異世界風聞録

焼魚圭

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第二幕 時渡りの石

王の剣

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 王がその部屋を去ってからどれだけの時が去って行ったことだろう。ふたりは静寂に見守られ続けていた。言葉を発そうにも雰囲気に気おされてなかなか言うことのできる言葉も残っていなくて。
 人々の想いも意思も関係なくただただ流れるままに走り去る時はやがてことを動かした。王が戻ってきた。なにやら立派な剣をそのごつごつとした手に持って。鍔に散りばめられた宝石たちはガラスすらなき窓から差し込む日差しを受けて削られた身に当たった光を反射していた。
「この剣にはかなり強い力が宿っているのだそうだ」
 かなり古い物であるにもかかわらず、長くの時を過ごしたと呼ばれるほどの年季が入った様子は見受けられなかった。縛られるように緊張していたふたりはようやく動き始めた。
「それよく見せていただけないかな」
 剣の元へと歩みより跪く。
「跪く者は敗北を認めた者だけだ」
 必要性を感じられない指摘。お偉い人物の礼儀や風習、敗北の証など知った話ではなかった。リリは剣の軽く錆びついた身体に触れて、瞳を閉じる。剣から漂うものをそのまま伝えてみせた。
「とても凝った装飾ね。王と呼ばれる身分に大層お似合いでしょうとも、ところでこれ、いつ頃に打たれたものかしら」
 王に似合う、それを聞いて明るい顔を咲かせていた。太陽の光よりも眩しく感じられて、ふたりは目を細める。その一方で王は説明を始めた。
「だろう? これは250年前に作られたものなんだ」
 幹人としては深い歴史を感じられる貴重なもののように思えた。リリは首を傾げて、しかしすぐさま王にも負けない明るい顔を顕現させていた。
「そうね、すごく凝った装飾と上質な鉄、手入れも行き届いていていつでも戦えそうね」
 途端、王の表情に陰が入る、瞳には闇がさした。
「評価は光栄、しかしながら問題があってな」
 そこから説明される話、かつてこの王都を王都として建てるべくひとりの男が立ち上がったのだという。剣を振るい、強大な力を使ってこの地を支配する悪人を討ち、この地の王として君臨したのだという。
「なるほど、そのような伝承があるのね」
 伝承、二百年かそこらの浅い物だが『王の君臨』と呼ばれて今でも民の間では王への信仰の証となっているのだそうだ。
――まるで自身の活躍を大袈裟に語ったみたいな話だなあ
「おどろおどろしい、王様の流した逸話だろ」
 幹人の口からついつい出てしまった言葉、事実の確認すら行わずに言ってしまった。ここは魔法が実在する世界なのだということを思い返して慌てて口を塞ぐものの、流れた言葉をなかったことになどできるはずもなかった。
「そうだな、そう疑う気持ちも大切だ。ありもしない魔法やなんだかに権力の存在を委ねているだけかもしれないからな」
 救われた、幹人は確実に王の余裕と器の大きさに救われていた。涼しそうな笑みを浮かべる王に対して隣りでは見えない顔を押さえて笑う魔女の姿があった。その貌は、見るまでもなく幹人の目には透けて見えていた。
「くくっ、いいねキミは」
 リリが笑っている。理由は低俗にも程があるものでしかなかったが笑顔を向けている。もうそれだけで充分、想いは充たされていた。
「で、剣を出した理由は? なにかあるんだろう」
 リリの訊ねに返す答えは驚きのものだった。
「力の引き出し方、おれはそれが知りたい」
 その姿勢は見間違えることもない、本気なのだ。そこからふたりにある使命が与えられる。
「やはり先代の王に頼る、実際に見てみるしかないと思うんだ」
 なんということか、この都の王は旅行者ですらこき使うことが出来ると思い込んでいるようだった。
「時渡りの石、それを探し出して俺にくれないか」
 目に加えられた圧はあまりにも重たくて苦しいもので幹人の目は気が付けば逸れていた。そこから重ねられる言葉もまた、あまりにも自分勝手。まさに王の人生そのものだった。
「俺は忙しくて探す暇もない。だからお前らに頼むんだ」
 大きなため息ひとつ。リリは質問を与えてみることにした。
「なら、報酬をいただかなければならないね。なにを下さる? 王ともあろう者が支払うものもありません、なんてことはないでしょう?」
 返答は息を吸うように返ってきて、その内容にリリはまたしても大きなため息をついていた。
「報酬? 王様の頼みで働くことが出来たという誇り、それが最高の報酬だろう」
 無賃労働、やりがい搾取、ボランティア精神、どれだけ考えても幹人の頭から日本人の黒々とした言い訳が抜け落ちてはくれなかった。表情の微かな変化にも気が付いてしまう魔女、幹人のことを普段からそれだけ見ているのだろう。そんなリリは王に対して仮面から覗く目だけで笑って見せた。
「なるほど、確かに素敵な報酬ね」
 なぜか行われる同意、幹人には理解が及ばなかった。
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