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第三幕 竜の少女を信仰する国
食堂
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ざらざらとした石の階段を一段一段また一段と降りて進んで。固い感触に足を心地よく打たれる。この建物の造りがこの国での一般的な技法なのだろうか。
降りた先に待ち構えるは薄暗い廊下、歩いて通り抜けて、赤レンガで彩られたドアのない入り口の向こうへと、その先に待っていたのは十人近くの客。宿泊客はこれだけとは思えない思わない。そこそこの人気を誇っているのだろう。奥に居座るテーブルに並べられたバイキング形式の料理は今の客の人数分よりも幾分か多く感じられた。
幹人は辺りを見回し大切なキミのいるセカイを探す。視界は横へ横へ、太った男を素通りし、料理を補充するコックを見つけて横へ流し、次に目に入った彼女の姿、薄桃色とクリーム色の布を重ねた服にゆったりとした白のズボンを身に着けたオトナ。全体的に余裕と膨らみのあるズボンはリリのウエストから足首までしっかりと覆っていた。
リリは幹人の姿を目にするや否や大輪の笑顔を咲かせて大きく手を振り居場所はここだよと訴えていた。
「リリ姉!」
「はーい、リリ姉さんはここにいますよ」
椅子に座ってさあ食事だと言ったところでリリは話を始めた。
「これからの旅の目的をアナにも知っていただこうと思ってね」
食事前に終わらせたいのだと言ってリリは話を進め行く。まず最大の目的は幹人を元の世界に帰すこと、異界の者である彼の居場所はここではないよと言って締めくくる。
次に大きな目的、楽しく旅をして幹人の心を育てること。素直に言うならリリ本人が楽しみたいのだろう、願望が織り交ぜられていた。
そこから遂に最小のものが語られた。
「私の安住の地、これはついでなのだけど」
母は父に殺されて、その父は行方不明。行方が分かったところで大好きな人を手に掛けるような宿敵などと一緒に過ごしたいとは思えないのが事実ではあるのだが。
――そうだよなあ、リリ姉にはもう……
家族すらいない、アナもきっと元の居場所に帰して。
その後この魔女はきっとひとりきり。
誰と関わるわけでもなければ何かをすることもなく、ただ安全な地で身が亡ぶ時まで続けられる永遠にも思える孤独を味わい身を持て余して弄ぶだけ。
――リリ姉……ホントウに
それでいいのだろうか、訊ねたくても口が上手く開かない。前を向いているのに後ろを見ている気分、彼女は、魔女は、リリは。
「さあ、美味しい物をいただこう。生きてることに感謝を込めて、今をいっぱい味わって」
触れたくて、でも近付く勇気はなくて。美味しいはずの焼き魚と豆のスープの味は透明へ、景色に溶け込んで通り抜けて。
幹人は得も言えぬ息苦しさを抱いたまま朝食を終えて、近付けない距離に肺を満たしながらリリの手を強く握った。リリは笑顔で握り返すも、明るい表情も仄かな手の感触も。何もかもが痛かった。
☆
朝食を終えて必要な荷物を纏めるべく、部屋へと戻って。幹人はリズを撫でながら支度を進めて、終わるとともに頭に乗せる。
――リリ姉
一度思い至ってしまっては抜け出すことなく付きまとう意識。
――ホントウに……それでいいの?
最後はひとりぼっち、頑張って歩いて向かう場所で愛されることもなければ報われることもない。
ホントウに。それを問いかけたくても、今は声にもならない。
「私も準備はできた、行こうか、幹人」
これから向かう場所は都立図書館。書物を調べぬいてその中に幹人の言う異界へと帰る術が書かれていないか調べるつもりでいた。
「アナは好きに動いて構わないよ、図書館なんて文字が読めなきゃ退屈な場所だろう?」
初めから自由とはした金を手渡し別行動を与えていた。そうした仕草の主であるリリの目は移って布の巾着袋に向けられる。中からチラリとはみ出て輝きを放つ銀貨の姿が眩しくも頼りなくも感じられた。
「次の国辺りで日雇い仕事のひとつやふたつはいるかも分からないね」
その時は幹人も手伝ってくれないかい。訊ねられて眩しい笑顔で首を縦に振る。リリといる時間が少しでも多く取れるように、思い出の中のお互いが出来るだけ笑っていられるように、今出来ることはそれだけ、その口の重さからは一旦逃げることにした。
アナは手を振って駆けて自由を満喫しに行った。遅れてふたりも宿を後にして、寄り道すると言われて疑問符を浮かべつつもついて行く。広場で周囲を確認しつつリリは箒に跨り幹人を乗せて飛び始めた。低空飛行、昨日通った景色は素早く流れて全く異なる様を見せて、レンガ造りの家の群衆や人々の間を通り抜ける様は爽快だった。風に強く撫でつけられてもメイアは苦悶の表情ひとつ浮かべることなく、一方でリズは吹き飛ばされてしまわないように幹人の肩に必死でしがみついていた。
美しくきらめくすっきりとした青を持つ海を横目に道を通り抜け、再びレンガの街へと入ってそれもまた抜けて。
たどり着いた先は都の外れの森。リリの肩にとまるメイアはリリの声を聞いて森の中へと進んで、リズもまた、メイアについて行った。
そうして残された姿は少年と魔女のふたりきり。
「彼らには竜の住む森について少しだけ調べてもらうよ」
そこから付け加えられるひと言。遊びながらやってくれるさ、と言われてリリの中での異形への信頼は確かなものだと知った。
それからいつ以来だろか、再び訪れたふたりきり。自然という美しさに囲まれたこの場所に現れた人と人の感情の色。しかし今はそれを堪能している暇などないと言って急いで図書館へと歩き出した。
降りた先に待ち構えるは薄暗い廊下、歩いて通り抜けて、赤レンガで彩られたドアのない入り口の向こうへと、その先に待っていたのは十人近くの客。宿泊客はこれだけとは思えない思わない。そこそこの人気を誇っているのだろう。奥に居座るテーブルに並べられたバイキング形式の料理は今の客の人数分よりも幾分か多く感じられた。
幹人は辺りを見回し大切なキミのいるセカイを探す。視界は横へ横へ、太った男を素通りし、料理を補充するコックを見つけて横へ流し、次に目に入った彼女の姿、薄桃色とクリーム色の布を重ねた服にゆったりとした白のズボンを身に着けたオトナ。全体的に余裕と膨らみのあるズボンはリリのウエストから足首までしっかりと覆っていた。
リリは幹人の姿を目にするや否や大輪の笑顔を咲かせて大きく手を振り居場所はここだよと訴えていた。
「リリ姉!」
「はーい、リリ姉さんはここにいますよ」
椅子に座ってさあ食事だと言ったところでリリは話を始めた。
「これからの旅の目的をアナにも知っていただこうと思ってね」
食事前に終わらせたいのだと言ってリリは話を進め行く。まず最大の目的は幹人を元の世界に帰すこと、異界の者である彼の居場所はここではないよと言って締めくくる。
次に大きな目的、楽しく旅をして幹人の心を育てること。素直に言うならリリ本人が楽しみたいのだろう、願望が織り交ぜられていた。
そこから遂に最小のものが語られた。
「私の安住の地、これはついでなのだけど」
母は父に殺されて、その父は行方不明。行方が分かったところで大好きな人を手に掛けるような宿敵などと一緒に過ごしたいとは思えないのが事実ではあるのだが。
――そうだよなあ、リリ姉にはもう……
家族すらいない、アナもきっと元の居場所に帰して。
その後この魔女はきっとひとりきり。
誰と関わるわけでもなければ何かをすることもなく、ただ安全な地で身が亡ぶ時まで続けられる永遠にも思える孤独を味わい身を持て余して弄ぶだけ。
――リリ姉……ホントウに
それでいいのだろうか、訊ねたくても口が上手く開かない。前を向いているのに後ろを見ている気分、彼女は、魔女は、リリは。
「さあ、美味しい物をいただこう。生きてることに感謝を込めて、今をいっぱい味わって」
触れたくて、でも近付く勇気はなくて。美味しいはずの焼き魚と豆のスープの味は透明へ、景色に溶け込んで通り抜けて。
幹人は得も言えぬ息苦しさを抱いたまま朝食を終えて、近付けない距離に肺を満たしながらリリの手を強く握った。リリは笑顔で握り返すも、明るい表情も仄かな手の感触も。何もかもが痛かった。
☆
朝食を終えて必要な荷物を纏めるべく、部屋へと戻って。幹人はリズを撫でながら支度を進めて、終わるとともに頭に乗せる。
――リリ姉
一度思い至ってしまっては抜け出すことなく付きまとう意識。
――ホントウに……それでいいの?
最後はひとりぼっち、頑張って歩いて向かう場所で愛されることもなければ報われることもない。
ホントウに。それを問いかけたくても、今は声にもならない。
「私も準備はできた、行こうか、幹人」
これから向かう場所は都立図書館。書物を調べぬいてその中に幹人の言う異界へと帰る術が書かれていないか調べるつもりでいた。
「アナは好きに動いて構わないよ、図書館なんて文字が読めなきゃ退屈な場所だろう?」
初めから自由とはした金を手渡し別行動を与えていた。そうした仕草の主であるリリの目は移って布の巾着袋に向けられる。中からチラリとはみ出て輝きを放つ銀貨の姿が眩しくも頼りなくも感じられた。
「次の国辺りで日雇い仕事のひとつやふたつはいるかも分からないね」
その時は幹人も手伝ってくれないかい。訊ねられて眩しい笑顔で首を縦に振る。リリといる時間が少しでも多く取れるように、思い出の中のお互いが出来るだけ笑っていられるように、今出来ることはそれだけ、その口の重さからは一旦逃げることにした。
アナは手を振って駆けて自由を満喫しに行った。遅れてふたりも宿を後にして、寄り道すると言われて疑問符を浮かべつつもついて行く。広場で周囲を確認しつつリリは箒に跨り幹人を乗せて飛び始めた。低空飛行、昨日通った景色は素早く流れて全く異なる様を見せて、レンガ造りの家の群衆や人々の間を通り抜ける様は爽快だった。風に強く撫でつけられてもメイアは苦悶の表情ひとつ浮かべることなく、一方でリズは吹き飛ばされてしまわないように幹人の肩に必死でしがみついていた。
美しくきらめくすっきりとした青を持つ海を横目に道を通り抜け、再びレンガの街へと入ってそれもまた抜けて。
たどり着いた先は都の外れの森。リリの肩にとまるメイアはリリの声を聞いて森の中へと進んで、リズもまた、メイアについて行った。
そうして残された姿は少年と魔女のふたりきり。
「彼らには竜の住む森について少しだけ調べてもらうよ」
そこから付け加えられるひと言。遊びながらやってくれるさ、と言われてリリの中での異形への信頼は確かなものだと知った。
それからいつ以来だろか、再び訪れたふたりきり。自然という美しさに囲まれたこの場所に現れた人と人の感情の色。しかし今はそれを堪能している暇などないと言って急いで図書館へと歩き出した。
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