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第二章
魔道具の楽器(4)
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うたいだした瞬間、ツスギエ布が光りだした。
……いや、早くないか?
そう思ったけれど、マカベの儀も同じくらいだったような気がしてきた。「魔力が多い」というのはこういうことなのかもしれない。
見学者に目を遣ると、ジオの土地の子は不思議そうな、けれど予想はしていたといった表情で、ただ驚いているほかの土地の子との違いがはっきりわかる。
目の前のカフィナは……この子、どうしてこんなに嬉しそうなのだろう。
イェレキが眩しくなってきて、わたしは目を閉じた。
繰り返し練習した運指は身体に染みついている。あとは流れに身を任せるだけだ。
このクァジ、弾けるようになると案外楽しい。徐々に増えていく手数を綺麗にさばくのは、得も言われぬ快感があるのだ。変則的なリズムで蠢くイェレキの低音と早口に駆け抜ける歌がピタリとはまったときの心地良さといったら、ない。
……あれ?
「え……」
「なんですか、これは?」
感じた違和感と、子供たちのどよめき声は同時だった。
手の中にあるイェレキの感触が変わったのだ。イェレキはここにあってそれを抱えているはずなのに、ないような。
なにが起きたか確認するため、眩しさに目をやられないようほんのわずかに目蓋を持ち上げる。
……え。イェレキが、ない。ないのに、ある……?
つい先ほどとは真逆の感覚。
けれど本当にそうとしか言いようがなかった。イェレキを抱えている感覚も弦を爪弾いている感覚もあるのに、見えない。
ギュッと目をつむる。見ないで弾くことはできても、見えない状態で弾くのは難しいと思ったからだ。実際に今、完璧にしたはずの運指が危なかった。
目を閉じたことで落ち着いてきて、しかし、今度は別の感情が湧き上がってくる。
イェレキがなくなった、というその事実に。
……どうしてだろう。神さま、わたしには楽器をくれないのだろうか。
哀しい。楽器、欲しいよ……。
そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡るのに、その気持ちを歌に乗せることができない。耳が熱くなってくる。お願い、お願い。神さま……!
そうして最後まで演奏を終えたのに、イェレキのない不思議な感触は少しも変わらなかった。
心底がっかりしながら目を開けて。
叫びそうになった口を片手で押さえる。
……ぴ、ピアノ……!? というより、キーボード?
手もとだけを見るつもりで目を開いたから気づかなかったのだと思う。がしかし、神さまはちゃんと楽器を授けてくれていた。
それは、円状をしていた。
わたしの周りを鍵盤がぐるりと囲み、ふよふよと浮かんでいる。なんだか土星になった気分だ。
鍵盤の隙間からは赤と青の光が交互に漏れ出ていて近未来的にも見えるが、全体的な造形や装飾は優美で、まさしく神さまからの贈り物らしい。オーパーツのような雰囲気さえあった。
これが。……これを、わたしの物に。わたしが弾いても良いというのか。
ド、ド、と脈が主張をはじめた指で、そっと鍵盤に触れてみる。
ポオォォォン――……
重くて、水を多分に含んだような甘い音。わたしが知っているピアノに近くて、どこか違う音。
ふぁっと広がる澄みきった倍音がもとはイェレキであることを感じさせるのに、どうしようもないほどに懐かしくて。喉の奥を締め付けるような痛みさえも嬉しくて。
……すごい、すごく気に入った。ありがとう、神さま。
にんまりしたくなる。飛び上がってしまいそうだ。
そんな思いをできるだけ抑えて、楚々として見えるような笑みを浮かべた。
正面にある花を模した飾りからフラルネ作成時と同じざわざわを感じて、触ってみる。
しゅるりとキーボードが小さくなって、手のひらに黒い石となって収まった。みんながしていたように腰のフラルネにはめ、それからもう一度触れる。今度はしゅっと出てくる。大成功だ。
「……レイン様は本当に、うたうと上手に魔力を扱えますね」
