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第四幕 異種族の人さらい
貝
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美少女に手を引かれて森を進む。空の青を覆い隠して辺りを飾り彩る緑があまりにも美しくて。紘大は今の幸せに浸り続けていた。
――美少女と歩くこの景色、俺、幸せ過ぎるっ!
幸福に降伏、素直に幸せだと認めて今という空気を深く吸って吐く。清らかにしてみずみずしい青春の真っただ中に立っていた。
やがては森を抜け、ミーナの手から伝わる優しさがようやく馴染んで沁みて味わい染みて来た頃に広がる海の姿を目にした。どこまでも広がるそれはどの世界でも共通なのだろう。
――ミーナの水着姿が見てえな、じっくり
どこまでも湧き出る煩悩は底なしで限界など知らなかった。
海の届かない砂浜に下りて、貝殻を探す。
「つか、どうやって見つけるつもりだよ」
打ち上げられているとは限らないそれをどのように探すのだというのだろう、果てのない作業のように思えた。
「岩場まで行けば見つかるよ。昔からそうやって結婚してるんだから」
「待て、この国の常識なのか? 初耳だ」
ネックレスや化粧に入れ墨。指輪をはめない地域では婚約の証を担う代わりの風習が存在してもおかしな話ではなかったが、意外なことこの上ないといった様子で紘大はミーナを見つめていた。
「なに? そんなに見つめて。みすぼらしい姿がそんなに綺麗?」
「いやだから俺の住む国じゃあ」
「冗談だよ」
えへへ、控えめな笑いを浮かべながら歩き続け、岩場について、貝を探し始めた。
「薄いピンクの貝が良いんだけど……」
それはきっと薄桃色かさくら色だろう。ミーナが貝の首飾りを見つめながら愛に頬を染める姿を想像するだけで楽しみは尽きなかった。
――ああああ俺のハーレムライフが揺らいで壊れそうだああああ
嘆きつつも一瞬、数えられるほどもない微かな隙に「それでも構わない」と思考が呟き通り過ぎて去って行ったのを目にした。
目の前ではミーナが跳ねながら手招きをしていた。生き生きとした少女に心を洗いつつ貝を探す。それは紘大の故郷では決して興味を示すことのなかった姿。調理して食べることで美味しいだけの存在。しかしここで眺めれば婚約の証であり、食料を選ぶ余裕のない時には助けにもなるであろう姿。
――ここで生きることもあるかも知れねえしな
この異界で。最後の言葉が尾を引いて、異世界での生活の真っ最中なのだと見つめて歓喜していた。
――これが俺の異世界転移なんだ!
溢れる喜びにまみれて隣の美少女と結婚するためにちょうど良い貝を探してどれだけが過ぎただろうか、空は単純な明るさを魅せつけていた。
見つからない見当たらない、見えてあってしかし色が異なって。
「大変なんだな」
ミーナもまた、理想のものを見つけられないでいた。さくら色の貝を手に取って、手のひらの上で転がして呟いていた。
「大きさが足りない」
手詰まりを感じながらも探し続けて日が傾き始めた頃、ふたりは海から離れていた。
「夕方の海は危ないからね」
「どういうことだ」
ミーナによって明かされた話、海の向こうから人の姿をした黒い影が攫いに来るのだというウワサだった。
「怪談かよっ! 怖っ!」
身を震わせる仕草はわざとらしくて怖がっている様子を微塵たりとも窺うことが出来なかった。ミーナは呆れを覗かせつつ森へと潜り始める。
紘大の整った顔の上の方、脳みそによって想像が掻き立てられていた。
――黒い影なあ、多分暗くなる前に帰りましょうって言っても伝わらないから広まったウワサのひとつだと思うんだよな
橙色の空は美しくも寂しくて、森の影までは届きそうにもなかった。
森は昼と夜の狭間の中で、すでに成熟した昏い景色を用意していたのだ。
ミーナと手を繋いで歩く紘大の口から質問が飛ばされていた。それも、今にかかわる大切なことを。
「他に帰り道、ねえの?」
闇の中で、ミーナの明るい声は余裕を失いながらもどうにか答える。
「ないよ」
――だからあんなウワサが流れるんだろ
夕空の下に現れたこんな夜道を子どもだけで歩く、真っ当な親であれば考えただけで気が気でないだろう。ひやひやした表情の親たちの顔を想像しながら歩き続ける。愉快な笑みが滲んでこぼれて溢れて止まらない。
紘大もまた、成長を終えていない青少年のひとりなのだった。
暗い森では方向も距離もつかむことはできない。今にも迷ってしまいそう、森に飲み込まれてこのままいなくなってしまいそうな雰囲気に今度こそは本音で震える紘大。
そんな彼の様子など暗くて見えてませんとでも言うような様子。なにも反応を取られない。手の震えなど伝わっていないのだろうか。ミーナの口によって新たな知識が書き込まれていた。
「そうそう、もうそろそろコウダイくんの好きなネコの子が仕事を終える時間だよ」
浮気しないでよね―― 紘大は完全に疑われていた。浮気しそうな見た目でもしているのだろうか、否、完全に朝の態度のせいだった。あまりにも分かりやすい澄んだ事実は隠す前に全容を見られてしまっていた。
「気になるでしょ気になるでしょ? 木を倒して運ぶ力仕事だから会えるかもね」
軽くニヤつきながら思考を見抜いて射貫くようなはっきりとした言葉を紡ぐミーナに対して紘大は口を噤み、ついて行くことしか出来ないでいた。
――美少女と歩くこの景色、俺、幸せ過ぎるっ!
