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第二幕 時渡りの石
無実
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レンガの建物の開いた口に飲まれるように入る6人。あの男は別の時間なのだろうか。
「そういえば取り調べの対象のひとりが見当たらないのだけど、もしかして名誉市民は無罪に出来るのかな」
もっともな質問が仮面越しに飛んできた。騎士たちは感心して納得した様子で回答を進呈した。
「初めていい質問をしたな、敵かも知れないやつらを同時に運ぶのは避けたいだけだ」
騎士が初めて生を感じさせる調子で答えていた。リリは彼らにとってついつい感情を出して答えたくなるような問題児だったのだろうか。放り込まれた感情は呆れのひとつだけだったのだから。
「騎士と取り調べ相手ともうひとりの取り調べ相手、下手したら全員敵で大乱闘だもんね」
幹人の加えた言葉にこの行為の真理が見抜かれていた。最悪の場合、全員での争い殺し合い、逃げるための抵抗が始まってしまう。厄介ごとだけは避けたかった。
「あの男は酷い抵抗の様だ。あれが一瞬の隙をついてお前らまで解放してひとりどころか全員で逃げる可能性もあるからな」
初めから慎重なだけ、建物の中は花のひとつも飾られておらず、ただ広いだけで人も通らないあまりにも寂しい廊下が伸びているだけだった。
騎士は入ってすぐ隣りの部屋にいる受付にこれから行われる取り調べについて説明していた。それからわずかな沈黙を挟んで降りた許可確認。騎士たちはそれぞれに捕らえている人物の背中を押した。
「進め」
導かれるままに進められる足。廊下の奥へと吸い込まれるように進み、開きっぱなしの口の中へと入っていった。
奥では小部屋が広がっていて大きめのレンガのテーブルが置いてあった。レンガの椅子に各々座らされて騎士は口を開いた。
「それでは取り調べを始める」
感情を出さない騎士。仕事の顔は強く硬く、なかなか砕けないようだった。それを一瞬だけと言えど緩めることが出来たリリに感心しつつ、今は無罪を主張することに全力を尽くす。
「何故貴様らはあの男と一緒にいた」
幹人の方へと一瞬だけ目を向けてリリは口を動かした。
「私たち、宿を探していたの。つい昨日ここに来たばかりの旅行者なので値段があんなにも高いなんて知らなくて、せめて出来る限り安い宿を探して」
おかしなところはあっただろうか、吟味するものの、リリの言葉からはなにもつかみ取らなかったようで騎士は無言で一度頷いた。
「この都市はどうやら人の住居の場所が決まってるようじゃないか」
「ああ、そうだな」
騎士からの賛同をいただいた時点でもうそれは紛れもない事実、公お墨付きの情報だった。
「人々が仕事から帰る時に流れる列、それとはまったく違った動きを見つけてね、気になってふたりで追いかけたわけなの」
騎士は紙に文字を書いていた。煤を熔かした水を棒に浸して書く、つけペンのような物。
――一言一句間違えずに書いてるんだろうなあ
それを想うだけで憂鬱な気分にしっかり肩まで浸かることが出来るのであった。
「ほらほら、私たちの言葉が歴史に残るよ、なにか言ってやればいいさ」
本気か冗談か、リリは微笑んでそのような言葉を出していた。
「余計なこと言ったらそれも書き留められるんだろ?」
――しまった
出来る限りなにも残したくなかった幹人、その些細な失敗を歴史上の資料のひとつとして残してしまってうなだれていた。よりにもよって『会話』を残してしまったのだ。騎士の動かす手によってこの瞬間に残されてしまったのだ。
幹人の個人的な感情などお構いなしに取り調べは進み続ける。
「どうしたものか、気になった私たちははみ出し者を追いかけた。心配だったよ、なにせ物騒なうわさ話も耳にしていたから」
