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第四幕 異種族の人さらい
街を出て
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夜の闇は過去のもの、灯り射す風景の中、紘大は空に浮かぶ大きな電球を思わせる太陽に目を向け細めて背けた。これから街を出て森へと入る予定だった。あの暗闇は思い出すだけでも恐ろしい。これまで見て来たいくつもの夜、その中でも特に暗くて黒くて塗り潰された視界は目など一切頼りにならないのだと思い知らせているようだった。
あの暗闇に覆われた世界、それも未知なる森を小さな灯りだけを頼りに進んで行ける自信など紘大の心の荷物の中には収められていなかった。ミーナはどうだろうか。
「ミーナやニャニャはどうなんだ? 夜の森とか行けるか?」
ミーナは懸命に首を横に振り、ニャニャもそれに倣って首を振る。この世界で生きてきた人々でも知らない土地の夜の世界に踏み込む度胸はないそうだ。
「だよなあ、テントとかあればいいんだけどな」
冗談交じりに言うものの、目の前ではふたりして可愛らしく首を傾げていた辺りそのようなものは存在しないということなのだろう。
農民が用意したキャベツと豆の煮込みを平らげて、分かれの挨拶を交わして畑を背に再びレンガの街へと足を踏み入れる。そこからさらに歩いて森へと足を踏み入れ進み行く。日差しは木々の伸ばした枝の腕と葉の指に遮られて木漏れ日がまばらに地を照らしていた。
「いい景色だな」
紘大の言葉にミーナは辺りを見回しながら同意していた。一方でニャニャは黙り込んで歩きながらも目を輝かせて、心をどこかへと飛ばしていた。
「ん? 懐かしいのか」
ここ、歩いたことあるなー。私、いつも走り回ってたんだ。ついついこぼれる言葉たちは淡い木漏れ日のように優しく景色に溶け込む。その様子に紘大はすぐにでも壊れてしまいそうな儚い笑みを浮かべる。
「よかった、喜んでくれたみてーだ」
昔の記憶はただ甘いだけのものとは限らない。紘大のように現実を良しとしない人物にとっては思い出したくもないシロモノである可能性もあるのだ。ニャニャがこの場所にそのようなツラい想いを抱えている人物でないことに安堵し感謝して止まなかった。
それから森をどのように歩いたのだろうか。竜が四頭ほど現れて全て切り裂いて進んだ先、そこで更に竜が三頭待ち構えていて、またしても雷で焼き裂き引き裂いた。
紘大の能力は通常の相手と戦う分には充分すぎる戦闘力を誇っていて、殺傷能力に理解を示し、役割を定めておきたいところであった。仮に捕獲任務などを引き受けてしまった場合、手加減の成功率をあげておきたいという。
威力を調整できない能力など三流でしかないということを頭の真ん中、思考の中心地に置いていた。
――きっと本気と極端な手加減は簡単だろうよ
しかし、ある程度の実力者を程よく相手にするならどうであろう。
――負けるか殺すか……ダメじゃねえか
つまり、能力のコントロールが今後の課題として建てられたということ。
森の中を進んでいるさ中、ニャニャが突然跳ねて駆け回る。
「着いた、ここが……私のふるさと」
いったいどれほどの間故郷から切り離されていたのだろう、どれほどツラい目を見続けていたのだろう、深く重くきつく締め上げる感情の首輪を外されて得た喜びこそがニャニャにとっての救い。
ニャニャの動きのままに奥へと入って進んで大きな木のアーチをくぐった。それは緑の飾りと赤い木の実の彩りを着飾った美しき国境線。
ミーナはニャニャとともにアーチを眺めてくぐって、褒め称える言葉を分かち合って振り返って余韻をもらい続けていた。今も過去もこのアーチは綺麗で美しい。紘大はアーチにぶら下げられた毛でできた紐を見つめて訊ねる。
「これ、なんだ?」
ミーナもそれに気が付いて、ニャニャの方へと顔を向ける。
「それは……おまじない、みたいなものかなー。自分の毛を掛けたらお願いが叶うみたいでー、でも一回きりだから大事に使ってねって」
