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第三幕 竜の少女を信仰する国
竜の神話
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三人の旅、あくまでも一時的なのだとリリは語るものの、その発言は幹人の信用を得るには至らなかった。
「ホントウさホントウさ」
イマイチ信用に欠けるひと言。可愛いものを全て手に入れようとでも思っているのではないだろうか。
一方アナはアナで己の過去の表層のほんのひと欠片を放り込み始めていた。
「お前らからすれば名前を付けて本名を取り戻したら自分を殺すだかなんだかみてえだけど、それなら私は自分の連続殺人犯だな!」
なぜだか目を輝かせていた。どうにも盗賊の作戦の度に名を変えていたらしい。そこまで行くともはやカメレオンのようであった。
そんな様子を微笑ましく思いつつ、ここ最近の幹人の拗ねたようにも見える貌を見てとって。リリはアナに行動の自由を与えて愛しの彼の肩をつかんで瞳を合わせる。
「安心して聞いてごらん、私はキミを愛してる」
突然始まった愛の告白。いつでも幹人の心に心地よい霧をかけようとする。そんな姿勢を保ちながらリリは続けて言葉を持ち運び優しくかけて。
「女の子相手ならいいかなと思ったけども、イケナイようだねホントウにゴメン」
落ち着きを与えるような声が落ち着かせない言葉でフワフワと包み込む。言葉だけで正気ではいられない。正気を保てなくても理解はできた。女の子相手なら、それすらも許さない窮屈なワガママを押し付けてしまっていたのだということを。
「ゴメン、俺も悪かったよ。ワガママが過ぎた」
お互い様だね、罪も半分こ。微笑みながら纏めた言葉は得も言えぬ感情の風を吹かせ、またしても心を奪い去る。魔力のない恋の魔法、必要なものは想い出と魅力だけだった。
――こっちに来てからなんだか……そうだよなあ
大切なものを教えてもらう代わりに大切なものを奪われているようで、愛しさと罪深さをこの女性から知った。本当に教わったのだろうか、気のせいだろうか、分からなくとも少なくとも、幹人自身は確実に学んでいた。
――向こうじゃこんなこと思わなかった、俺って想像力ないんだなあ
思い知らされて、悔しくて、行き場のない感情は迷い続け、心はたどり着く場所を得られないまま右往左往。この旅の終着点に幹人の自信は待っているのだろうか。分からない、知り得ない。
それを目の前の魔女に訊ねると、返ってきたのは優しさの形なのかむき出しの本音なのか、それすらも分からなかった。魔女は影を混ぜた妖しい笑みを浮かべて下を向き、やがてはまじめな貌を見せて、耳元で地声交じりに囁いた。
昨日を思い返してごらん。変わっていたら前に進んでいる証だから。
この魔女にも正しい道は分からなくて、人様の異なる感情たちの理解には頭をひねる。完璧な自信など愚か者の持つもので、それでも必要なだけの自信もあって。どうしても足りないのだというのなら。
「この旅の中で、拾って行って」
そのような意味の言葉を贈られたのだった。
その旅は今もなお、時計が進む中でゆっくりと続けられていた。人は止まれど時は進む。止まっている時間が勿体ない、そう感じていた。
ふたり仲良く並んで歩く。レンガを敷き詰めた港町、海へと続く道の両脇はテントの屋根によって様々な色を咲かせていた。
「さあ、お昼の時間ですよ」
何を食べよう、見て回っては迷っていた。恐らくは近くで獲れたと思しき魚を串に刺して焼いている爽やかな短髪の男が手招きをしていた。橙色のテントの下では鍋でなにかの肉を煮込んでいる男がいた。リリの目に看板の文字は正しく映っているのだろうか。竜肉の煮込み、そう伝えられた。耳を疑う言葉。あの大きくて凶暴なトカゲの肉。想像するだけで漂う香りがゲテモノ料理のものへと変貌を遂げたのだった。
「嘘だと言ってくれ……大嘘ですよって」
更に信じられない光景を目にしてしまった。竜肉の煮込みをさぞ美味しそうに頬張る人物に焦点を当てると分かってしまった残念な事実。
――アナがドラゴン食べていらっしゃるよ
満足感あふれる笑みと共に噛み締め心の底から味わっていた。
「ウメェ、これまで食った肉の中でもすっげーウメェよ」
なんと絶賛していた。肉を煮込みかき混ぜる男にキラキラギラギラ爛々と、一つの感情を様々な色彩で輝かせた眩しい目を向けて問いかける。
「なあなあどうやったらこんなにウマいのが作れるんだ? 教えてくれよ」
幼く見える少女の問いに優しい表情で答える男。その表情はとても生き生きして見えた。
「嬢ちゃん可愛いから今使ってるのと昔のレシピ、両方やるよ。比べてみて」
サンキュー。そう伝えて二枚のレシピを見比べて、目を見開き思わず大声を上げていた。
「調味料の数がハチャメチャ増えてんじゃねえか」
スゲー、と思わず口に出していた。男の口から語られること、昔と違って交易が盛んになったのだという。
「相変わらず都市部以外の識字率は低いけどね」
ここに来ても尚実感させられること。幹人は驚きに浸っていた。教育を満遍なく行き届かせることはとても困難なことなのだという事実をひしひしと感じていた。
男は語り続ける。昔のものを引き継ぎつつも新しいものを作り上げること。それこそが大切なことなのだ。竜の少女の信仰と入れ替わり立ち代わるように廃れてしまった竜の神話のようになってはならないのだということ。
「牙をむいて自ら滅ぼした信仰だろう、このトカゲがよ」