「ありがとうございます。フェヨリ先生が教えてくださったおかげです」
フェヨリが簡単にお試しの許可を出したのは、これを確信していたというのもあるのだろう。
ほかの子と同じようにはいかないけれど、歌があれば十分に魔法を使うことができる。それがわかっただけでも良かったと思う。
そうして子供たちのほうに向き直り、ぽかんとした顔、顔、顔に迎えられた。
カフィナだけがとろけるような笑顔を浮かべていて、その動じなさが少し怖い。が、ここまでわたしを受け入れてくれる子はいないのでそのまま彼女のもとへ足を向ける。
いや、もう一人いた。好意的な笑みを浮かべている子。
最初に演奏をした月のような女の子。
空色から青紫へと、今日もグラデーションになるようにツスギエ布を纏っている。色の境を見つけやすい日もあって、四色の布を使っている――つまり、スダの土地の子だということはわかっていた。
そんな彼女が、ひらりと空の色を揺らしながら真っ直ぐこちらに近づいてくる。
ぶつかる――わけもなくわたしの目の前ですっと立ち止まり、両手が胸の前で重ねられる。挨拶を求められているのだ。わたしのほうが背が低い。
「はじめまして。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。ご挨拶が遅れましたが、あのときの演奏は素晴らしいものでした」
「スダ・マカベとアイナの娘、ラティラです」
……え、スダの土地の、マカベの娘?
「レイン様のお噂はかねがね。ぜひ、わたくしとも仲良くしてくださいませ」
噂とはなんだろうとか、同じマカベの娘としてよろしくどうぞというあれだろうか面倒なとか、いろいろ思うことはあるけれど。
ラティラの長い睫毛が、木漏れ日を受けて淡い影を作るその奥。
自分がそこに映り込んでいることがちょっと信じられないくらいに。魔法石のように輝く薄青色の瞳はあまりにも綺麗すぎた。
「……こ、こちらこそ、よろしくお願いします――」
もごもごと返事をするわたし。同じマカベの娘とは思えない体たらくだ。
……いや、早くないか?
そう思ったけれど、マカベの儀も同じくらいだったような気がしてきた。「魔力が多い」というのはこういうことなのかもしれない。
見学者に目を遣ると、ジオの土地の子は不思議そうな、けれど予想はしていたといった表情で、ただ驚いているほかの土地の子との違いがはっきりわかる。
目の前のカフィナは……この子、どうしてこんなに嬉しそうなのだろう。
イェレキが眩しくなってきて、わたしは目を閉じた。
繰り返し練習した運指は身体に染みついている。あとは流れに身を任せるだけだ。
このクァジ、弾けるようになると案外楽しい。徐々に増えていく手数を綺麗にさばくのは、得も言われぬ快感があるのだ。変則的なリズムで蠢くイェレキの低音と早口に駆け抜ける歌がピタリとはまったときの心地良さといったら、ない。
……あれ?
「え……」
「なんですか、これは?」
感じた違和感と、子供たちのどよめき声は同時だった。
手の中にあるイェレキの感触が変わったのだ。イェレキはここにあってそれを抱えているはずなのに、ないような。
なにが起きたか確認するため、眩しさに目をやられないようほんのわずかに目蓋を持ち上げる。
……え。イェレキが、ない。ないのに、ある……?
つい先ほどとは真逆の感覚。
けれど本当にそうとしか言いようがなかった。イェレキを抱えている感覚も弦を爪弾いている感覚もあるのに、見えない。
ギュッと目をつむる。見ないで弾くことはできても、見えない状態で弾くのは難しいと思ったからだ。実際に今、完璧にしたはずの運指が危なかった。
目を閉じたことで落ち着いてきて、しかし、今度は別の感情が湧き上がってくる。
イェレキがなくなった、というその事実に。
……どうしてだろう。神さま、わたしには楽器をくれないのだろうか。
哀しい。楽器、欲しいよ……。
そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡るのに、その気持ちを歌に乗せることができない。耳が熱くなってくる。お願い、お願い。神さま……!