そうした祈りの気持ち、大いなる何かに想いを託す文化はどこにでもあるのだろう。紘大は尻尾を緩やかに揺らすニャニャに問いを掛けた。
「ニャニャも願ったことあるのか?」
「あるよー。で、今叶ったんだ」
それはある夜のこと。国へと入り込んで来た男や騎士の集団がこの国に住まう獣混じりを三人ほど要求してきた、否、脅して無理やり差し出させた。
そこでこの国の長が差し出すように命じた人々、その中にニャニャも含まれていた。それほどまでにこの国の偽りの平和、スケアクロウの如きハリボテに囲まれた平穏が欲しかったのだろう。
耳のいい獣混じりには確実に届いていた人選。逃げ惑う者もいたが、他の仲間に押さえ付けられて心は潰され踏みにじられていた。
ニャニャの目に映されたその光景はもはや諦めという答えしか残されていない、仲間すら仲間ではなくなってしまったのだと示していた。
家族の元へと戻って別れだけでも言いに行く。もしかすると家族すらニャニャという存在を振り払って見捨てているかもしれない。恐怖と共に見合わせた顔、その貌は涙の海に溺れ苦しんでいた。幼馴染みの少年も泣きながら別れを告げて、言葉の端に願いを掛けていた。
――絶対に帰ってきてよ
大きな木のアーチを挟んで外側に立つ人々を睨みつける。彼らこそがニャニャに奴隷という名を縫い付ける忌々しい人物たち。恐ろしい肩書きを張られてしまう前にニャニャは自身の毛を毟り、アーチの窪みにめり込ませて願いを掛けた。心の底からの願いを。
――どうか、もう一度家族とミヤに会わせて、お願いだからっ!!
想いにふけてこの国を出る前に見た景色と今そこにあるたくましいアーチを瞳に重ねて、遅れてアーチに小さな声で大きな想いをこぼした。
「帰ってきた、ありがとね」
ニャニャが帰郷の感慨の温かみに浸かっている間に紘大は草を採取していた。ニャニャの想いとは決して相容れない行ない、彼女の望む平和を軽々と壊してしまうであろう願い。
願望実現の強行、想いの強要などかつてこの国からニャニャたちを連れ去った人々と変わりない愚行だった。
ニャニャの想いと紘大の野望、ふたつの想いは一度たりとも互いの目にも入らずすれ違うこともなく歩き続けるまま。
「さて、俺は女攫いのハーメルンになるとしよう」
獣混じりが心を奪われてしまうという草笛は紘大の手に納まっていた。独りよがりの野望はすぐさま実行に移されてしまった。
あの暗闇に覆われた世界、それも未知なる森を小さな灯りだけを頼りに進んで行ける自信など紘大の心の荷物の中には収められていなかった。ミーナはどうだろうか。
「ミーナやニャニャはどうなんだ? 夜の森とか行けるか?」
ミーナは懸命に首を横に振り、ニャニャもそれに倣って首を振る。この世界で生きてきた人々でも知らない土地の夜の世界に踏み込む度胸はないそうだ。
「だよなあ、テントとかあればいいんだけどな」
冗談交じりに言うものの、目の前ではふたりして可愛らしく首を傾げていた辺りそのようなものは存在しないということなのだろう。
農民が用意したキャベツと豆の煮込みを平らげて、分かれの挨拶を交わして畑を背に再びレンガの街へと足を踏み入れる。そこからさらに歩いて森へと足を踏み入れ進み行く。日差しは木々の伸ばした枝の腕と葉の指に遮られて木漏れ日がまばらに地を照らしていた。
「いい景色だな」
紘大の言葉にミーナは辺りを見回しながら同意していた。一方でニャニャは黙り込んで歩きながらも目を輝かせて、心をどこかへと飛ばしていた。
「ん? 懐かしいのか」
ここ、歩いたことあるなー。私、いつも走り回ってたんだ。ついついこぼれる言葉たちは淡い木漏れ日のように優しく景色に溶け込む。その様子に紘大はすぐにでも壊れてしまいそうな儚い笑みを浮かべる。
「よかった、喜んでくれたみてーだ」
昔の記憶はただ甘いだけのものとは限らない。紘大のように現実を良しとしない人物にとっては思い出したくもないシロモノである可能性もあるのだ。ニャニャがこの場所にそのようなツラい想いを抱えている人物でないことに安堵し感謝して止まなかった。
