異世界風聞録

焼魚圭

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第二幕 時渡りの石

文明

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 森の家でのごはん、今日もまた幹人にとっては我慢を強いられるものだった。白米が食べたい、本音の奥に潜み隠れていた本音、しかしそれをリリに対して言ったところで仕方がなかった。
 文明の違いで叶えられない行き場のない欲望など忘れる他なかった。
「幹人もそろそろ故郷の味が恋しくなってきたりしていないかい?」
 かつて旅をしていたリリだから口から出た発言、たまたま心の底に隠しておいた良くないものを引きずり出されたような的確さに驚きの表情が露わになる。
「ふふ、そうよね。私も旅して少し落ち着いた頃にそう思ったから」
 経験はどれほどの強さを持っていたのか、その強さには敵わないと首を垂れながら正直に底のものを打ち明けた。
「確かにお米が食べたいなって思ったけど、文明の違いがなあ」
 リリは微かに笑って幹人の頬を手で包んで優しく語りかける。
「時渡りの石、絶対に見つけようね」
 時間じゃない、世界の違い。そう言おうと思ったものの、自身がまいた種が、それも品種を偽ったそれが芽を出してしまったような感覚で気まずくてなかなか打ち明けられなかった。
 幹人の内側での荒波などなにひとつ知ることもなくリリの話は進み続ける。
「もし帰れなくても船で近くの国まで渡りさえすれば米なら食べられるからそこまでの我慢さ」
 そうしてパスタを作りふたりと一匹で食べているところ、鉄のスプーンを見つめながらリリは語る。
「知ってるかい、気っと知らないかな」
 しっかりと耳に入ってくる声に耳を傾けて、心を向けて。
「時を渡ってきた勇者は様々な技術を知る仲間を連れていたそうで、ことごとく文明を変えてその時の世界の今を壊していったそう」
 壊してしまってもいいのだろうか、あまりにも単純な疑問に首を傾げる。
「そこでこの街が生まれた。鍛冶と街の石材さ」
 役には立っている、そう思えば安心できた。
「鍛冶は生活に新しいものを与えてくれたけども、街は材料が分からなくてね。見ての通りさ」
 言葉を続けた。幹人は完全に聞き入っていた。
「窯は王都が今の政策を立てた以上絶対に必要だったから王都に頼み込んで別の素材で作ったものの、他は立て直しの費用も出せないし、イケナイね」
 単純に広めるのは良くない、そういうことを学んでいた。
 崩れかけてひび割れからコケやツタが生えているような貧しくて即席の文明が自ら壊れようとしている街、たとえ文明が大いに発達した異世界から来たとは言えどもたかだかひとりの少年では救う手立てもあるはずがなかった。
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