幸福に降伏、素直に幸せだと認めて今という空気を深く吸って吐く。清らかにしてみずみずしい青春の真っただ中に立っていた。
やがては森を抜け、ミーナの手から伝わる優しさがようやく馴染んで沁みて味わい染みて来た頃に広がる海の姿を目にした。どこまでも広がるそれはどの世界でも共通なのだろう。
――ミーナの水着姿が見てえな、じっくり
どこまでも湧き出る煩悩は底なしで限界など知らなかった。
海の届かない砂浜に下りて、貝殻を探す。
「つか、どうやって見つけるつもりだよ」
打ち上げられているとは限らないそれをどのように探すのだというのだろう、果てのない作業のように思えた。
「岩場まで行けば見つかるよ。昔からそうやって結婚してるんだから」
「待て、この国の常識なのか? 初耳だ」
ネックレスや化粧に入れ墨。指輪をはめない地域では婚約の証を担う代わりの風習が存在してもおかしな話ではなかったが、意外なことこの上ないといった様子で紘大はミーナを見つめていた。
「なに? そんなに見つめて。みすぼらしい姿がそんなに綺麗?」
「いやだから俺の住む国じゃあ」
「冗談だよ」
えへへ、控えめな笑いを浮かべながら歩き続け、岩場について、貝を探し始めた。
「薄いピンクの貝が良いんだけど……」
それはきっと薄桃色かさくら色だろう。ミーナが貝の首飾りを見つめながら愛に頬を染める姿を想像するだけで楽しみは尽きなかった。
――ああああ俺のハーレムライフが揺らいで壊れそうだああああ
嘆きつつも一瞬、数えられるほどもない微かな隙に「それでも構わない」と思考が呟き通り過ぎて去って行ったのを目にした。
目の前ではミーナが跳ねながら手招きをしていた。生き生きとした少女に心を洗いつつ貝を探す。それは紘大の故郷では決して興味を示すことのなかった姿。調理して食べることで美味しいだけの存在。しかしここで眺めれば婚約の証であり、食料を選ぶ余裕のない時には助けにもなるであろう姿。
――ここで生きることもあるかも知れねえしな
この異界で。最後の言葉が尾を引いて、異世界での生活の真っ最中なのだと見つめて歓喜していた。
――これが俺の異世界転移なんだ!
溢れる喜びにまみれて隣の美少女と結婚するためにちょうど良い貝を探してどれだけが過ぎただろうか、空は単純な明るさを魅せつけていた。
見つからない見当たらない、見えてあってしかし色が異なって。
「大変なんだな」
ミーナもまた、理想のものを見つけられないでいた。さくら色の貝を手に取って、手のひらの上で転がして呟いていた。
「大きさが足りない」
手詰まりを感じながらも探し続けて日が傾き始めた頃、ふたりは海から離れていた。
「夕方の海は危ないからね」
「どういうことだ」
ミーナによって明かされた話、海の向こうから人の姿をした黒い影が攫いに来るのだというウワサだった。
「怪談かよっ! 怖っ!」
身を震わせる仕草はわざとらしくて怖がっている様子を微塵たりとも窺うことが出来なかった。ミーナは呆れを覗かせつつ森へと潜り始める。
紘大の整った顔の上の方、脳みそによって想像が掻き立てられていた。
――黒い影なあ、多分暗くなる前に帰りましょうって言っても伝わらないから広まったウワサのひとつだと思うんだよな
橙色の空は美しくも寂しくて、森の影までは届きそうにもなかった。
森は昼と夜の狭間の中で、すでに成熟した昏い景色を用意していたのだ。
ミーナと手を繋いで歩く紘大の口から質問が飛ばされていた。それも、今にかかわる大切なことを。
「他に帰り道、ねえの?」
闇の中で、ミーナの明るい声は余裕を失いながらもどうにか答える。
「ないよ」
――だからあんなウワサが流れるんだろ
夕空の下に現れたこんな夜道を子どもだけで歩く、真っ当な親であれば考えただけで気が気でないだろう。ひやひやした表情の親たちの顔を想像しながら歩き続ける。愉快な笑みが滲んでこぼれて溢れて止まらない。
紘大もまた、成長を終えていない青少年のひとりなのだった。
暗い森では方向も距離もつかむことはできない。今にも迷ってしまいそう、森に飲み込まれてこのままいなくなってしまいそうな雰囲気に今度こそは本音で震える紘大。
そんな彼の様子など暗くて見えてませんとでも言うような様子。なにも反応を取られない。手の震えなど伝わっていないのだろうか。ミーナの口によって新たな知識が書き込まれていた。
「そうそう、もうそろそろコウダイくんの好きなネコの子が仕事を終える時間だよ」
浮気しないでよね―― 紘大は完全に疑われていた。浮気しそうな見た目でもしているのだろうか、否、完全に朝の態度のせいだった。あまりにも分かりやすい澄んだ事実は隠す前に全容を見られてしまっていた。
「気になるでしょ気になるでしょ? 木を倒して運ぶ力仕事だから会えるかもね」
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