アナが特に意図せずに聞き入れた情報たち、ふたりはもちろん取り逃すことなく何もかもを耳に入れ、頭に叩き込んだ。
「ホントウさホントウさ」
イマイチ信用に欠けるひと言。可愛いものを全て手に入れようとでも思っているのではないだろうか。
一方アナはアナで己の過去の表層のほんのひと欠片を放り込み始めていた。
「お前らからすれば名前を付けて本名を取り戻したら自分を殺すだかなんだかみてえだけど、それなら私は自分の連続殺人犯だな!」
なぜだか目を輝かせていた。どうにも盗賊の作戦の度に名を変えていたらしい。そこまで行くともはやカメレオンのようであった。
そんな様子を微笑ましく思いつつ、ここ最近の幹人の拗ねたようにも見える貌を見てとって。リリはアナに行動の自由を与えて愛しの彼の肩をつかんで瞳を合わせる。
「安心して聞いてごらん、私はキミを愛してる」
突然始まった愛の告白。いつでも幹人の心に心地よい霧をかけようとする。そんな姿勢を保ちながらリリは続けて言葉を持ち運び優しくかけて。
「女の子相手ならいいかなと思ったけども、イケナイようだねホントウにゴメン」
落ち着きを与えるような声が落ち着かせない言葉でフワフワと包み込む。言葉だけで正気ではいられない。正気を保てなくても理解はできた。女の子相手なら、それすらも許さない窮屈なワガママを押し付けてしまっていたのだということを。
「ゴメン、俺も悪かったよ。ワガママが過ぎた」
お互い様だね、罪も半分こ。微笑みながら纏めた言葉は得も言えぬ感情の風を吹かせ、またしても心を奪い去る。魔力のない恋の魔法、必要なものは想い出と魅力だけだった。
――こっちに来てからなんだか……そうだよなあ
大切なものを教えてもらう代わりに大切なものを奪われているようで、愛しさと罪深さをこの女性から知った。本当に教わったのだろうか、気のせいだろうか、分からなくとも少なくとも、幹人自身は確実に学んでいた。
――向こうじゃこんなこと思わなかった、俺って想像力ないんだなあ
思い知らされて、悔しくて、行き場のない感情は迷い続け、心はたどり着く場所を得られないまま右往左往。この旅の終着点に幹人の自信は待っているのだろうか。分からない、知り得ない。
それを目の前の魔女に訊ねると、返ってきたのは優しさの形なのかむき出しの本音なのか、それすらも分からなかった。魔女は影を混ぜた妖しい笑みを浮かべて下を向き、やがてはまじめな貌を見せて、耳元で地声交じりに囁いた。
昨日を思い返してごらん。変わっていたら前に進んでいる証だから。
この魔女にも正しい道は分からなくて、人様の異なる感情たちの理解には頭をひねる。完璧な自信など愚か者の持つもので、それでも必要なだけの自信もあって。どうしても足りないのだというのなら。
「この旅の中で、拾って行って」
そのような意味の言葉を贈られたのだった。
その旅は今もなお、時計が進む中でゆっくりと続けられていた。人は止まれど時は進む。止まっている時間が勿体ない、そう感じていた。
ふたり仲良く並んで歩く。レンガを敷き詰めた港町、海へと続く道の両脇はテントの屋根によって様々な色を咲かせていた。
「さあ、お昼の時間ですよ」
何を食べよう、見て回っては迷っていた。恐らくは近くで獲れたと思しき魚を串に刺して焼いている爽やかな短髪の男が手招きをしていた。橙色のテントの下では鍋でなにかの肉を煮込んでいる男がいた。リリの目に看板の文字は正しく映っているのだろうか。竜肉の煮込み、そう伝えられた。耳を疑う言葉。あの大きくて凶暴なトカゲの肉。想像するだけで漂う香りがゲテモノ料理のものへと変貌を遂げたのだった。
「嘘だと言ってくれ……大嘘ですよって」
更に信じられない光景を目にしてしまった。竜肉の煮込みをさぞ美味しそうに頬張る人物に焦点を当てると分かってしまった残念な事実。
――アナがドラゴン食べていらっしゃるよ
満足感あふれる笑みと共に噛み締め心の底から味わっていた。
「ウメェ、これまで食った肉の中でもすっげーウメェよ」
なんと絶賛していた。肉を煮込みかき混ぜる男にキラキラギラギラ爛々と、一つの感情を様々な色彩で輝かせた眩しい目を向けて問いかける。
「なあなあどうやったらこんなにウマいのが作れるんだ? 教えてくれよ」
幼く見える少女の問いに優しい表情で答える男。その表情はとても生き生きして見えた。
「嬢ちゃん可愛いから今使ってるのと昔のレシピ、両方やるよ。比べてみて」
サンキュー。そう伝えて二枚のレシピを見比べて、目を見開き思わず大声を上げていた。
「調味料の数がハチャメチャ増えてんじゃねえか」
スゲー、と思わず口に出していた。男の口から語られること、昔と違って交易が盛んになったのだという。
「相変わらず都市部以外の識字率は低いけどね」
ここに来ても尚実感させられること。幹人は驚きに浸っていた。教育を満遍なく行き届かせることはとても困難なことなのだという事実をひしひしと感じていた。
男は語り続ける。昔のものを引き継ぎつつも新しいものを作り上げること。それこそが大切なことなのだ。竜の少女の信仰と入れ替わり立ち代わるように廃れてしまった竜の神話のようになってはならないのだということ。
「牙をむいて自ら滅ぼした信仰だろう、このトカゲがよ」
アナが特に意図せずに聞き入れた情報たち、ふたりはもちろん取り逃すことなく何もかもを耳に入れ、頭に叩き込んだ。
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