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第二章
木立の日(1)
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十二の月が終わるのはあっという間だった。
何事にも時間をかけてゆったりと行動するマカベだけれど、四つ灯の魔法を習得する傍らで、課題曲の練習をしたり、披露会の招待を受けたり、自分たちでも準備や開催をしたりと、やることがたくさんあったのだ。
開催した披露会については、わたしはラティラを招待したいと申し出たくらいで、たいていのことはシエネとその周りの子たちに任せっきりだった。
本当はマカベの娘として中心となって進めることが望ましいのだろうが、わたしには人をまとめる能力は勿論、やる気さえもない。気立子として目立つことが多いけれど、わたしの本質は凡人だ。周りに従って演奏をするくらいでちょうど良いのだと思う。
ラティラも喜んでいたし、わたしも満足だ。
ところで、一年は十二か月なので次は一の月か……と思っていたら、違ったらしい。
木立の日と呼ばれる、どの月にも属さない空白の期間があった。
最低でも三日間、平均すると五日間ほどだというそれは、話を聞いてみると、うるう日のようなものだということがわかった。その年の木立の日が何日続くかは、マクニオスの木が教えてくれるまで誰にもわからないという。
それでも暦がずれることはないのだから、世界はうまく回っているのだ。
地球ではいろいろな技術によって答えを導きだしていたけれど、ここには神さまがいる。きっと、それだけのことなのだろう。
木立の日は講義もなく、大人たちもほとんどが仕事をしない。
そういえば、普段のマクニオスには休日というものがないのだ。毎日昼までは休みのようなものであるし、覚えることも多かったしで、まったく気づかなかった。
「レイン、木立の舍はどうですか? お友達はできましたか?」
ジオの林の食堂で、わたしは久し振りに家族と向かい合って食事をする。
新年の儀という、木立の者とそれを支える文官が参加する行事がマクニオスの木で開かれるため、シルカルとヒィリカもマクニオスに来ているのだ。……もっとも、木立の者は毎月ここに来ているらしいけれど。
普段は初級生で集まって食べることが多いので、語彙力豊富な兄姉たちの感想を聞くのも久し振りだった。
わたしはヒィリカが盛り付けてくれた皿に手をつけながら、ニコリと頷く。
「はい、覚えることが多くて大変ですけれど、演奏するのは楽しいです。同じジオの土地のカフィナ様と、スダ・マカベの娘のラティラ様には本当に良くしてもらっていますよ」
「ああ、スダ・マカベの下の娘はレインと同い年だったか」
「レインの演奏は教師のあいだでも話題になっているのですよ、お母様」
シユリが嬉しそうに、ほかの教師から聞いたというわたしの演奏に対する感想を教えてくれる。恥ずかしいけれど、知らないところで自分が褒められていたと聞くのは嬉しいものだ。
「わたくしも早くレインを教えたいものです」
「シユリお姉様は上級生や最上級生の講義を担当しているのですよね」
彼女は木立の舍で、難しいマクァヌゥゼの曲を扱う魔法や、芸術師になる予定の子に詩歌を教えているのだと言っていた。シユリが教師をしているところは見てみたいとも思うけれど、そんなに先までいるつもりはない。わたしはどういう気持ちでいたら良いのかわからなくなって、いつも通り笑顔に留めておくことにした。
と、ルシヴが探るような、咎めるような視線を向けてきていることに気づく。
「レインの演奏については私の周りでもよく聞くが……魔法はどうなのだ?」
「あ……ええっと……」
痛いところをつかれて言葉が詰まる。この五か月で魔法は随分と身近なものになったけれど、みんなが当たり前にできることができないときだってある。さらに言えば、その差がなんなのかも理解できていないのだ。
ジオの土地のマカベ夫妻であるシルカルとヒィリカ、その子供であるシユリ、バンル、ルシヴ。
彼らがどれだけすごいのか、木立の舍に来てよくわかった。気立子のわたしが見定められ、比べられていることも。それは仕方がないことのような気もするが、いっぽうで理不尽だとも思っている。
早く帰りたいという思いとこのままでは帰る方法すら見つからないという焦りがないまぜになって、やはり、言葉ひとつでてきてくれない。
「レインはよくやっていると思いますよ」
「……お母様?」
うつむきかけたわたしの顔を、ヒィリカの優しげな声が持ち上げる。
ついこの前もデジトアの前で同じことをしてしまったのを思い出して、わたしは心のなかで自分に呆れた。
「あなたはここへきてすぐにマカベの儀を行い、そのまま木立の舍へ向かったのですもの。良い噂ひとつあるだけでも素晴らしいことです」
「そう、ですね……」
「初級生が終わって、また来年までに少しづつ覚えていきましょうね」
ヒィリカたちの期待は、凡人たるわたしには重すぎる。
重すぎるけれど、それがダルマの重りのようにわたしを起き上がらせてくれることもまた、確かなのだ。
それから話は最上級生であるバンルのことになった。
わたしにわかったのは、木立の舍の最終月である三の月に音楽会という行事があることと、最上級生にとってはそれが成人の儀になるということだけだったけれど。
「バンル。そなたのディル・トゥウの相手は決めたのか」
「そうですね、今年はまだ……」
シルカルに問いかけられたバンルは、言葉を切ってちらりとわたしを見た。目が合うと、彼はなんでもないよというふうに笑い、ヒィリカに顔を向ける。