人が帰ってこない、そのようなことまで知っている旅行者に騎士は驚きを見せつつも感心して言葉を書き留め続けた。
「で、見つけたそこは変哲もない王都の石の床だったわけさ。開かれたそこに待つものにあらあらびっくり、地下室が広がっているではありませんか」
「昨夜から朝までの調査の結果確かにあったな」
無機的な抑揚で返ってきた返答。騎士の声を聞く度に幹人の体中を得体のしれない心配が駆け巡っていた。
「で、そこで語学を教えてもらっていたのさ。あまりにも博識だったもので教師かと思っていたしまさか教師が法を犯してまで地下室を作るとは思わなかったんだ」
「つまり我々が王都の大切な地をくりぬいてまで住居を作ることを許したとでも?」
騎士から漂う殺気のようなもの、それは兜越しであるにも関わらずひしひしと伝わってきた。一方でリリに関しては仮面越しで何を想っているのか、しばらく一緒にいたはずの幹人でさえもいまいち理解が及んでいなかった。
「私たちは旅行者。これまで様々なものを見てきたの。その中で研究のために敢えて地下に実験室を作る国もあったのさ。あの部屋にも薬品が多かったから日中は実験していたものとばかり」
「まあ落ち着きなさい、貴様らの言い分は分かった。確かに旅行者ならそう思ってもおかしくはないな」
――見事すぎるでっち上げだよリリ姉
そう訴えることも叶わず、というよりはふたりの身が大事だと言ってなにもツッコミは入れられず、嘘は嘘のまま隠し通したまま取り調べは続けられて行った。
「男はいろいろと教えてくれた、でもね、見返りに性的なものを求めてきたのさ」
正しくはリリの誘惑によって教えをいただいた。そうした嘘を重ねて塗り固めて途中から嘘ばかりが積み上げられて行った。
「で、相手は乱暴な手段に出たのさ。薬品まで使ってきたから魔法で跳ね返したらほら、御覧の通り」
それらの言葉でホラ、吹き続けたようだ。騎士による取り調べは無事に終わり、ふたりの身は特に何かをされることもなくすぐさま解放された。
「そういえば取り調べの対象のひとりが見当たらないのだけど、もしかして名誉市民は無罪に出来るのかな」
もっともな質問が仮面越しに飛んできた。騎士たちは感心して納得した様子で回答を進呈した。
「初めていい質問をしたな、敵かも知れないやつらを同時に運ぶのは避けたいだけだ」
騎士が初めて生を感じさせる調子で答えていた。リリは彼らにとってついつい感情を出して答えたくなるような問題児だったのだろうか。放り込まれた感情は呆れのひとつだけだったのだから。
「騎士と取り調べ相手ともうひとりの取り調べ相手、下手したら全員敵で大乱闘だもんね」
幹人の加えた言葉にこの行為の真理が見抜かれていた。最悪の場合、全員での争い殺し合い、逃げるための抵抗が始まってしまう。厄介ごとだけは避けたかった。
「あの男は酷い抵抗の様だ。あれが一瞬の隙をついてお前らまで解放してひとりどころか全員で逃げる可能性もあるからな」
初めから慎重なだけ、建物の中は花のひとつも飾られておらず、ただ広いだけで人も通らないあまりにも寂しい廊下が伸びているだけだった。
騎士は入ってすぐ隣りの部屋にいる受付にこれから行われる取り調べについて説明していた。それからわずかな沈黙を挟んで降りた許可確認。騎士たちはそれぞれに捕らえている人物の背中を押した。
「進め」
導かれるままに進められる足。廊下の奥へと吸い込まれるように進み、開きっぱなしの口の中へと入っていった。
奥では小部屋が広がっていて大きめのレンガのテーブルが置いてあった。レンガの椅子に各々座らされて騎士は口を開いた。
「それでは取り調べを始める」
感情を出さない騎士。仕事の顔は強く硬く、なかなか砕けないようだった。それを一瞬だけと言えど緩めることが出来たリリに感心しつつ、今は無罪を主張することに全力を尽くす。
