44 / 54
第二章
ペンは木で、手紙は鳥で(1)
しおりを挟む
イェレキが魔道具になると、アクゥギというらしい。キーボードでも竪琴でも、形がなんであれ、アクゥギ。
イェレキと、アクゥギ。……へぇ。
「三人とも、イェレキとは大きく形の異なるアクゥギでも上手く弾けている。このまま練習に励みなさい」
今しがた、わたしたちは課題曲の合格をもらった。三人というのは、わたしとカフィナと、そしてラティラである。
アクゥギを得たあの日から、なにかとラティラが話しかけてくる――というより、一緒にいるようになった。特に断る理由はなかったので、三人で向かい合って練習し、同時に合格を勝ち取ったというわけだ。
ちなみに最初にアクゥギを取得したラティラが課題曲を終えていなかったのは、ほかの子供たちの演奏を見学していたかららしい。もう見学しなくても良いのかと聞くと「それよりも大事なことを見つけました」と返ってきたが、真意はよくわからない。
九の月の課題曲は――アクゥギに慣れさせるためなのだろう――随分と簡単な曲だった。
困ったことといえば、楽譜がイェレキの奏法譜であるということだ。楽譜はこの形式しかないらしく、わたしはいちいち頭のなかで五線譜に置き換えながら音を取っていく。
とかく、この作業がなかなかに面倒だった。教師にも言われた通り、イェレキの弦の並びとピアノのそれは大きく異なるのだ。数をこなせば慣れるのだろうけれど今は手間がかかって仕方がない。練習時間のほとんどをこの置き換えに費やしたと言っても良い。
さて、合格すると、ラティラは教壇に立っている教師のところへ行ってしまった。カフィナは課題曲を弾き続けている。
……わたしはどうしよう。シルカルには曲を作ることを勧められていたし、作曲でもするかな。
ピアノでの作曲は慣れている。筆記具を持ってきていないが、簡単な旋律であれば覚えていられるだろう。そう思いながら鍵盤に指を滑らせる。
そういえば、ラティラはカフィナの両親のことも知っていて、「お二人とも素晴らしい音楽師でいらっしゃいますから、知っていて当然です」という言葉にはカフィナがいたく感激していた。そこまで有名だというのに、わたしは知らなかったわけだけれど。
なんとなくカフィナとラティラは相性が良いように見えたので、わたしは遠巻きにそれを眺めているつもりだった。序列一位、スダの土地。そのマカベの娘との交流はカフィナに任せてしまおう、と。
しかし、そんなわたしの怠慢は早々に打ち砕かれることとなる。
「レイン様。このなかに、ご存知の曲はございますか?」
戻ってきたラティラと、すっと差し出された大量の楽譜。
顔を上げると、キラキラと光る二つ星――ではなくラティラの瞳が、期待に瞳孔を大きく広げている。
溜め息を飲み込み、もう一度、楽譜に視線を戻す。おそらく追加で課題曲をもらってきたのだろうが……どれだけやるつもりなのか、この子は。広く深くといえど限度があると思う。
わたしは心中をおもてに出さぬよう気をつけながら楽譜をパラパラとめくり、目についた数枚を抜き取った。
「……こちらの曲は知っています」
「まぁ! では一緒に演奏しませんか?」
じっとこちらを見つめる薄青の瞳が輝きを増している。引き込まれそうになるその光をわずかに目を逸らすことで受け流しつつ、顔に貼りつけていた笑みを深める。
……わかっていたことだ。差し出された楽譜すべてが、二人用の曲であることなど。
「はい、喜んで」
合奏が交流になるというのなら、安いものだ。これで良い……はず。シユリの思うつぼのような気がしないわけでもないけれど、少なくともわたし自身が楽しめるものであることに違いはないのだから。
十の月になった。アクゥギは無事全員が授けられたようで、月初めに課題曲が渡される。これからは講義の課題と同時進行だ。
講義で作成するのはペンの魔道具ヌテンレと、通信用の魔道具ワイムッフ。名前ははじめて知ったが、どちらも家でよく見ていたので馴染みがある。あの空を飛ぶ手紙だなんて、いよいよ魔法らしくなってきたではないか。
作成する前に、アクゥギの取得をふまえ、座学として魔道具の解説をしてくれるらしい。
うたえば魔法になる、というわたしの感覚はおそらく間違っていて、魔法がきちんと体系だったものであることが窺える。
主任として出てきたのはものすごく真面目そうな男性教師、デジトアだった。シユリより少し年上くらいだろうか、かなり若い。すっと細められた瞳と、前髪も襟足も横一線に切り揃えられた金髪が印象的だ。
シルカルやナヒマも真面目そうだが、それとはまた違った方向に――身も蓋もない言いかたをすれば融通が利かなさそうな雰囲気である。
そんな彼の様子に、子供たちの背がピンと伸びた。
「アクゥギは、魔法石を核とする魔道具である。実際にフラルネにはめているのでわかると思うが、核を中心にその形態を変えることができるものだ」
難しい話のように思えたが、アクゥギに触れると黒い石になったり楽器に戻ったりすることは知っている。実際に見ているから、これならわたしにも理解できそうだ。周りの子供と同じように小さく頷いた。
抑揚はないが、意外とよく通る声での説明が続く。
「ほかの魔道具の作成との大きな違いは、クァジを演奏する際に使う魔力の量――つまり、魔法石を作るという部分だ。初級生が作成するのはすべて魔法石を核とする魔道具であるため、今日はこの魔法石について解説を行う――」
