い死の気配を突き付ける。紘大は両手を挙げ、しゃがみ込む。飛ばしたのは剣だけでなく戦う意志も共にかも知れない。
 やがて、辺りを照らしていた分の雷も消えて、本来この場に充たされているべき闇が帰ってきたのだった。
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