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第四幕 異種族の人さらい
跡
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館の呪われし真実への第一歩、血のついた手で壁に触れた跡を目にしてしまった紘大の中にて膨らむ物騒な想像はきっとミーナのそれともあまり変わらないだろう。恐怖のあまり全身に走る震えと鳥肌の立つ感覚が寒気に化けて紘大の中の考えを血の色ひとつに染め上げていた。
「こ……これ……」
情けない声を上げる紘大と肩を寄せ合うミーナ。腕同士が触れ合ったその時気が付いた。
ミーナもまた、微かに震えていたことを。
「だ、大丈夫、これは昔の話だよ」
昔の話だと言い聞かせるミーナに同意を示して紘大は歩みだす。
「ああ、血塗られた真実、まさにゴルゾの言ったことそのものだな」
ホラ吹き貝好きのゴルゾ自身の噂の真実はきっとこの街では誰も知らない貝の知識や職人たちが全力で口を閉じるようなことの端だけといえども口走るがために広められたものだろう。噂の出処はおおかた見当がついていた。
「そうか、仲間にも見限られたんだな。余計なことするから」
時として隠し通すべきこともあるのだということ、それを守らないはみ出し者が受ける扱いとして相応しいものだった。
そんな彼のことなど記憶の外側へと大きな構えで放り投げて館の探索を続行する。まずは十分な明るさを確保すべく窓を開け、血の跡を追って進む。どのような人物の血なのだろうか、今のところは想像も付かなかった。柱の頭を思わせる器はきっと火を点けて館を照らす照明器具なのだろう。埃被ってしまっては使いようもなかった。紘大は血の跡をたどり、ある部屋へと進み始めた。扉を開けたそこに待ち受けるものはあまりにも暗すぎる闇。
――ここからは慎重に進まねえとな
慎重に、中のものを壊してしまわないように慎重に。紘大の雷は触れただけで消し炭を生産してしまうだろう。それ故ミーナの持つロウソクが頼りだった。
中へ、闇と埃の密度の高い息苦しい空間へと飛び込むように。埃の重々しい感覚に圧し潰されそうになりながら、歴史の重みを持った空気に触れながら、進み行く。途端、扉は素早く閉まった。
「ミーナ?」
イタズラだろうか、そう思いつつも扉の向こうから闇の中まで入っては削られ細る音が連続して聞こえていた。扉を叩く音だ。
「コウダイくん、コウダイくん!」
必死な叫びが届いてくる以上、ミーナのイタズラではないようだ。そもそも鍵のない扉が開かないということ自体に異常を感じていた。
「ミーナ、俺閉じ込められた」
間違いようのない現実、紘大は何者かの手によって閉じ込められてしまっていた。何者かに仕舞われてしまった紘大、彼が収納されている部屋の中を支配する者が声を上げ、次第にそれで空気が充満していく。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
紘大の元にまで、意味までしっかりと届く声。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
紅い貝殻の首飾りなどしていてもしていなくても関係などなかった。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
きっとこれは過去にこの部屋で起こった事件なのだろう。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
心のない彼の手によって。
「ああ、そうだぜ。逆に幽霊のお前の血は」
「なら示して見せろ、お前らの血で」
紘大の話など最早聞いていなかった。「暗くて見えない」の言葉が飛んでこない、きっとそれは殺した後に出て来るものなのだろう。
紘大は、確実にこの男が繰り広げる殺人劇の役者に任命されていた。
もはやそこに紘大の意志が関わることなどできなかった。声すら途切れて、そこにあるものはどこまでも広がる静寂。ミーナは黙ったのか黙らされたのか、扉を叩く音すら聞こえてこない。無事なのか事が起こってしまったのか、知る術は手元になどありはしなかった。
――ミーナ……ミーナは?
