異世界風聞録

焼魚圭

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第二幕 時渡りの石

王都

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 涼しい空気はそれだけでやる気を起こしてくれる。空は澄んだ蒼をどこまでも広げていた。歩くふたり、少し癖のある髪が心地よいのか自ら頭に乗る一匹の妙に耳の長いリスのような魔獣。そんな人々の向かう先、大きな壁に囲まれた立派な都。王の住まうそこに向かって歩いていたリリは幹人に語る。
「いいかい、私たちはこれからお城に潜入して、時渡りの石の在り処を暴く」
 幹人は無言で頷いた。
「次に村に戻って時渡りの石を見つける」
 もう一度、幹人はただ頷いた。リリは微笑んで続けた。
「最後に幹人を元の時代に返してはい、おしまい。いいかな」
 ただただ頷く。
――正しくは異世界だから時代じゃないんだけどなあ
 なんとなく分かっていた。自分がこの世界の今はおろか過去にも未来にも居場所のない異物のような感覚、意識するだけで感じていた。
 それだけではない。

 ほんとうに帰りたいのか、そのような疑問が頭の中を巡って回って止まらない。

 リリに対してはこれまでの人生の誰にも抱いたことのない甘い感情となにかしらの想いを持っていた。
「リリ姉はホントにそれでいいの?」
 リリは笑顔を向けた。
「心からの本音、幹人が嬉しいならそれでいいかな」
 その笑顔の端に曇り空のような影が見えていた。晴れ渡る空の下では隠すことなど叶うはずもなかった。
 重要なやり取りは自然と時間をつぶして距離を縮めて目的地はもう目の前。立派な石の橋を渡って王都の門の目の前へ。
 目の前にそびえる大きな門、大きくて開くことが大変であろうそこの目の前にふたりの兵が立っていた。リリは間を置かずに兵に声をかける。
「すみません、そこを通らせて下さい」
 立っていた兵はリリともうひとりの見覚えのない少年を鋭い目で睨みつける。雰囲気はあまりにも冷たくて生きた心地がしない。やがて右側に立つ兵は事務的に語り始める。
「申し訳ないがあなた方は街の方だろう。魔女は有名人、少年は服で分かる」
「はい、そうですけど」
 幹人の答えに対して兵は槍を突き出す。目と鼻の先にまで迫る凶器に幹人は恐怖を感じていた。そのまま兵は答える。
「ならば通せないな、王都に入るには通行税を徴収するように、特にそこの村と勇者とやらの技術で調子に乗っている街からは高く取るように命じられているからな」
 通行税、その単語にリリは疑問をぶつけた。
「いったいいつから取るようになったのでしょう」
 兵は顔色一つ変えないまま淡々と答える。
「この前の盗賊の騒ぎで村人を避難させた。そこから三か月もの間、村人たちに仕事を与えてはいたが仕事がたりなくてな。ほぼ無償で飯を提供していたらすっからかんだ」
 そう、ありがとうございます。それだけ言ってリリは幹人を連れて立ち去る。
 リリは顔を上げ、少し離れたところにある村を指した。
「人が戻って来てから早一週間、どれだけ復興作業は進んだのだろうね」
 村に戻った住民たち、彼らが住まいのなれの果てを見て抱いたものは驚きと絶望だった。家は壊れて畑は荒らされ遺されたもの、それはまさに村の遺体と呼ぶにふさわしい代物だった。
 二日間の手伝いは復興を少しばかり進めていたものの、やはり足りたものとは言えなかった。
「一応共同で寝るための家と畑だけはどうにかしたけども、まだダメかも知れないね」
 リリたちが向かった先、そこは未だ復興が進められている村だった。
 そこの地位の高い男に事情を説明し、頼みごとをする。
「はあ、王都風の服かサイアク別の国の服か」
「お願いします、復興作業は手伝うので」
 男の目はリリに注がれてなにやらいやらしい表情を浮かべていた。
「よし、ならば家を建ててくれ。次に畑に野菜を植えて最後に我々の仕事道具を作るのだ」
 返事をしてすぐさま指示通りに動き始めた。
 リリと幹人、一緒に動いて一緒に建てる木々を結んで藁で覆われた家。一軒建てるまでに一週間、ただただ働き続ける。
「ごめんよ幹人、こんなことまでやらせてしまって」
 幹人は手を軽く振りながら乾いた笑顔を浮かべながらリリを見る。
「いいっていいって、リリ姉と一緒だから」
「まあ嬉しいわ、大好き」
 リリがとびきりの笑顔を咲かせる。それを見ているだけで温かな気持ちが湧いてきた。
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