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第二幕 時渡りの石
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不思議なこと、実に不思議なこと。幹人とリリは何故か自身で糸の材料である生物を探す羽目になっていた。なぜだろう、どうしてだろう。
「リリ姉、どうしてこうなったんだろうね」
むなしい言葉にリリはただ頷くほかなかった。
☆
それはまだまだ太陽が空を歩き昇りつめた時間の話だろうか。ふたりで済ませた簡単な昼ごはん。その時の会話。
幹人は特に深く考えたわけでもない言葉を軽く口にする。
「リリ姉って好きな食べ物はある?」
リリもまた、特に考えるわけでもなく軽く言葉を返す。
「そうだね、私が好きなもの」
ほんの少しだけの沈黙をおいて、答え始めた。
「飲み物にはなるけれど霧に覆われし眠らぬ国、その隣りにある少し洒落たところで生産されてるのだけど、ブドウを使ったあの赤い液体がすごくよかったかしら?」
ワインだよ、それワイン。そう言いたくなる気持ちを抑えてリリの言葉の続きを聞いていた。
「飲んだら体が温かくなってすごく軽い気持ちになれて気持ちがいいの」
優雅な佇まいで酔うほどに飲む姿、幹人の中で想像が掻き立てられていた。
「ただ気持ちがいいからとたくさん飲んだらそのあとの記憶がなくなってしかも次の日頭が痛くて気持ち悪くなるの、あれ何なのだろう」
飲みすぎだよ、悪酔いしてたよこの人。そんな言葉もまた、引っ込んでいた。
「もしそこに行ったら幹人にも飲ませてあげたいね」
「うんそっか……ってそれ未成年飲酒だよ捕まりたくないから大人になるまで待って」
ついに突っ込みを入れてしまった。リリは微笑んでいた。
「そうかそうか、未来ではあの快感を大人だけで独占しているの、ズルいね」
そういうことではなくて、それを説明している姿はまさに生真面目な先生のよう。説明の後でリリの口から出てきたものは震えた言葉だった。
「なるほど、健康にはよくないのなら気を付けて飲もう、たくさん飲めるように」
――抑える気はないんだ
あきれつつ聞いていた。
冗談のような話を続けていたふたりだったが、リリの新たな言葉の切り出しが本題への導き手となってようやく進み始めた。
「で、今から村に行ってふたつの毛皮から新しい服を作っていただくわけだけど」
イノシシとクマ、二頭の顔を見つめて震える。途中過程は最悪、といたところだろう。
「んん? 心配しなくてもいいよ。頭ならちゃんと残すから」
そこからのリリの妄想、そこにあるものはイノシシのフードを被った幹人の姿。打ち震えて甘い笑顔がこぼれていた。
「リリ姉イヤらしいこと考えてない?」
リリは顔を横に振る。
「そんなことはないさ、かわいいかわいい幹人のことを少しばかりね」
「やっぱりイヤらしいよ!」
幹人もまた、冷静ではいられなかった。
「それにしてもまだリリ姉って呼んでくれてるなんて、嬉しくてつい幹人にオトナの世界を教えたくなってしまう」
惑わされっぱなし、それが幹人の常。この時はこれからのことに希望を躍らせていた。
昼食を終えて、ふたりと一匹の冒険が始まろうとしていた。
「この家ともおさらばなんだね」
「ふふっ、どうかしら。まだそうと決まったわけじゃあないわ」
含みを持たせた発言に深い意味などなかった。ただ言ってみただけ、寂しさを魅せないために強がっていただけ。
それが分かっていた幹人には返すことのできる言葉も見当たらなくて。
長年の生活から来る余韻、それを抱いて飲み込んで、出発した。
すぐさま箒に乗って村へと飛んで住民に頼もうとした、したのだが。
「我々には服を作り続ける材料も気力もない、あるのはただ我々の生活を守るための農業だけなんだ」
呆れのあまり、乾いた笑いだけがこぼれていた。村人はただ必要なものだけを伝えてそれからは黙り込むだけだった。
「分かりました、ありがとうございます」
