異世界風聞録

焼魚圭

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第一幕 リリとの出会い

リリとのこと

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 その日は身体が素直に疲れを訴えていたため魔女の家であまりにも素早く眠りに落ちてしまった。
 次に目を開いた時、目の前には切れ長の細目が特徴的な女が微笑んで顔を近付けて見ていた。
「おはよう、今日はお元気かな、ふふ、可愛い寝顔だったね」
 この世と意識が再び触れ合って流れ込んできた言葉に頬は熱を帯びる。魔女のリリと行動を共にし始めてから脈が速くなるばかりで流れる想いは止まらない。
「もうみないで、恥ずかしい」
 顔を薄汚れて破れかけた枕に埋めて隠す。そんな様をも魔女は楽しみながら接しているのだろうか。
――イジワル
 恥ずかしさはそんな言葉も声に出すことを許してはくれなくて。


  ☆


 今日も女物の服を、純白の心なしか柔らかなそれを着て、リリとともに歩いてゆく。
「国を出たらこんな服絶対に着ない」
「ええ? 頑張って普通に普通のものを選んでるのに」
 柔らかな服の胸元に、袖に、裾の両脇に、可愛らしいリボンが蝶のように留まっていた。
「髪とかもっと伸ばしたらよくなりそう」
「いやだ、ゼッタイいや! こんなの元の世界のみんなに笑われるよ」
 黒いドレスに身を包んでいるリリは手を口元に当てて妖しく笑っていた。
「この世界でも笑われている!?」
「違う違う、いいなあ、って思っただけさ」
 リリは歩きながら続けた。
「旅先で働きながら稼いだお金でどうにか買った服たちだけどさ、昨日のレースのもの以外はどれも私には似合わなかったもの、魔女には輝き過ぎたものだったんだろう」
 リリにも気にしていることがあるのだろう。リリが話し続ける言葉に耳を傾け心に留める。
「私さ、昔からお父さんはいなかったの。遠出をするような仕事で顔なんて数えられるくらいしか見てない、持って帰ってくる本のおかげで文字はよく読めるのだけどね」
 どうにも事情のありそうな家庭、リリの話に引き続き引き込まれゆく。
「で、男なんてほとんど知らずに生きていてさあ。今ようやく目の前のキミから習ってるわけなの。身近な男の子を」
 明らかに学んでいない、口にはできない。
「話は変わるけど、ある日お父さんを探すために旅に出た。お母さんを置き去りにしてね。まあお母さんも嬉しそうだったし。で、世界中を回って帰ったらあらまビックリ、近くの村が悪魔を狩る正義の戦士から逃げて来た盗賊たちに占領されているのなんの。私よりはるかに強いお母さんはひとりで盗賊に立ち向かおうとして死んでいった。私に『ただいまのひと言が耳に入ったら旅のお話聞かせてね』なんて言葉だけを残して」
 リリの瞳はどこを見ているのだろう。幹人と同じものを見ているのだろうか、きっと異なる時間、追憶の影を見つめているのだろう。
「でも最初は信じられなくてね、死体を見ても絶対に別人だ、リンゴの形の木のネックレスを着けてないじゃあないかって」
 大きく息を吸って言葉を続ける。
「でもさ、幹人に会ったあの日、形見を探していたのだけど。そんなものなくて本当はどこかで生きてるって期待していたのだけど」
 幹人には予想できてしまった、次の言葉が分かってしまった。リリはローブからリンゴの形をした木のネックレスを取り出した。
「見つけてしまったの。お母さんのネックレスとお父さんのペンダントでペアなのだけど、流石にお父さんのものだっていうのはムリがあって」
 リリは影の入った笑みを見せて、言って聞かせた。
「私は待ってる、もう絶対に帰ってこないお母さんを、もう聞けない『ただいま』の言葉を」
 その話、その表情、それらは明るい日差しの中で見つめるにはあまりにも昏すぎた。
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