「母様、お願いできますか」
何事にも時間をかけてゆったりと行動するマカベだけれど、四つ灯の魔法を習得する傍らで、課題曲の練習をしたり、披露会の招待を受けたり、自分たちでも準備や開催をしたりと、やることがたくさんあったのだ。
開催した披露会については、わたしはラティラを招待したいと申し出たくらいで、たいていのことはシエネとその周りの子たちに任せっきりだった。
本当はマカベの娘として中心となって進めることが望ましいのだろうが、わたしには人をまとめる能力は勿論、やる気さえもない。気立子として目立つことが多いけれど、わたしの本質は凡人だ。周りに従って演奏をするくらいでちょうど良いのだと思う。
ラティラも喜んでいたし、わたしも満足だ。
ところで、一年は十二か月なので次は一の月か……と思っていたら、違ったらしい。
木立の日と呼ばれる、どの月にも属さない空白の期間があった。
最低でも三日間、平均すると五日間ほどだというそれは、話を聞いてみると、うるう日のようなものだということがわかった。その年の木立の日が何日続くかは、マクニオスの木が教えてくれるまで誰にもわからないという。
それでも暦がずれることはないのだから、世界はうまく回っているのだ。
地球ではいろいろな技術によって答えを導きだしていたけれど、ここには神さまがいる。きっと、それだけのことなのだろう。
木立の日は講義もなく、大人たちもほとんどが仕事をしない。
そういえば、普段のマクニオスには休日というものがないのだ。毎日昼までは休みのようなものであるし、覚えることも多かったしで、まったく気づかなかった。
「レイン、木立の舍はどうですか? お友達はできましたか?」
ジオの林の食堂で、わたしは久し振りに家族と向かい合って食事をする。
新年の儀という、木立の者とそれを支える文官が参加する行事がマクニオスの木で開かれるため、シルカルとヒィリカもマクニオスに来ているのだ。……もっとも、木立の者は毎月ここに来ているらしいけれど。
普段は初級生で集まって食べることが多いので、語彙力豊富な兄姉たちの感想を聞くのも久し振りだった。
わたしはヒィリカが盛り付けてくれた皿に手をつけながら、ニコリと頷く。
「はい、覚えることが多くて大変ですけれど、演奏するのは楽しいです。同じジオの土地のカフィナ様と、スダ・マカベの娘のラティラ様には本当に良くしてもらっていますよ」
「ああ、スダ・マカベの下の娘はレインと同い年だったか」
「レインの演奏は教師のあいだでも話題になっているのですよ、お母様」
シユリが嬉しそうに、ほかの教師から聞いたというわたしの演奏に対する感想を教えてくれる。恥ずかしいけれど、知らないところで自分が褒められていたと聞くのは嬉しいものだ。
「わたくしも早くレインを教えたいものです」
「シユリお姉様は上級生や最上級生の講義を担当しているのですよね」
彼女は木立の舍で、難しいマクァヌゥゼの曲を扱う魔法や、芸術師になる予定の子に詩歌を教えているのだと言っていた。シユリが教師をしているところは見てみたいとも思うけれど、そんなに先までいるつもりはない。わたしはどういう気持ちでいたら良いのかわからなくなって、いつも通り笑顔に留めておくことにした。
と、ルシヴが探るような、咎めるような視線を向けてきていることに気づく。
「レインの演奏については私の周りでもよく聞くが……魔法はどうなのだ?」
「あ……ええっと……」
痛いところをつかれて言葉が詰まる。この五か月で魔法は随分と身近なものになったけれど、みんなが当たり前にできることができないときだってある。さらに言えば、その差がなんなのかも理解できていないのだ。
ジオの土地のマカベ夫妻であるシルカルとヒィリカ、その子供であるシユリ、バンル、ルシヴ。
彼らがどれだけすごいのか、木立の舍に来てよくわかった。気立子のわたしが見定められ、比べられていることも。それは仕方がないことのような気もするが、いっぽうで理不尽だとも思っている。
早く帰りたいという思いとこのままでは帰る方法すら見つからないという焦りがないまぜになって、やはり、言葉ひとつでてきてくれない。
「レインはよくやっていると思いますよ」
「……お母様?」
うつむきかけたわたしの顔を、ヒィリカの優しげな声が持ち上げる。
ついこの前もデジトアの前で同じことをしてしまったのを思い出して、わたしは心のなかで自分に呆れた。
「あなたはここへきてすぐにマカベの儀を行い、そのまま木立の舍へ向かったのですもの。良い噂ひとつあるだけでも素晴らしいことです」
「そう、ですね……」
「初級生が終わって、また来年までに少しづつ覚えていきましょうね」
ヒィリカたちの期待は、凡人たるわたしには重すぎる。
重すぎるけれど、それがダルマの重りのようにわたしを起き上がらせてくれることもまた、確かなのだ。
それから話は最上級生であるバンルのことになった。
わたしにわかったのは、木立の舍の最終月である三の月に音楽会という行事があることと、最上級生にとってはそれが成人の儀になるということだけだったけれど。
「バンル。そなたのディル・トゥウの相手は決めたのか」
「そうですね、今年はまだ……」
シルカルに問いかけられたバンルは、言葉を切ってちらりとわたしを見た。目が合うと、彼はなんでもないよというふうに笑い、ヒィリカに顔を向ける。
「母様、お願いできますか」
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