異世界風聞録

焼魚圭

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第二幕 時渡りの石

宿

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 王都へと入ったふたり、その服装は周囲のものと比べてあまりにも目立つもので存在そのものが別の世界の住民らしさを感じさせた。
 しかしながらそんなふたりを物珍しいものを見るような眼を向けるわけでもなく、忌避するわけでもなく。まるで異国の民などもう慣れた、そのような態度を見て取った。
「忍び込みは成功、あとは宿が欲しいね」
 幹人はただ一度だけ頷いた。
「幹人にとっては久々じゃあないかい? ちゃんとした宿」
 そう、幹人にとっては久々のまともな寝床だった。床に干し草を敷き詰めて寝ていたリリの家、汚れを防ぐためだけの薄い布を敷いて硬すぎる床で寝ていた村。今の今までの経験で元の世界のような普通の寝床がいかに普通でなくて感謝すべき文明の賜物だったのか、身に染みて実感していた。
「ああ、故郷のような安心感、そのゆりかごと一緒に旅がしたい」
 まだ入ることができたわけでもないにも関わらず、すでに感謝を重ねている幹人の頭を撫でながらリリは言う。
「問題は銅貨で入ることが出来るかどうか」
 そこから重ねて言葉を伝えこむ。
「宿が取れたとして、出来ることなら一泊二日のお手軽さんで済ませたいところだけども」
 さらに言葉は重ねられた。
「そう簡単に王都立図書館に忍び込めるとも思えないものでね」
 王都立、あまりにも圧の高い言葉から幹人もリリと同じく入口の大変分厚い警固としつこい程の中の見回り警護、書物によっては知識を封じ込める厳重な鍵を想定していた。
「大変だなあ、気が重い」
 勘ではきっと違う、時間移動ではなくて空間移動が必要、そうだと分かってはいた。つまり初めから徒労でしかなくて、気が進まないものだった。
 しかし空間の移動の道具などはあるのだろうか、好奇心は口を閉じるという行為を殺した。
「リリ姉に訊きたいことがあるんだけど」
「はあい、お好きにどうぞ、啓蒙しましょ、そうしましょ」
 明らかに楽しそうに言ってのけるリリに、質問を放り込んだ。
「時渡りの石だっけ? なんだか時渡りなんて言われたらボールを投げてモンスターを捕まえるゲームの古いやつを思い出すんだけど、それはいいや。時を渡れるなら空間を渡る道具はあったりしないの?」
 これもまた例のゲームからの繋がり、宇宙の構成の時間と空間、それを司る二体の神だっているじゃあないか、そう、あくまでも年頃の少年が懐かしみながらの連想とたまたまそれに重なるような言葉と状況がでてきたのなら、やはり訊いてみるほかなかった。
「空間? 普通にそこらに一瞬で飛んでいけるもの? 知らないねえ」
 そこからの予定外、逆にリリからの質問が飛んできた。
「もしかして未来ではそういった便利なものでもあるのかしら」
――元の世界では魔法すらないよつまらない現実があるだけだよ
 言えるはずもなかった。
「ううん、一応作り物のお話の世界ではよく今いるところとは違う世界とか同じ姿はしてるけど『もしも元々自分がいなかった世界だったら』とかそういうのはたくさんあるよ」
「ふうん、芸術を営む都市でやる歌劇みたいなのがたくさんあるのね……羨ましい」
 嫉妬、それを持ったまま話題は過去のものとなって宿を探しに行く。初めに見つけた宿の戸を数回叩いて待つ。開かれた戸の向こうに待つ人物に話を聞くと一泊金貨三枚。
 頭を下げて立ち去って、他の宿も巡るはよいがどこもかしこも金貨を二枚から六枚いただくとのことだった。
「ああ、盗賊のことで値上げが激しい」
 嘆きながら今でも安い宿を探して人々に尋ねて回ること三時間、ついに王都での出来事に進展があった。
「あそこの異邦の貧乏人、宿無いらしいぜ」
――噂になっている!?
 驚く幹人は隣りの魔女に耳打ちした。
「それはそれは、いい手段じゃないかい? さっすが私の大好きなキミ」
 そういうや否やふたりして地に手をつき道行く人々に懇願を始めた。
 そうすること10分、なんと、親切な女が顔を上げるように伝えて話し始めた。
「ごめんなさい、村の人たちがここに一時期無償で住んでたせいか私たちの生活が少し苦しくなってしまって……旅行者から巻き上げる政策が出たから」
 そう、盗賊の騒動は確実に王都の経済を殴り壊しにかかっていた。立ち去った今でも尚爪痕などではなく進行中、影響は遅れてやってくるのだ。
「で、効率よく徴収するために宿以外の建物に他人を泊めるのは禁止されてるの。ごめんなさい」
 それからは女の愚痴を聞かされていた。友達とお泊り会ができないだの仕事仲間がカレシの家に泊まろうとしたのを騎士に見られて連行されたらしく姿を見かけなくなったといった住民ならではの話から数人の住民がよく消える、きっと王都によって無償で働かされているといった確証のない話に無料で泊まっていたという村人のひとりが去り際に犬を数匹買ったらしいという噂、そんなに金があるのなら、そう付け加えられた生きた愚痴を聞かされていた。
「ごめんね、暗い話ばかりで、本当にごめんね」
 女は立ち去る。残されたふたりは人の流れからも同じように取り残されていて、周囲から切り離されて流れるしばらくの沈黙をリリが打ち破る。
「簡単な愚痴が大勢でいらっしゃるくらいには幸せなのね、この街」
 幹人の元の世界のことを言っているようにも感じられて実に耳の痛い話だった。
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