それから森をどのように歩いたのだろうか。竜が四頭ほど現れて全て切り裂いて進んだ先、そこで更に竜が三頭待ち構えていて、またしても雷で焼き裂き引き裂いた。
紘大の能力は通常の相手と戦う分には充分すぎる戦闘力を誇っていて、殺傷能力に理解を示し、役割を定めておきたいところであった。仮に捕獲任務などを引き受けてしまった場合、手加減の成功率をあげておきたいという。
威力を調整できない能力など三流でしかないということを頭の真ん中、思考の中心地に置いていた。
――きっと本気と極端な手加減は簡単だろうよ
しかし、ある程度の実力者を程よく相手にするならどうであろう。
――負けるか殺すか……ダメじゃねえか
つまり、能力のコントロールが今後の課題として建てられたということ。
森の中を進んでいるさ中、ニャニャが突然跳ねて駆け回る。
「着いた、ここが……私のふるさと」
いったいどれほどの間故郷から切り離されていたのだろう、どれほどツラい目を見続けていたのだろう、深く重くきつく締め上げる感情の首輪を外されて得た喜びこそがニャニャにとっての救い。
ニャニャの動きのままに奥へと入って進んで大きな木のアーチをくぐった。それは緑の飾りと赤い木の実の彩りを着飾った美しき国境線。
ミーナはニャニャとともにアーチを眺めてくぐって、褒め称える言葉を分かち合って振り返って余韻をもらい続けていた。今も過去もこのアーチは綺麗で美しい。紘大はアーチにぶら下げられた毛でできた紐を見つめて訊ねる。
「これ、なんだ?」
ミーナもそれに気が付いて、ニャニャの方へと顔を向ける。
「それは……おまじない、みたいなものかなー。自分の毛を掛けたらお願いが叶うみたいでー、でも一回きりだから大事に使ってねって」
そうした祈りの気持ち、大いなる何かに想いを託す文化はどこにでもあるのだろう。紘大は尻尾を緩やかに揺らすニャニャに問いを掛けた。
「ニャニャも願ったことあるのか?」
「あるよー。で、今叶ったんだ」
それはある夜のこと。国へと入り込んで来た男や騎士の集団がこの国に住まう獣混じりを三人ほど要求してきた、否、脅して無理やり差し出させた。
そこでこの国の長が差し出すように命じた人々、その中にニャニャも含まれていた。それほどまでにこの国の偽りの平和、スケアクロウの如きハリボテに囲まれた平穏が欲しかったのだろう。
耳のいい獣混じりには確実に届いていた人選。逃げ惑う者もいたが、他の仲間に押さえ付けられて心は潰され踏みにじられていた。
ニャニャの目に映されたその光景はもはや諦めという答えしか残されていない、仲間すら仲間ではなくなってしまったのだと示していた。
家族の元へと戻って別れだけでも言いに行く。もしかすると家族すらニャニャという存在を振り払って見捨てているかもしれない。恐怖と共に見合わせた顔、その貌は涙の海に溺れ苦しんでいた。幼馴染みの少年も泣きながら別れを告げて、言葉の端に願いを掛けていた。
――絶対に帰ってきてよ
大きな木のアーチを挟んで外側に立つ人々を睨みつける。彼らこそがニャニャに奴隷という名を縫い付ける忌々しい人物たち。恐ろしい肩書きを張られてしまう前にニャニャは自身の毛を毟り、アーチの窪みにめり込ませて願いを掛けた。心の底からの願いを。
――どうか、もう一度家族とミヤに会わせて、お願いだからっ!!
想いにふけてこの国を出る前に見た景色と今そこにあるたくましいアーチを瞳に重ねて、遅れてアーチに小さな声で大きな想いをこぼした。
「帰ってきた、ありがとね」
ニャニャが帰郷の感慨の温かみに浸かっている間に紘大は草を採取していた。ニャニャの想いとは決して相容れない行ない、彼女の望む平和を軽々と壊してしまうであろう願い。
願望実現の強行、想いの強要などかつてこの国からニャニャたちを連れ去った人々と変わりない愚行だった。
ニャニャの想いと紘大の野望、ふたつの想いは一度たりとも互いの目にも入らずすれ違うこともなく歩き続けるまま。
「さて、俺は女攫いのハーメルンになるとしよう」
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