異世界風聞録

焼魚圭

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第四幕 異種族の人さらい

食中

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 聖なる生き物、或いは邪悪なる神話生物。いずれにせよ紘大は非常に強力で次元の異なる存在だと想像していた。マンガやゲームを嗜む者としては一度はそういった恐ろしく強い存在を倒してみたい、そう思ったこともあるだろう。
 しかし目の前に出された料理、そこにそのある種の憧れの存在である竜の肉が使われているのだという。
――こんな扱いでいいのか
 想像を裏切るとはなんとも罪深いこと。紘大は竜の肉を煮込む若い男に訊ねた。

「竜ってそんなに簡単に狩ること出来るんすか」

 男は困った貌をして手を止め、重々しい口をどうにか開いた。

「簡単……とはいかないな。そこらにトカゲみたいにごろごろいる下級竜を竜狩り騎士が四人がかりで倒してるが」

 曰く、この都で信仰している竜の少女はこの都に竜が襲ってきた時にある少女が聖なる竜と契約して生まれた存在なのだそう。しかも、強力な竜はそれだけではないのだという。

「海の主とか、洞窟に潜む創造の竜とかいるらしいな。と言っても創造の竜はこの世界を救った勇者様が狩って行ったそうだが」

 なんだ、世界は救済完了した後なのか―― つまり、平和は守られた後なのだとか。問題が残っているとするならば世界を救うために未来から来た勇者が自分の都合で中途半端に先進的な文明をばら撒いて世界のバランスを崩してしまったことなのだという。
 紘大の感覚で理解した話、中学生の偏見に塗れた露国と産業革命のさ中にある英国、国を鎖した日ノ本に似た世界があることは確認できた。
――現代知識で無双したらぶっ壊れそうだなおい
 他にも文明は渡されたものの継承が上手く行かずに管理が上手く行っていない建物もあるのだそう。
――オーパーツ案件じゃねえか!
 驚き悲観希望、様々な感情が紘大の中を行き交って止まらない。これから冒険する世界への想い渦巻く中、水を差す者が現れた。

「そんな真剣な話してないで食おうぞ、メシがマズくなっちまう」

 貿易商人の声によって、景色は目の前の竜肉の煮込みに引き戻された。
 目の前の竜肉は飽く迄も下級脅威、怪物を狩るゲームでは少し強いおなじみモンスター程度、それを強く認識して、口へと運ぶ。
 強いトカゲの肉は、この上なく柔らかで濃い味付けを着飾って美味に染められていた。舌に絡み付く濃い味が柔らかでありながらも強い意志のような芯を思わせる噛み応えと混ざり合って口へと運ぶ手を止められない。

「意外と美味いな、ミーナ」
「うん、美味しいね、コウダイくん」

 感想の共有は紘大に大いなる幸せをもたらした。

 それはまさに紘大という恋愛初経験の純粋な青少年にとっては感激の甘味で暗い海をも爽やかに感じさせる嬉しさの泡。
――これが……デートか。デートなのか
 暗闇による不可視は恋の盲目を思わせた。
 そうした幸せを味わった後、荷車を引いて見えない田舎道の闇を蜜蠟の小さな光で破りながら進み続ける。裂いても破ってもかき消しても、どこからともなく無限に現れる暗い景色はそれこそが、この状態こそが正解なのだと突き付けているようだった。
 紘大は荷車がタイヤを地面に不規則に叩きつける衝撃を感じながらニャニャに声を掛けていた。

「そういやニャニャとは全然話してなかったな」

 連れ去る時に口を利く余裕がなかったのはもちろん、船の中でも気分を悪くしてしまって余裕はなく、船を降りてからも話す前にことが進んでしまって余裕など残されていなかった。
 紘大の言葉はニャニャに対してどのように響いて届いただろうか。暗闇の中で誰にも見せない仕草で目を擦り黙っていた。

「ニャニャの故郷ってどんな場所なのか教えて欲しいんだが」
「ミーナには説明したけど豊かな緑と活気あふれる動物たちが生きた森の中にあるんだ。そこでいろんな動物の耳が付いた人が住んでてね、家は自分たちで作って狩りや農作して生きてくんだよー」

 この説明、希望に満ちた言葉が溢れるそれは紘大の身を震わせた。
――な、なななな……なな、なんだってー!
 ケモ耳共和国の存在が確認された。この世界に来てから得た情報としてあまりにも輝かしすぎる事実に胸をときめかせて瞳を輝かせて、思わず飛び跳ねていた。
 角度を変えた荷車が異なる揺れを作り上げる。

「ごほん、い、いい……げふっ、一旦落ち着くとしよう。ケモ耳共和国は存在したんだな」
「ケモ耳? 共和国? なにがなんだか私にはさっぱりだなー。分かるように教えて」

 ニャニャは空気にさっぱりと言う擬音を思わせる感情を舞わせて訊ねていた。恐らく紘大の扱う言語は所々常人の理解の及ばぬものなのかも知れない。もしかすると該当する言語の有無や感情のニュアンスへの理解の差で伝えられないところがあるのかも知れなかった。

「まあ、なんつうか……俺が住んでた国にあるんだよ、他の生き物と混ざり合ったような身体の子が可愛いっていう文化が」

 ケモ耳、獣人、サキュバス、ハーフエンジェル、鬼女、異種族の幅の広さだけで宇宙がひとつ出来上がりそうなものだった。
 そうした話をしている内に小さな灯りが示した目的地の風景の一部を目にしてほっと胸をなでおろした。
――着いたな、どうにか
 それから農民に荷車を返して相談したところ、家に上げてくれることになった。
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