雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

文字の大きさ
上 下
43 / 54
第二章

魔道具の楽器(4)

しおりを挟む
 うたいだした瞬間、ツスギエ布が光りだした。

 ……いや、早くないか?
 そう思ったけれど、マカベの儀も同じくらいだったような気がしてきた。「魔力が多い」というのはこういうことなのかもしれない。

 見学者に目を遣ると、ジオの土地の子は不思議そうな、けれど予想はしていたといった表情で、ただ驚いているほかの土地の子との違いがはっきりわかる。
 目の前のカフィナは……この子、どうしてこんなに嬉しそうなのだろう。

 イェレキが眩しくなってきて、わたしは目を閉じた。
 繰り返し練習した運指は身体に染みついている。あとは流れに身を任せるだけだ。

 このクァジ、弾けるようになると案外楽しい。徐々に増えていく手数を綺麗にさばくのは、得も言われぬ快感があるのだ。変則的なリズムで蠢くイェレキの低音と早口に駆け抜ける歌がピタリとはまったときの心地良さといったら、ない。

 ……あれ?

「え……」
「なんですか、これは?」

 感じた違和感と、子供たちのどよめき声は同時だった。
 手の中にあるイェレキの感触が変わったのだ。イェレキはここにあってそれを抱えているはずなのに、ないような。
 なにが起きたか確認するため、眩しさに目をやられないようほんのわずかに目蓋を持ち上げる。

 ……え。イェレキが、ない。ないのに、ある……?

 つい先ほどとは真逆の感覚。
 けれど本当にそうとしか言いようがなかった。イェレキを抱えている感覚も弦を爪弾いている感覚もあるのに、見えない。
 ギュッと目をつむる。見ないで弾くことはできても、見えない状態で弾くのは難しいと思ったからだ。実際に今、完璧にしたはずの運指が危なかった。

 目を閉じたことで落ち着いてきて、しかし、今度は別の感情が湧き上がってくる。
 イェレキがなくなった、というその事実に。

 ……どうしてだろう。神さま、わたしには楽器をくれないのだろうか。
 哀しい。楽器、欲しいよ……。

 そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡るのに、その気持ちを歌に乗せることができない。耳が熱くなってくる。お願い、お願い。神さま……!

 そうして最後まで演奏を終えたのに、イェレキのない不思議な感触は少しも変わらなかった。
 心底がっかりしながら目を開けて。

 叫びそうになった口を片手で押さえる。

 ……ぴ、ピアノ……!? というより、キーボード?

 手もとだけを見るつもりで目を開いたから気づかなかったのだと思う。がしかし、神さまはちゃんと楽器を授けてくれていた。

 それは、円状をしていた。
 わたしの周りを鍵盤がぐるりと囲み、ふよふよと浮かんでいる。なんだか土星になった気分だ。
 鍵盤の隙間からは赤と青の光が交互に漏れ出ていて近未来的にも見えるが、全体的な造形や装飾は優美で、まさしく神さまからの贈り物らしい。オーパーツのような雰囲気さえあった。

 これが。……これを、わたしの物に。わたしが弾いても良いというのか。
 ド、ド、と脈が主張をはじめた指で、そっと鍵盤に触れてみる。


 ポオォォォン――……


 重くて、水を多分に含んだような甘い音。わたしが知っているピアノに近くて、どこか違う音。
 ふぁっと広がる澄みきった倍音がもとはイェレキであることを感じさせるのに、どうしようもないほどに懐かしくて。喉の奥を締め付けるような痛みさえも嬉しくて。
 
 ……すごい、すごく気に入った。ありがとう、神さま。

 にんまりしたくなる。飛び上がってしまいそうだ。
 そんな思いをできるだけ抑えて、楚々として見えるような笑みを浮かべた。

 正面にある花を模した飾りからフラルネ作成時と同じざわざわを感じて、触ってみる。
 しゅるりとキーボードが小さくなって、手のひらに黒い石となって収まった。みんながしていたように腰のフラルネにはめ、それからもう一度触れる。今度はしゅっと出てくる。大成功だ。

「……レイン様は本当に、うたうと上手に魔力を扱えますね」
「ありがとうございます。フェヨリ先生が教えてくださったおかげです」

 フェヨリが簡単にお試しの許可を出したのは、これを確信していたというのもあるのだろう。
 ほかの子と同じようにはいかないけれど、歌があれば十分に魔法を使うことができる。それがわかっただけでも良かったと思う。

 そうして子供たちのほうに向き直り、ぽかんとした顔、顔、顔に迎えられた。
 カフィナだけがとろけるような笑顔を浮かべていて、その動じなさが少し怖い。が、ここまでわたしを受け入れてくれる子はいないのでそのまま彼女のもとへ足を向ける。

 いや、もう一人いた。好意的な笑みを浮かべている子。
 最初に演奏をした月のような女の子。

 空色から青紫へと、今日もグラデーションになるようにツスギエ布を纏っている。色の境を見つけやすい日もあって、四色の布を使っている――つまり、スダの土地の子だということはわかっていた。
 そんな彼女が、ひらりと空の色を揺らしながら真っ直ぐこちらに近づいてくる。

 ぶつかる――わけもなくわたしの目の前ですっと立ち止まり、両手が胸の前で重ねられる。挨拶を求められているのだ。わたしのほうが背が低い。

「はじめまして。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。ご挨拶が遅れましたが、あのときの演奏は素晴らしいものでした」
「スダ・マカベとアイナの娘、ラティラです」

 ……え、スダの土地の、マカベの娘?

「レイン様のお噂はかねがね。ぜひ、わたくしとも仲良くしてくださいませ」

 噂とはなんだろうとか、同じマカベの娘としてよろしくどうぞというあれだろうか面倒なとか、いろいろ思うことはあるけれど。

 ラティラの長い睫毛が、木漏れ日を受けて淡い影を作るその奥。
 自分がそこに映り込んでいることがちょっと信じられないくらいに。魔法石のように輝く薄青色の瞳はあまりにも綺麗すぎた。

「……こ、こちらこそ、よろしくお願いします――」

 もごもごと返事をするわたし。同じマカベの娘とは思えない体たらくだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

春乞いの国

綿入しずる
ファンタジー
その国では季節は巡るものではなく、掴み取るものである。 ユフト・エスカーヤ――北の央国で今年も冬の百二十一日が過ぎ、春告げの儀式が始まった。 一人の神官と四人の男たち、三頭の大熊。王子の命を受けた春告げの使者は神に贈られた〝春〟を探すべく、聖山ボフバロータへと赴く。

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

クズ聖王家から逃れて、自由に生きるぞ!

梨香
ファンタジー
 貧しい修道女見習いのサーシャは、実は聖王(クズ)の王女だったみたい。私は、何故かサーシャの中で眠っていたんだけど、クズの兄王子に犯されそうになったサーシャは半分凍った湖に転落して、天に登っちゃった。  凍える湖で覚醒した私は、そこでこの世界の|女神様《クレマンティア》に頼み事をされる。  つまり、サーシャ《聖女》の子孫を残して欲しいそうだ。冗談じゃないよ! 腹が立つけど、このままでは隣国の色欲王に嫁がされてしまう。こうなったら、何かチートな能力を貰って、クズ聖王家から逃れて、自由に生きよう! 子どもは……後々考えたら良いよね?

騎士団長のお抱え薬師

衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。 聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。 後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。 なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。 そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。 場所は隣国。 しかもハノンの隣。 迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。 大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。 イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。

処理中です...