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第三幕 竜の少女を信仰する国
そこは
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目を開いたそこは朧気で、頭を軽く揺らすような感覚に身を委ね、心を乗せていた。心地よいものはひたすら続いていた。朧気な景色の中にスーツ姿の女を見た。
「ふふ、可愛いわ」
幹人の頬に手を当てて、女はスーツを突き破って垂れる幕のような翼の生えた腕を伸ばして幹人の顔に顔を近づける。
「血をもらうね、そうじゃなきゃ生きてけないもので」
そう告げて白く細い首筋に鋭い牙を当て、動きを止めた。
一度顔を離し、幹人を見つめて。
「細い首……女の子みたい」
からかっているようにも聞こえる可愛がり方、例え姿が違えども顔がよく見えなくても、その態度を取る人物の素性はお見通しだった。
「りり」
そこでまた、目は開かれた。見渡す限りの白い部屋。身体を起こすとともに目覚めの時に味わう独特な感覚がクラリと優しく襲い掛かってくる。その姿を目にしてだろうか、声をかけてくる女がいた。
「よお、しっかりねむれたか?」
そう訊ねる少女の服を見ていきなり目が覚めた。盗賊時代から眠る前までに見えていたみすぼらしさは一切残されていなかった。
「似合うだろ?」
布を重ねて作られた服、橙と白の組み合わせ。丈の短いズボンを履いていて動きやすさ満点の格好に光を受けて軽く輝く珠の付いた紐を手首にかけていた。これがこの国でよく着られる服なのだろうか。
「よく似合うだろ? 私はめっちゃスゲーくらいカワイイからなあ」
眺めるからに小綺麗な少女、特にほっそりとした脚に目が行ってしまい、辺りに沈黙が流れて充満していた。気まずさの最大点が演出され始める。あまりにも行き渡る沈黙に耐えかねた少女は感想を耳にすることなく口を開いてしまった。
「いや何か言えよ。いろいろあんだろ。ホントにカワイイねとか惚れましたとかリリから乗り換えますとか。そしたら私が初めての経験させてやるよ」
気まずさと嬉しさを混ぜたような眼を向けつつも口を開けないままでいた。
「付き合ってからの初めての大失恋ってやつをな」
想像は、見事に裏切られた。
「いやその初めてはいらねえよ」
ついつい口から出てしまう言葉、それは女子相手にはなかなか出てこないような素の口調だった。それを聞いて少女は満足げに頷いて、言葉を紡ぎ合わせる。
「よかったよかった。付き合ってからもさっきみたいに寝言でリリなんて言われたりしたらショックだし、それでいいんだ」
寝言。先ほど見ていた夢を思い返し、この晩秋には似つかわしくないほどの暑さ、茹で上がりそうなほどに強い熱を全身で味わっていた。こみ上げるものは滾る想い。表情から飛び出して、アナに見定められて、笑いの貌をお返しにいただいて。
「良い表情だ、リリに言いつけてやる!」
「やめて、ってかアナこそ良い表情してんな」
エサをもらった動物のような表情、楽しみを得た人間はこのような表情をするのだろうか、きっとこの感情に対してここまで邪気が少ない貌を見せるのは年頃の少女だとアナくらいなものだろう、そう思っていた。
「可愛いなんて照れるなおい」
豪快な笑い声を上げながら幹人の背中を思い切り叩いていた。
「痛っ、リリ姉に言いつけてやる」
しょうもないやり取りが繰り広げられる白い部屋、帰ってこないリリ、何も分からない状況だったが、アナの知力の頼りなさだと見ても分からないかも知れない。
「おいお前今めっちゃ失礼なこと思っただろ」
顔に書いてあったぞ、そう付け加えて言葉で幹人を刺していた。痛い所を突く発言に慄きながらも心は明るく笑っていて、部屋の中は窓から差し込む光以上の輝かしい雰囲気に包まれていた。今のアナはこの部屋の太陽のようだった。笑顔のまま過ごしていたところに新たな乱入者が迫ってきた。
「ふたりとも楽しそうにいちゃいちゃなんかして、リリさんに言いつけてやろうかしら」
ふたりして声の方へと顔を向ける。そこに待っていたのはふたりの一体感に対する嫉妬を影に滲ませながら立つリリの姿だった。
「アナ、幹人が起きたら朝ごはんって言ったでしょう」
「わりわり、コイツいじるのが楽しくてつい」
頬を膨らませ、不満の色を漂わせながらリリは続ける。
「とりあえず朝ごはんに行くよ、リズにいつまでもぬいぐるみのフリさせて席を取らせるのもかわいそうだろう?」
それは何たる苦痛の所業だろう。きっと痒い所を掻くことも許されず、目の前の美味に手を伸ばすことも禁忌とされ、永遠にも思える我慢を強いられているのだろう。誰かの可愛い持ち物に化け続ける。あんまりだった。
「今すぐ行こう、早く着替えるから」
途端、ふたつの視線は素早くひとつに集められた。注目、スターのような気分などとおどけた言葉を宙に舞わせる余裕すらなく、幹人の目は思い切り見開かれていた。
「ふたりとも……どうしたの」
「さあさあキミよ、早く着替えるんだ。旅のお伴がお着替え観察をお望みなのさ」
「同じくらいの歳の男の身体は見たことないな」
これが性的な欲求を向けられた者の気持ちなのだろうか。嬉しさなどなく、恥ずかしくて苦しくて、今まで向けられ見つめ味わってきた性的な想いとは違って少しばかり不快。オンナから向けられるむき出しの想いはきっとこれまでに幹人が誰かに向けていたものなのだろう。これまで陰からならばとひっそりと抱いて気づかれないように慎重に向けてきた邪な感情たちを思い返して深く反省していた。
――ごめんなさい、本当にごめんなさい
そうした反省を内で繰り返しつつも己の外では外に出ることを促していた。ほら、早く出て。イヤだ、幹人の脱ぎ脱ぎ見たい。着替えないよ、リズが待ってるよ。そのやり取りによってふたりを追い払うことに成功。素早く着替えて食堂へと向かって行った。
「ふふ、可愛いわ」
幹人の頬に手を当てて、女はスーツを突き破って垂れる幕のような翼の生えた腕を伸ばして幹人の顔に顔を近づける。
「血をもらうね、そうじゃなきゃ生きてけないもので」
そう告げて白く細い首筋に鋭い牙を当て、動きを止めた。
一度顔を離し、幹人を見つめて。
「細い首……女の子みたい」
からかっているようにも聞こえる可愛がり方、例え姿が違えども顔がよく見えなくても、その態度を取る人物の素性はお見通しだった。
「りり」
そこでまた、目は開かれた。見渡す限りの白い部屋。身体を起こすとともに目覚めの時に味わう独特な感覚がクラリと優しく襲い掛かってくる。その姿を目にしてだろうか、声をかけてくる女がいた。
「よお、しっかりねむれたか?」
そう訊ねる少女の服を見ていきなり目が覚めた。盗賊時代から眠る前までに見えていたみすぼらしさは一切残されていなかった。
「似合うだろ?」
布を重ねて作られた服、橙と白の組み合わせ。丈の短いズボンを履いていて動きやすさ満点の格好に光を受けて軽く輝く珠の付いた紐を手首にかけていた。これがこの国でよく着られる服なのだろうか。
「よく似合うだろ? 私はめっちゃスゲーくらいカワイイからなあ」
眺めるからに小綺麗な少女、特にほっそりとした脚に目が行ってしまい、辺りに沈黙が流れて充満していた。気まずさの最大点が演出され始める。あまりにも行き渡る沈黙に耐えかねた少女は感想を耳にすることなく口を開いてしまった。
「いや何か言えよ。いろいろあんだろ。ホントにカワイイねとか惚れましたとかリリから乗り換えますとか。そしたら私が初めての経験させてやるよ」
気まずさと嬉しさを混ぜたような眼を向けつつも口を開けないままでいた。
「付き合ってからの初めての大失恋ってやつをな」
想像は、見事に裏切られた。
「いやその初めてはいらねえよ」
ついつい口から出てしまう言葉、それは女子相手にはなかなか出てこないような素の口調だった。それを聞いて少女は満足げに頷いて、言葉を紡ぎ合わせる。
「よかったよかった。付き合ってからもさっきみたいに寝言でリリなんて言われたりしたらショックだし、それでいいんだ」
寝言。先ほど見ていた夢を思い返し、この晩秋には似つかわしくないほどの暑さ、茹で上がりそうなほどに強い熱を全身で味わっていた。こみ上げるものは滾る想い。表情から飛び出して、アナに見定められて、笑いの貌をお返しにいただいて。
「良い表情だ、リリに言いつけてやる!」
「やめて、ってかアナこそ良い表情してんな」
エサをもらった動物のような表情、楽しみを得た人間はこのような表情をするのだろうか、きっとこの感情に対してここまで邪気が少ない貌を見せるのは年頃の少女だとアナくらいなものだろう、そう思っていた。
「可愛いなんて照れるなおい」
豪快な笑い声を上げながら幹人の背中を思い切り叩いていた。
「痛っ、リリ姉に言いつけてやる」
しょうもないやり取りが繰り広げられる白い部屋、帰ってこないリリ、何も分からない状況だったが、アナの知力の頼りなさだと見ても分からないかも知れない。
「おいお前今めっちゃ失礼なこと思っただろ」
顔に書いてあったぞ、そう付け加えて言葉で幹人を刺していた。痛い所を突く発言に慄きながらも心は明るく笑っていて、部屋の中は窓から差し込む光以上の輝かしい雰囲気に包まれていた。今のアナはこの部屋の太陽のようだった。笑顔のまま過ごしていたところに新たな乱入者が迫ってきた。
「ふたりとも楽しそうにいちゃいちゃなんかして、リリさんに言いつけてやろうかしら」
ふたりして声の方へと顔を向ける。そこに待っていたのはふたりの一体感に対する嫉妬を影に滲ませながら立つリリの姿だった。
「アナ、幹人が起きたら朝ごはんって言ったでしょう」
「わりわり、コイツいじるのが楽しくてつい」
頬を膨らませ、不満の色を漂わせながらリリは続ける。
「とりあえず朝ごはんに行くよ、リズにいつまでもぬいぐるみのフリさせて席を取らせるのもかわいそうだろう?」
それは何たる苦痛の所業だろう。きっと痒い所を掻くことも許されず、目の前の美味に手を伸ばすことも禁忌とされ、永遠にも思える我慢を強いられているのだろう。誰かの可愛い持ち物に化け続ける。あんまりだった。
「今すぐ行こう、早く着替えるから」
途端、ふたつの視線は素早くひとつに集められた。注目、スターのような気分などとおどけた言葉を宙に舞わせる余裕すらなく、幹人の目は思い切り見開かれていた。
「ふたりとも……どうしたの」
「さあさあキミよ、早く着替えるんだ。旅のお伴がお着替え観察をお望みなのさ」
「同じくらいの歳の男の身体は見たことないな」
これが性的な欲求を向けられた者の気持ちなのだろうか。嬉しさなどなく、恥ずかしくて苦しくて、今まで向けられ見つめ味わってきた性的な想いとは違って少しばかり不快。オンナから向けられるむき出しの想いはきっとこれまでに幹人が誰かに向けていたものなのだろう。これまで陰からならばとひっそりと抱いて気づかれないように慎重に向けてきた邪な感情たちを思い返して深く反省していた。
――ごめんなさい、本当にごめんなさい
そうした反省を内で繰り返しつつも己の外では外に出ることを促していた。ほら、早く出て。イヤだ、幹人の脱ぎ脱ぎ見たい。着替えないよ、リズが待ってるよ。そのやり取りによってふたりを追い払うことに成功。素早く着替えて食堂へと向かって行った。
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