「何故貴様らはあの男と一緒にいた」
幹人の方へと一瞬だけ目を向けてリリは口を動かした。
「私たち、宿を探していたの。つい昨日ここに来たばかりの旅行者なので値段があんなにも高いなんて知らなくて、せめて出来る限り安い宿を探して」
おかしなところはあっただろうか、吟味するものの、リリの言葉からはなにもつかみ取らなかったようで騎士は無言で一度頷いた。
「この都市はどうやら人の住居の場所が決まってるようじゃないか」
「ああ、そうだな」
騎士からの賛同をいただいた時点でもうそれは紛れもない事実、公お墨付きの情報だった。
「人々が仕事から帰る時に流れる列、それとはまったく違った動きを見つけてね、気になってふたりで追いかけたわけなの」
騎士は紙に文字を書いていた。煤を熔かした水を棒に浸して書く、つけペンのような物。
――一言一句間違えずに書いてるんだろうなあ
それを想うだけで憂鬱な気分にしっかり肩まで浸かることが出来るのであった。
「ほらほら、私たちの言葉が歴史に残るよ、なにか言ってやればいいさ」
本気か冗談か、リリは微笑んでそのような言葉を出していた。
「余計なこと言ったらそれも書き留められるんだろ?」
――しまった
出来る限りなにも残したくなかった幹人、その些細な失敗を歴史上の資料のひとつとして残してしまってうなだれていた。よりにもよって『会話』を残してしまったのだ。騎士の動かす手によってこの瞬間に残されてしまったのだ。
幹人の個人的な感情などお構いなしに取り調べは進み続ける。
「どうしたものか、気になった私たちははみ出し者を追いかけた。心配だったよ、なにせ物騒なうわさ話も耳にしていたから」
人が帰ってこない、そのようなことまで知っている旅行者に騎士は驚きを見せつつも感心して言葉を書き留め続けた。
「で、見つけたそこは変哲もない王都の石の床だったわけさ。開かれたそこに待つものにあらあらびっくり、地下室が広がっているではありませんか」
「昨夜から朝までの調査の結果確かにあったな」
無機的な抑揚で返ってきた返答。騎士の声を聞く度に幹人の体中を得体のしれない心配が駆け巡っていた。
「で、そこで語学を教えてもらっていたのさ。あまりにも博識だったもので教師かと思っていたしまさか教師が法を犯してまで地下室を作るとは思わなかったんだ」
「つまり我々が王都の大切な地をくりぬいてまで住居を作ることを許したとでも?」
騎士から漂う殺気のようなもの、それは兜越しであるにも関わらずひしひしと伝わってきた。一方でリリに関しては仮面越しで何を想っているのか、しばらく一緒にいたはずの幹人でさえもいまいち理解が及んでいなかった。
「私たちは旅行者。これまで様々なものを見てきたの。その中で研究のために敢えて地下に実験室を作る国もあったのさ。あの部屋にも薬品が多かったから日中は実験していたものとばかり」
「まあ落ち着きなさい、貴様らの言い分は分かった。確かに旅行者ならそう思ってもおかしくはないな」
――見事すぎるでっち上げだよリリ姉
そう訴えることも叶わず、というよりはふたりの身が大事だと言ってなにもツッコミは入れられず、嘘は嘘のまま隠し通したまま取り調べは続けられて行った。
「男はいろいろと教えてくれた、でもね、見返りに性的なものを求めてきたのさ」
正しくはリリの誘惑によって教えをいただいた。そうした嘘を重ねて塗り固めて途中から嘘ばかりが積み上げられて行った。
「で、相手は乱暴な手段に出たのさ。薬品まで使ってきたから魔法で跳ね返したらほら、御覧の通り」
それらの言葉でホラ、吹き続けたようだ。騎士による取り調べは無事に終わり、ふたりの身は特に何かをされることもなくすぐさま解放された。
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