それでもなお、柔らかな声で礼を言うことができたのは流石と尊敬するべきなのか嘘つきと蔑むべきか。誰にもひとつの結論に固めることなどできないままでいた。
☆
自分たちで糸の材料の繭を探すべく進み始めてどれほどだろうか。辺りにまばらに立ち並ぶ木々が手を伸ばしていて光をも遮る薄暗い森の中、昼間とは思えないほどの暗闇の中。
幹人は足元をよく見て転ばないように気を付けながら進み続ける。
影に覆われた涼しい森、リリの住む森とは段違いの暗さを誇るそこに例の繭があるのだという。
「暗い……迷いそうだね」
「噂では村人でもたまに帰ってこれないそう。恐らく迷って帰ってこれないだけだろうと思うけど」
声まで暗闇が飲み込んで言葉は森の外まで突き進むことなど許されていなくて。リリはこのふたりと一匹だけが聞くことのできる秘密の話をこぼした。
「村の中ではこう言うそうよ。『森の守護者の眷属になった』って。遺族が悲しまないように、名誉を与えるの」
役に立っていた、その事実はどれほどまでに安心感を与えてくれるだろうか。墓もなく、死体が出たなら焼いて肥料とする文化の村。それだけでも命の循環と生へのありがたみを忘れないでいられるのだという。
話しながら奥へと向かうそこは深淵の底のようでやはり恐ろしい。怯えながら歩みを進めて、前を見て歩き始める。
歩いて歩んで一歩二歩、そして転ぶ幹人。何につまずいたのだろうか、幹人はただただ頭を押さえる。頭から飛ばされたリズが幹人の元に帰るべく近寄る。
「いたた」
「大丈夫かい、幹人。見えないから足元に気を付け」
そこでリリは言葉を失った。足元にあったそれに驚きを隠すこともできずにただ口を開くだけ。
落ち葉に埋もれしその姿、しゃれこうべを晒して何日もの間野宿をつづけたのかそれすらも分からない薄汚れた人の骨。
「ししししし死体、骸骨だよリリ姉」
言葉は幹人の余裕のなさを浮き彫りにしてリリまで届いていた。
「そのようだね、これは……気をつけなきゃ私たちの将来の姿かもしれない」
不穏なことを口にしながら進むリリ、その先に見えてきたものに思わず袖で目を覆う。
夜のように暗い昼の森の中、目の前にて堂々と佇む白い繭だけが輝きを放っていた。
「リリ姉、どうしてこうなったんだろうね」
むなしい言葉にリリはただ頷くほかなかった。
☆
それはまだまだ太陽が空を歩き昇りつめた時間の話だろうか。ふたりで済ませた簡単な昼ごはん。その時の会話。
幹人は特に深く考えたわけでもない言葉を軽く口にする。
「リリ姉って好きな食べ物はある?」
リリもまた、特に考えるわけでもなく軽く言葉を返す。
「そうだね、私が好きなもの」
ほんの少しだけの沈黙をおいて、答え始めた。
「飲み物にはなるけれど霧に覆われし眠らぬ国、その隣りにある少し洒落たところで生産されてるのだけど、ブドウを使ったあの赤い液体がすごくよかったかしら?」
ワインだよ、それワイン。そう言いたくなる気持ちを抑えてリリの言葉の続きを聞いていた。
「飲んだら体が温かくなってすごく軽い気持ちになれて気持ちがいいの」
優雅な佇まいで酔うほどに飲む姿、幹人の中で想像が掻き立てられていた。
「ただ気持ちがいいからとたくさん飲んだらそのあとの記憶がなくなってしかも次の日頭が痛くて気持ち悪くなるの、あれ何なのだろう」
飲みすぎだよ、悪酔いしてたよこの人。そんな言葉もまた、引っ込んでいた。
「もしそこに行ったら幹人にも飲ませてあげたいね」
「うんそっか……ってそれ未成年飲酒だよ捕まりたくないから大人になるまで待って」
ついに突っ込みを入れてしまった。リリは微笑んでいた。
「そうかそうか、未来ではあの快感を大人だけで独占しているの、ズルいね」
そういうことではなくて、それを説明している姿はまさに生真面目な先生のよう。説明の後でリリの口から出てきたものは震えた言葉だった。
「なるほど、健康にはよくないのなら気を付けて飲もう、たくさん飲めるように」
――抑える気はないんだ
あきれつつ聞いていた。
冗談のような話を続けていたふたりだったが、リリの新たな言葉の切り出しが本題への導き手となってようやく進み始めた。
「で、今から村に行ってふたつの毛皮から新しい服を作っていただくわけだけど」
イノシシとクマ、二頭の顔を見つめて震える。途中過程は最悪、といたところだろう。
「んん? 心配しなくてもいいよ。頭ならちゃんと残すから」
そこからのリリの妄想、そこにあるものはイノシシのフードを被った幹人の姿。打ち震えて甘い笑顔がこぼれていた。
「リリ姉イヤらしいこと考えてない?」
リリは顔を横に振る。
「そんなことはないさ、かわいいかわいい幹人のことを少しばかりね」
「やっぱりイヤらしいよ!」
幹人もまた、冷静ではいられなかった。
「それにしてもまだリリ姉って呼んでくれてるなんて、嬉しくてつい幹人にオトナの世界を教えたくなってしまう」
惑わされっぱなし、それが幹人の常。この時はこれからのことに希望を躍らせていた。
昼食を終えて、ふたりと一匹の冒険が始まろうとしていた。
「この家ともおさらばなんだね」
「ふふっ、どうかしら。まだそうと決まったわけじゃあないわ」
含みを持たせた発言に深い意味などなかった。ただ言ってみただけ、寂しさを魅せないために強がっていただけ。
それが分かっていた幹人には返すことのできる言葉も見当たらなくて。
長年の生活から来る余韻、それを抱いて飲み込んで、出発した。
すぐさま箒に乗って村へと飛んで住民に頼もうとした、したのだが。
「我々には服を作り続ける材料も気力もない、あるのはただ我々の生活を守るための農業だけなんだ」
呆れのあまり、乾いた笑いだけがこぼれていた。村人はただ必要なものだけを伝えてそれからは黙り込むだけだった。
「分かりました、ありがとうございます」
それでもなお、柔らかな声で礼を言うことができたのは流石と尊敬するべきなのか嘘つきと蔑むべきか。誰にもひとつの結論に固めることなどできないままでいた。
☆
自分たちで糸の材料の繭を探すべく進み始めてどれほどだろうか。辺りにまばらに立ち並ぶ木々が手を伸ばしていて光をも遮る薄暗い森の中、昼間とは思えないほどの暗闇の中。
幹人は足元をよく見て転ばないように気を付けながら進み続ける。
影に覆われた涼しい森、リリの住む森とは段違いの暗さを誇るそこに例の繭があるのだという。
「暗い……迷いそうだね」
「噂では村人でもたまに帰ってこれないそう。恐らく迷って帰ってこれないだけだろうと思うけど」
声まで暗闇が飲み込んで言葉は森の外まで突き進むことなど許されていなくて。リリはこのふたりと一匹だけが聞くことのできる秘密の話をこぼした。
「村の中ではこう言うそうよ。『森の守護者の眷属になった』って。遺族が悲しまないように、名誉を与えるの」
役に立っていた、その事実はどれほどまでに安心感を与えてくれるだろうか。墓もなく、死体が出たなら焼いて肥料とする文化の村。それだけでも命の循環と生へのありがたみを忘れないでいられるのだという。
話しながら奥へと向かうそこは深淵の底のようでやはり恐ろしい。怯えながら歩みを進めて、前を見て歩き始める。
歩いて歩んで一歩二歩、そして転ぶ幹人。何につまずいたのだろうか、幹人はただただ頭を押さえる。頭から飛ばされたリズが幹人の元に帰るべく近寄る。
「いたた」
「大丈夫かい、幹人。見えないから足元に気を付け」
そこでリリは言葉を失った。足元にあったそれに驚きを隠すこともできずにただ口を開くだけ。
落ち葉に埋もれしその姿、しゃれこうべを晒して何日もの間野宿をつづけたのかそれすらも分からない薄汚れた人の骨。
「ししししし死体、骸骨だよリリ姉」
言葉は幹人の余裕のなさを浮き彫りにしてリリまで届いていた。
「そのようだね、これは……気をつけなきゃ私たちの将来の姿かもしれない」
不穏なことを口にしながら進むリリ、その先に見えてきたものに思わず袖で目を覆う。
夜のように暗い昼の森の中、目の前にて堂々と佇む白い繭だけが輝きを放っていた。
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