「ミーナ!」
叫びを散らした途端に現れた風を切り裂く勢いのいい音を耳でつかみ取り、前へと飛び込み何かを躱した。その先で頭に響き走る痛み、テーブルの角だろうか。
「暗くて見えない」
男の言葉はうわさ話の真実をしっかりと拾い上げていた。
「見えないなら見せてやるよ」
紘大は手を開き、青い雷を顕現させてつかみ取る。両手に雷、更に周囲には四本の雷が突き立てられていた。
「お前の血でな!!」
叫びを携えて振り回される青き稲妻の剣。その威力は如何なものなのだろう。実体のないものまで捉えることはあるのだろうか。振るわれた剣は輝きで闇を斬って辺りを朧気に照らす。そこに見えるのは何者か、男の姿があった。
人間、それを斬るということは元の世界では罪とされていた。根底にまで染みついた思想は剣の動きを鈍らせ男に噛み付くこともなく通り過ぎた。
「血を見せろ、お前の血を」
未来を歩く資格を失いし過去に留まる存在はナイフを振り回す。雷に照らされたナイフには少々の血が付いていた。薄い青と鮮やかな紅の成す異色の情報でも容易く分かる。やはり単なる殺人鬼。
男の振ったナイフは空を切るものの、そこに付着する血の量は増えていた。何もないところから紅い液体が噛み付くべく飛びかかるように集まって。
「過去の像か、幽霊なんかに負けてたまるかよ」
そう言って雷を掴む手に力を入れる。狙うべきは人間の姿をした者。かつては本当に人間だった者。人であることなど死ぬよりずっと前に辞めた者。
そう言い聞かせ、紘大はその手につかんでいる本来あり得ない凶器を、輝かしい正気を精一杯の力で振るった。
「こ……これ……」
情けない声を上げる紘大と肩を寄せ合うミーナ。腕同士が触れ合ったその時気が付いた。
ミーナもまた、微かに震えていたことを。
「だ、大丈夫、これは昔の話だよ」
昔の話だと言い聞かせるミーナに同意を示して紘大は歩みだす。
「ああ、血塗られた真実、まさにゴルゾの言ったことそのものだな」
ホラ吹き貝好きのゴルゾ自身の噂の真実はきっとこの街では誰も知らない貝の知識や職人たちが全力で口を閉じるようなことの端だけといえども口走るがために広められたものだろう。噂の出処はおおかた見当がついていた。
「そうか、仲間にも見限られたんだな。余計なことするから」
時として隠し通すべきこともあるのだということ、それを守らないはみ出し者が受ける扱いとして相応しいものだった。
そんな彼のことなど記憶の外側へと大きな構えで放り投げて館の探索を続行する。まずは十分な明るさを確保すべく窓を開け、血の跡を追って進む。どのような人物の血なのだろうか、今のところは想像も付かなかった。柱の頭を思わせる器はきっと火を点けて館を照らす照明器具なのだろう。埃被ってしまっては使いようもなかった。紘大は血の跡をたどり、ある部屋へと進み始めた。扉を開けたそこに待ち受けるものはあまりにも暗すぎる闇。
――ここからは慎重に進まねえとな
慎重に、中のものを壊してしまわないように慎重に。紘大の雷は触れただけで消し炭を生産してしまうだろう。それ故ミーナの持つロウソクが頼りだった。
中へ、闇と埃の密度の高い息苦しい空間へと飛び込むように。埃の重々しい感覚に圧し潰されそうになりながら、歴史の重みを持った空気に触れながら、進み行く。途端、扉は素早く閉まった。
「ミーナ?」
イタズラだろうか、そう思いつつも扉の向こうから闇の中まで入っては削られ細る音が連続して聞こえていた。扉を叩く音だ。
「コウダイくん、コウダイくん!」
必死な叫びが届いてくる以上、ミーナのイタズラではないようだ。そもそも鍵のない扉が開かないということ自体に異常を感じていた。
「ミーナ、俺閉じ込められた」
間違いようのない現実、紘大は何者かの手によって閉じ込められてしまっていた。何者かに仕舞われてしまった紘大、彼が収納されている部屋の中を支配する者が声を上げ、次第にそれで空気が充満していく。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
紘大の元にまで、意味までしっかりと届く声。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
紅い貝殻の首飾りなどしていてもしていなくても関係などなかった。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
きっとこれは過去にこの部屋で起こった事件なのだろう。
「貝殻の色はお前らの血の色か」
心のない彼の手によって。
「ああ、そうだぜ。逆に幽霊のお前の血は」
「なら示して見せろ、お前らの血で」
紘大の話など最早聞いていなかった。「暗くて見えない」の言葉が飛んでこない、きっとそれは殺した後に出て来るものなのだろう。
紘大は、確実にこの男が繰り広げる殺人劇の役者に任命されていた。
もはやそこに紘大の意志が関わることなどできなかった。声すら途切れて、そこにあるものはどこまでも広がる静寂。ミーナは黙ったのか黙らされたのか、扉を叩く音すら聞こえてこない。無事なのか事が起こってしまったのか、知る術は手元になどありはしなかった。
――ミーナ……ミーナは?
「ミーナ!」
叫びを散らした途端に現れた風を切り裂く勢いのいい音を耳でつかみ取り、前へと飛び込み何かを躱した。その先で頭に響き走る痛み、テーブルの角だろうか。
「暗くて見えない」
男の言葉はうわさ話の真実をしっかりと拾い上げていた。
「見えないなら見せてやるよ」
紘大は手を開き、青い雷を顕現させてつかみ取る。両手に雷、更に周囲には四本の雷が突き立てられていた。
「お前の血でな!!」
叫びを携えて振り回される青き稲妻の剣。その威力は如何なものなのだろう。実体のないものまで捉えることはあるのだろうか。振るわれた剣は輝きで闇を斬って辺りを朧気に照らす。そこに見えるのは何者か、男の姿があった。
人間、それを斬るということは元の世界では罪とされていた。根底にまで染みついた思想は剣の動きを鈍らせ男に噛み付くこともなく通り過ぎた。
「血を見せろ、お前の血を」
未来を歩く資格を失いし過去に留まる存在はナイフを振り回す。雷に照らされたナイフには少々の血が付いていた。薄い青と鮮やかな紅の成す異色の情報でも容易く分かる。やはり単なる殺人鬼。
男の振ったナイフは空を切るものの、そこに付着する血の量は増えていた。何もないところから紅い液体が噛み付くべく飛びかかるように集まって。
「過去の像か、幽霊なんかに負けてたまるかよ」
そう言って雷を掴む手に力を入れる。狙うべきは人間の姿をした者。かつては本当に人間だった者。人であることなど死ぬよりずっと前に辞めた者。
そう言い聞かせ、紘大はその手につかんでいる本来あり得ない凶器を、輝かしい正気を精一杯の力で振るった。
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