そうして最後まで演奏を終えたのに、イェレキのない不思議な感触は少しも変わらなかった。
心底がっかりしながら目を開けて。
叫びそうになった口を片手で押さえる。
……ぴ、ピアノ……!? というより、キーボード?
手もとだけを見るつもりで目を開いたから気づかなかったのだと思う。がしかし、神さまはちゃんと楽器を授けてくれていた。
それは、円状をしていた。
わたしの周りを鍵盤がぐるりと囲み、ふよふよと浮かんでいる。なんだか土星になった気分だ。
鍵盤の隙間からは赤と青の光が交互に漏れ出ていて近未来的にも見えるが、全体的な造形や装飾は優美で、まさしく神さまからの贈り物らしい。オーパーツのような雰囲気さえあった。
これが。……これを、わたしの物に。わたしが弾いても良いというのか。
ド、ド、と脈が主張をはじめた指で、そっと鍵盤に触れてみる。
ポオォォォン――……
重くて、水を多分に含んだような甘い音。わたしが知っているピアノに近くて、どこか違う音。
ふぁっと広がる澄みきった倍音がもとはイェレキであることを感じさせるのに、どうしようもないほどに懐かしくて。喉の奥を締め付けるような痛みさえも嬉しくて。
……すごい、すごく気に入った。ありがとう、神さま。
にんまりしたくなる。飛び上がってしまいそうだ。
そんな思いをできるだけ抑えて、楚々として見えるような笑みを浮かべた。
正面にある花を模した飾りからフラルネ作成時と同じざわざわを感じて、触ってみる。
しゅるりとキーボードが小さくなって、手のひらに黒い石となって収まった。みんながしていたように腰のフラルネにはめ、それからもう一度触れる。今度はしゅっと出てくる。大成功だ。
「……レイン様は本当に、うたうと上手に魔力を扱えますね」
「ありがとうございます。フェヨリ先生が教えてくださったおかげです」
フェヨリが簡単にお試しの許可を出したのは、これを確信していたというのもあるのだろう。
ほかの子と同じようにはいかないけれど、歌があれば十分に魔法を使うことができる。それがわかっただけでも良かったと思う。
そうして子供たちのほうに向き直り、ぽかんとした顔、顔、顔に迎えられた。
カフィナだけがとろけるような笑顔を浮かべていて、その動じなさが少し怖い。が、ここまでわたしを受け入れてくれる子はいないのでそのまま彼女のもとへ足を向ける。
いや、もう一人いた。好意的な笑みを浮かべている子。
最初に演奏をした月のような女の子。
空色から青紫へと、今日もグラデーションになるようにツスギエ布を纏っている。色の境を見つけやすい日もあって、四色の布を使っている――つまり、スダの土地の子だということはわかっていた。
そんな彼女が、ひらりと空の色を揺らしながら真っ直ぐこちらに近づいてくる。
ぶつかる――わけもなくわたしの目の前ですっと立ち止まり、両手が胸の前で重ねられる。挨拶を求められているのだ。わたしのほうが背が低い。
「はじめまして。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。ご挨拶が遅れましたが、あのときの演奏は素晴らしいものでした」
「スダ・マカベとアイナの娘、ラティラです」
……え、スダの土地の、マカベの娘?
「レイン様のお噂はかねがね。ぜひ、わたくしとも仲良くしてくださいませ」
噂とはなんだろうとか、同じマカベの娘としてよろしくどうぞというあれだろうか面倒なとか、いろいろ思うことはあるけれど。
ラティラの長い睫毛が、木漏れ日を受けて淡い影を作るその奥。
自分がそこに映り込んでいることがちょっと信じられないくらいに。魔法石のように輝く薄青色の瞳はあまりにも綺麗すぎた。
「……こ、こちらこそ、よろしくお願いします――」
もごもごと返事をするわたし。同じマカベの娘とは思えない体たらくだ。
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