イェレキと、アクゥギ。……へぇ。
「三人とも、イェレキとは大きく形の異なるアクゥギでも上手く弾けている。このまま練習に励みなさい」
今しがた、わたしたちは課題曲の合格をもらった。三人というのは、わたしとカフィナと、そしてラティラである。
アクゥギを得たあの日から、なにかとラティラが話しかけてくる――というより、一緒にいるようになった。特に断る理由はなかったので、三人で向かい合って練習し、同時に合格を勝ち取ったというわけだ。
ちなみに最初にアクゥギを取得したラティラが課題曲を終えていなかったのは、ほかの子供たちの演奏を見学していたかららしい。もう見学しなくても良いのかと聞くと「それよりも大事なことを見つけました」と返ってきたが、真意はよくわからない。
九の月の課題曲は――アクゥギに慣れさせるためなのだろう――随分と簡単な曲だった。
困ったことといえば、楽譜がイェレキの奏法譜であるということだ。楽譜はこの形式しかないらしく、わたしはいちいち頭のなかで五線譜に置き換えながら音を取っていく。
とかく、この作業がなかなかに面倒だった。教師にも言われた通り、イェレキの弦の並びとピアノのそれは大きく異なるのだ。数をこなせば慣れるのだろうけれど今は手間がかかって仕方がない。練習時間のほとんどをこの置き換えに費やしたと言っても良い。
さて、合格すると、ラティラは教壇に立っている教師のところへ行ってしまった。カフィナは課題曲を弾き続けている。
……わたしはどうしよう。シルカルには曲を作ることを勧められていたし、作曲でもするかな。
ピアノでの作曲は慣れている。筆記具を持ってきていないが、簡単な旋律であれば覚えていられるだろう。そう思いながら鍵盤に指を滑らせる。
そういえば、ラティラはカフィナの両親のことも知っていて、「お二人とも素晴らしい音楽師でいらっしゃいますから、知っていて当然です」という言葉にはカフィナがいたく感激していた。そこまで有名だというのに、わたしは知らなかったわけだけれど。
なんとなくカフィナとラティラは相性が良いように見えたので、わたしは遠巻きにそれを眺めているつもりだった。序列一位、スダの土地。そのマカベの娘との交流はカフィナに任せてしまおう、と。
しかし、そんなわたしの怠慢は早々に打ち砕かれることとなる。
「レイン様。このなかに、ご存知の曲はございますか?」
戻ってきたラティラと、すっと差し出された大量の楽譜。
顔を上げると、キラキラと光る二つ星――ではなくラティラの瞳が、期待に瞳孔を大きく広げている。
溜め息を飲み込み、もう一度、楽譜に視線を戻す。おそらく追加で課題曲をもらってきたのだろうが……どれだけやるつもりなのか、この子は。広く深くといえど限度があると思う。
わたしは心中をおもてに出さぬよう気をつけながら楽譜をパラパラとめくり、目についた数枚を抜き取った。
「……こちらの曲は知っています」
「まぁ! では一緒に演奏しませんか?」
じっとこちらを見つめる薄青の瞳が輝きを増している。引き込まれそうになるその光をわずかに目を逸らすことで受け流しつつ、顔に貼りつけていた笑みを深める。
……わかっていたことだ。差し出された楽譜すべてが、二人用の曲であることなど。
「はい、喜んで」
合奏が交流になるというのなら、安いものだ。これで良い……はず。シユリの思うつぼのような気がしないわけでもないけれど、少なくともわたし自身が楽しめるものであることに違いはないのだから。
十の月になった。アクゥギは無事全員が授けられたようで、月初めに課題曲が渡される。これからは講義の課題と同時進行だ。
講義で作成するのはペンの魔道具ヌテンレと、通信用の魔道具ワイムッフ。名前ははじめて知ったが、どちらも家でよく見ていたので馴染みがある。あの空を飛ぶ手紙だなんて、いよいよ魔法らしくなってきたではないか。
作成する前に、アクゥギの取得をふまえ、座学として魔道具の解説をしてくれるらしい。
うたえば魔法になる、というわたしの感覚はおそらく間違っていて、魔法がきちんと体系だったものであることが窺える。
主任として出てきたのはものすごく真面目そうな男性教師、デジトアだった。シユリより少し年上くらいだろうか、かなり若い。すっと細められた瞳と、前髪も襟足も横一線に切り揃えられた金髪が印象的だ。
シルカルやナヒマも真面目そうだが、それとはまた違った方向に――身も蓋もない言いかたをすれば融通が利かなさそうな雰囲気である。
そんな彼の様子に、子供たちの背がピンと伸びた。
「アクゥギは、魔法石を核とする魔道具である。実際にフラルネにはめているのでわかると思うが、核を中心にその形態を変えることができるものだ」
難しい話のように思えたが、アクゥギに触れると黒い石になったり楽器に戻ったりすることは知っている。実際に見ているから、これならわたしにも理解できそうだ。周りの子供と同じように小さく頷いた。
抑揚はないが、意外とよく通る声での説明が続く。
「ほかの魔道具の作成との大きな違いは、クァジを演奏する際に使う魔力の量――つまり、魔法石を作るという部分だ。初級生が作成するのはすべて魔法石を核とする魔道具であるため、今日はこの魔法石について解説を行う――」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる