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第二章
やらなくてはいけないこと(1)
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「ジオの土地のみなさまは音楽の才能がおありですね」
「えぇ本当に。心地良くて、うっとりしてしまいましたもの」
「ありがとうございます。ジオ・マカベ夫妻が音楽による魔法の増強を推しておりますから、必然的に演奏力が上がったものと思われます」
「ジオ・マカベもヒィリカ様も、特に音楽には優れていらっしゃいますものね」
「えぇ」
「……ジオの土地にも、音楽以外の才能を持つ者もいるのですよ」
「存じております。木立の舍の教師でいらっしゃるシユリ様の詩はわたくしも大好きですから」
「マカベの子供はやはり格別です。バンル様とルシヴ様の舞踊も素敵ですものね。本日はお見せくださるのかしら?」
「あぁ、やらせてもらうよ。ただ今日はメウジェたちの披露会だからね、ぜひ彼女らの絵画と音楽も楽しんでほしい」
まぁ! と上品にはしゃぐデリの土地の女の子たち――といっても彼女らは最上級生で、今のわたしにとっては五つも歳上だ――を、わたしたち初級生は端に置かれた席から見ていた。
ここはジオの林の共用棟にある陽だまり部屋。
大人の時間である披露会、その練習を木立の舍でしておくのだ。
初級生は、まず一般的な披露会の流れを体験することと、実際にその流れに沿って開催する方法を十一の月から十二の月にかけて学ぶ。勿論、魔法や音楽の課題と並行である。
今日はその流れを体験するための見学で、メウジェたちがデリの土地向けに披露会を開催している。最上級生の講義でもあるため、気合が入っているようだ。
披露会自体は家でヒィリカが開催しているものに参加したこともあったので戸惑いはない。けれど、こうして外からじっくり観察するのははじめてだ。新たな発見がたくさんある。
特にわたしの目を引いたのは、音楽以外の芸術だった。女性の絵画や男性の舞踊。詩歌に工芸。どれもこれも見たことがない演出――そう、これはただの披露では収まらない――ばかりだ。
ヌテンレを使って空中に描かれる鮮やかな風景画。
金属飾りを響かせながら、力強くそしてしなやかに舞う踊り。
臨場感をもって作り上げられる芸術は、鳥肌が立つほどに美しい。わたしは胸が締めつけられるような気持ちになりながら、その技術力の高さを実感した。
……すごい。というか、バンル、本当にすごい。わたし、こんなすごい人の妹で良いのだろうか。
繊細な指使いと、大胆に鳴らされる金属音。誰よりも見栄えする彼の舞踊に、万能すぎる両親の話に遠い目をしていたシユリとルシヴを思い出した。バンルは確実に、あの両親と同類だ。
発見したのは良いことばかりではない。
素晴らしい芸術作品を囲みながら、あちらこちらで意味深な視線が飛び交っていた。わたしには計り知れないような思惑が絡んでいるのだと思う。
それはもしかすると、色恋だったり、はたまた土地の情報に関する話だったりするのかもしれない。なにせ、最上級生というのはもう間もなくで成人なのだ。
とにかく、そういうものを見てしまったので、わたしは披露会に薄気味悪さを感じるようになった。ヒィリカは音楽が心底好きで楽しそうにしていたけれど、思い返してみれば、同じ土地のなかでも言外のやり取りがなされていたのだ。別の土地の人を招待するとなれば、さらに面倒は増えるに違いない。
直接的な交流ならまだしも、水面下で行われる腹の探り合いに身を投じたいとはとても思えないのだ。
魔法のほうといえば、十一の月は略式魔法の習得が課題だ。
ギッシェという物腰やわらかな男性教師の説明によると、入舎の儀のときにヅンレが「発動過程を略した魔法だ」と言っていたその通りであった。……そのままだな、などと思ってごめんなさい。
「魔法とは、芸術によって神を満足させ、その見返りに人間の願いを叶えてもらうものだということはもう知っているね?」
人好きのする笑みと優しい問いかけに、子供たちが楽しそうに頷く。それを見て、ギッシェの目もとに皺が増えた。
「けれど、一日に何度も使うような魔法――たとえば、君たちの両親が料理をする際には火の魔法を使うね、あれは簡単な魔法なんだ。それでも日に何度も同じ絵を描いたり踊ったりしたら、神はどう思うだろう?」
……それは飽きてしまうだろう。火を出す魔道具はないのだろうか。
作成方法は置いておくとして、魔道具の便利さには感心するばかりだ。入ったことがない台所にはガスコンロのような魔道具があるのだろうと勝手に想像していたのだけれど。
わたしの思考は逸れていき、耳だけがほかの子の発言を捉えていた。
「もっとほかの、美しい芸術を見たいと思うでしょう」
「簡単な魔法ならば、美しさを磨く気もないのかと思われてしまうかもしれません」
子供たちが次々と答えていき、その一つひとつに対してギッシェは満足そうに同意する。
「美しさを求める神に、何度も簡単な芸術を披露することは控えなければならない。……けれども生活に魔法は必要だ。そういうわけで、最低限の美しさを損なわず、かつ、神を煩わせない芸術が作られた。僕たちが略式魔法と呼んでいるものさ」
結局のところ、芸術によって神を満足させることはマカベの義務だからね、と彼は微笑むのであった。
「えぇ本当に。心地良くて、うっとりしてしまいましたもの」
「ありがとうございます。ジオ・マカベ夫妻が音楽による魔法の増強を推しておりますから、必然的に演奏力が上がったものと思われます」
「ジオ・マカベもヒィリカ様も、特に音楽には優れていらっしゃいますものね」
「えぇ」
「……ジオの土地にも、音楽以外の才能を持つ者もいるのですよ」
「存じております。木立の舍の教師でいらっしゃるシユリ様の詩はわたくしも大好きですから」
「マカベの子供はやはり格別です。バンル様とルシヴ様の舞踊も素敵ですものね。本日はお見せくださるのかしら?」
「あぁ、やらせてもらうよ。ただ今日はメウジェたちの披露会だからね、ぜひ彼女らの絵画と音楽も楽しんでほしい」
まぁ! と上品にはしゃぐデリの土地の女の子たち――といっても彼女らは最上級生で、今のわたしにとっては五つも歳上だ――を、わたしたち初級生は端に置かれた席から見ていた。
ここはジオの林の共用棟にある陽だまり部屋。
大人の時間である披露会、その練習を木立の舍でしておくのだ。
初級生は、まず一般的な披露会の流れを体験することと、実際にその流れに沿って開催する方法を十一の月から十二の月にかけて学ぶ。勿論、魔法や音楽の課題と並行である。
今日はその流れを体験するための見学で、メウジェたちがデリの土地向けに披露会を開催している。最上級生の講義でもあるため、気合が入っているようだ。
披露会自体は家でヒィリカが開催しているものに参加したこともあったので戸惑いはない。けれど、こうして外からじっくり観察するのははじめてだ。新たな発見がたくさんある。
特にわたしの目を引いたのは、音楽以外の芸術だった。女性の絵画や男性の舞踊。詩歌に工芸。どれもこれも見たことがない演出――そう、これはただの披露では収まらない――ばかりだ。
ヌテンレを使って空中に描かれる鮮やかな風景画。
金属飾りを響かせながら、力強くそしてしなやかに舞う踊り。
臨場感をもって作り上げられる芸術は、鳥肌が立つほどに美しい。わたしは胸が締めつけられるような気持ちになりながら、その技術力の高さを実感した。
……すごい。というか、バンル、本当にすごい。わたし、こんなすごい人の妹で良いのだろうか。
繊細な指使いと、大胆に鳴らされる金属音。誰よりも見栄えする彼の舞踊に、万能すぎる両親の話に遠い目をしていたシユリとルシヴを思い出した。バンルは確実に、あの両親と同類だ。
発見したのは良いことばかりではない。
素晴らしい芸術作品を囲みながら、あちらこちらで意味深な視線が飛び交っていた。わたしには計り知れないような思惑が絡んでいるのだと思う。
それはもしかすると、色恋だったり、はたまた土地の情報に関する話だったりするのかもしれない。なにせ、最上級生というのはもう間もなくで成人なのだ。
とにかく、そういうものを見てしまったので、わたしは披露会に薄気味悪さを感じるようになった。ヒィリカは音楽が心底好きで楽しそうにしていたけれど、思い返してみれば、同じ土地のなかでも言外のやり取りがなされていたのだ。別の土地の人を招待するとなれば、さらに面倒は増えるに違いない。
直接的な交流ならまだしも、水面下で行われる腹の探り合いに身を投じたいとはとても思えないのだ。
魔法のほうといえば、十一の月は略式魔法の習得が課題だ。
ギッシェという物腰やわらかな男性教師の説明によると、入舎の儀のときにヅンレが「発動過程を略した魔法だ」と言っていたその通りであった。……そのままだな、などと思ってごめんなさい。
「魔法とは、芸術によって神を満足させ、その見返りに人間の願いを叶えてもらうものだということはもう知っているね?」
人好きのする笑みと優しい問いかけに、子供たちが楽しそうに頷く。それを見て、ギッシェの目もとに皺が増えた。
「けれど、一日に何度も使うような魔法――たとえば、君たちの両親が料理をする際には火の魔法を使うね、あれは簡単な魔法なんだ。それでも日に何度も同じ絵を描いたり踊ったりしたら、神はどう思うだろう?」
……それは飽きてしまうだろう。火を出す魔道具はないのだろうか。
作成方法は置いておくとして、魔道具の便利さには感心するばかりだ。入ったことがない台所にはガスコンロのような魔道具があるのだろうと勝手に想像していたのだけれど。
わたしの思考は逸れていき、耳だけがほかの子の発言を捉えていた。
「もっとほかの、美しい芸術を見たいと思うでしょう」
「簡単な魔法ならば、美しさを磨く気もないのかと思われてしまうかもしれません」
子供たちが次々と答えていき、その一つひとつに対してギッシェは満足そうに同意する。
「美しさを求める神に、何度も簡単な芸術を披露することは控えなければならない。……けれども生活に魔法は必要だ。そういうわけで、最低限の美しさを損なわず、かつ、神を煩わせない芸術が作られた。僕たちが略式魔法と呼んでいるものさ」
結局のところ、芸術によって神を満足させることはマカベの義務だからね、と彼は微笑むのであった。
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