異世界風聞録

焼魚圭

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第二幕 時渡りの石

夜明け

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 目を開けば空は笑っていた。ふたりがこれから向かう先は決して明るくはないが構わず青空は爽やかな笑顔を浮かべ続ける。
「正直に言えばきっと救われるさ」
 リリはそう言うものの、全てを正直に話してしまっては今回目指す勝利には確実にたどり着くことなどできない。そればかりは分かり切ったことだった。
「でも俺たちフツーに違法行為した異邦人なんだけど」
 間違いはなかった。少しばかり流れる沈黙、リリが次に発した言葉は激しい方向転換だった。
「そうだね、やっぱ嘘ついて完全に有利になるよう持ってくとしようかな」
「舵切るの早すぎるよ」
 しかし、切られた舵を元に戻すことなどできやしない。男には悪いがという形だけの言葉で実行することを決めたのだった。
 それから幾程の時が過ぎ去っただろう。四人の騎士が近づいて来る様を目にして慌てて木の仮面を被って幹人を抱き寄せる。騎士たちは目の前で立ち止まって鍵を差し込んだ。鉄格子は開かれて廊下と牢屋の境界線は失われ、道は開かれる。牢屋の中のふたりはそのまま連れられて必然の運命へと進みゆく。ひとりを連れるために腕を掴むふたりの騎士。反抗は当然防がれていた。
「騎士のおふたりさん、訊きたいことがあるのだけど」
 このような状況であるにも関わらず質問を飛ばそうとするリリに呆れを覚えつつも、自分たちの置かれている立場を知るためには必要なことだと感心を抱く。
「あの牢屋はさ、確か向こうの街の鍛冶技術で作られたものじゃなかったかな」
 頭の中の全てが呆れに支配されていた。
――全く関係ない話だった!
 心の叫びをこの世に示してしまわないように気を引き締めて口を結んで声を言葉を仕舞ってしまう。
 右側の騎士が答える。
「ああ、そうだが」
 感情のひとつも感じさせない無機質な鎧に兜、言葉も声も何もかもが生を感じさせない仕事仕様の事務模様。ただ与えられた業務をこなすだけでまさに公の飼い犬のよう。もしかすると公に糸を引かれた操り人形と呼んだ方が正しいのかもしれない。
 こんな生きた心地すら与えてくれない牢屋に罪人になる前から一晩も放り込んでおいて次はどこへやら。放った言葉への反応などなにひとつなく、リリの口からは新たな言葉が現れる。
「で、罪人研修の後はどこへと向かうことやら、お答えいただけない?」
 リリが日頃から口にするようなものではなにを言おうともその口がふさがれることはなく、挑発のひとつやふたつで腰の鞘に納まる剣を引き抜かれることもない。そういった行動の全てが無駄なのだと教え込まれてでもいるのだろうか。訓練の質、練度に無駄がない。遊びの部分のない機械のようにすぐにでも壊れてしまいそうな印象を受けていた。もしかすると既に現実と仕事に酷使され続けて叩かれ続け、壊れ始めているのかもしれない。
 運ばれて向かわされた先、そこはレンガが隙間なく敷き詰められた背の低い建物。
「なるほど……あれは王都から出る船で海を越えた先に待ち構える竜の国『ドラゴニクス王国』の技術かな」
 リリの呟きから幹人が次に通るであろう国が想定されていた。この国を生きて出ることができればの話ではあるが。
「近隣国との交易で技術を仕入れる。基本だね」
 基本だね、その言葉はあくびをかみ殺しながら出てきたもので、つまりは不満なのだろう。
「もっと派手に鎖国中の日本から技術盗みました、とかあってくれてもいいだろうに」
 求めるものがえらく物騒だった。この魔女はいったいどこを目指しているのだろう、きっと不和が楽しい、もめごとを眺めることが退屈しのぎ、など悪い癖の一角をちらりと表しているのだろう。
――やっぱり違う人間なんだ
 心の底が黒い人、そうした部分には触れたくなくて、リリにはそうあってほしくなくて、しかしどうしても垣間見えてしまったイヤなものが膨れ上がってきて幹人はリリのことを好きであり続けたとしても、全てを愛し続けられる自信がなかった。
「どうしたの? 顔色が優れない、よろしくないね。よろしい、騎士さんに言ってみようかな」
 すぐ隣りにいる騎士たちの耳には確実に届いていた。聞き届けた上で今この反応なのだろう。彼らはなにも話さなかった。
「私の彼が気分悪くしてるのに、死んだらどう責任取ってくれるの!」
――ちょっ!
 目と口を開き、手を動かそうにも騎士に捕まれ動けず取り乱すリリの様子は確かに本物で、幹人の中にて広がり続けていた影は強く大きくなっていたのが嘘のように引いて消えて行った。
「リリ姉、俺は大丈夫だから」
 その言葉と共に笑顔を見せつけて。リリの表情もまた緩んでいった。
「よかった、キミが無事でなけりゃとてもじゃないけど無実を訴える声すら上がらないとこだった」
 これがリリ、今はそれでいい。そう結論をつけて再び運ばれて行った。
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