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第二章
四つの土地と、マクニオス(2)
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ここでの生活区域も、土地ごとに分かれていた。
デリが東、アグが北、スダが西、そして、ジオが南。円状に連なる木立の舍のさらに外側、それぞれの土地がある方向に木が密集している場所――通称、林がある。
南側のそれに近づくと、林は五つに分かれているのがわかる。真ん中だけ、密集している木の数が多い。
「同じ大きさの四棟は、それぞれ教師と舎生の寮で、男女別になっています。真ん中は共用棟です。食堂や談話室があるのと……わたくしもレインも今は使いませんけれど、付添人や、マクニオスに部屋を持たない者が一時的に滞在するための部屋もあります」
「だから大きいのですね」
まずは到着を知らせなければならないらしく、さっそくわたしたちは共用棟へ向かった。
どのようにしているのか、シユリは舟を降りた状態で、荷物を載せたままの舟を動かしている。役割は台車と同じだけれど、舟は浮いているからなんとも不思議だ。
共用棟の木の根は正面が大きく開いていて、扉はなく、入り口だけ見ると天幕みたいだと思った。中に入ると、家であれば玄関だというところに受付がある。そこに座っていた女の子の前に行き、両手を胸の前で重ねて挨拶をする。
「レイン様ですね。はじめまして――」
最上級生でジオの林の案内係だというその子は、メウジェ、と名乗った。
彼女に言われた通り、第二談話室へと向かう。入舎の儀を終えるまでは食堂を使えないらしく、しばらくはここで食事をするのだ。中にいるのは今日移動してきた者、つまりご近所さん……つまりマカベの儀で挨拶をした文官の子供たちばかりのはずだが、わたしが名前を覚えているのはヅンレだけであった。
シユリはわたしを席に座らせると、「教師寮に荷物を置いてきます」と言って踵を返した。
特に誰かと話すこともなく、わたしはぼうっと談話室内の様子を見る。ところどころに絵画が掛けられているくらいで、これといった特徴はない。
しばらくしてシユリが戻ってきて、それから夕食が運ばれてくる。
二人分だけれど、しっかりといけばなだ。
食事の用意をしてくれた家政師――マクニオスで家事全般を担う者――の老婦人はすぐに引っ込んでしまったため、わたしはシユリと感想を言い合いながら食べる。やはり、味はいまいちである。
ほかの子供たちもそれぞれの付添人と夕食をとっていた。彼らがどのような感想を言い合っているのかまでは聞こえてこない。……入舎後は食事をともにするのだ。できることなら、あまり小難しい言葉を使わない子たちであってほしい。
「初級生のみなさまは、こちらに集まってください。寮の部屋へ案内します。付添人のみなさまは荷物移動の準備をお願いします」
夕食後、部屋に入ってきたメウジェともう一人の男の子が、それぞれ男女別に初級生を招集する。
わたしはシユリと別れて、メウジェの近くへ寄る。ヅンレは男の子なので、周りは知らない子ばかりだ。少し心細い。
初級生が集まったことを確認すると、メウジェは一人ひとりに腕時計と似た形の魔道具を手渡した。はじめてシルカルの家に入るときに渡されたのと同じものだ。
わたしはもう、これが魔道具だということを知っている。
あのとき渡されたものには琥珀色の石がはめられていたが、これにはめられているのは透明感のある乳白色の石。
腕に通して留め具をはめると、その中に刻まれた記号のようなものが、赤色に光りながら揺らめきだした。ろうそくの火のように、ずっと眺めていたくなる。
寮の中は、緩やかな螺旋階段と、そこから枝のように伸びる廊下で構成されていた。
廊下の先にはいくつか部屋があるらしく、時どき止まっては、メウジェが奥へと初級生を案内する。
階段はかなり暗い。
廊下が伸びる手前の壁には、オーナメントのような灯りが掛かっていて、それが辺りを淡く照らしているだけなのだ。光源が不思議な形をしているため、作られる影も大きい。あまりに眠いときは上り下りすることがないよう気をつけようと思う。……まぁ、そんな予定もないだろうけれど。
そんな階段は、長いというより廊下の並びがあまりに不規則で、わたしは途中で階数をかぞえるのをやめてしまった。
が、自分の部屋がどこにあるのかはすぐにわかった。
「……あ、この灯りの形、わたしの魔道具に刻まれているのと同じです」
廊下の入り口に掛けられた灯りを指差してから、魔道具に刻まれた、アンパサンドに羽が生えたような形の記号をメウジェに見せる。と、彼女は優しく目を細めた。
「えぇ、よく気づきましたね。こちらにレイン様のお部屋があります」
メウジェの先導で薄暗い廊下を少し進むと、半球状の空間に行き当たる。その壁一面に、扉が一、二、三……全部で十二個ある。
そのうちのひとつ、濁った灰色の石がはめられた扉の前に立たされた。
「お部屋の登録をしますから、この石に触れてください」
「わかりました」
手を触れると、お決まりのように灰色の石が光る。
何度か明滅を繰り返したあと、光は収まった。灰色だった石は、魔道具の石と同じ乳白色に変わっている。
それから、金色に光る文字が浮かび上がっていた。
『初級生・レイン』
デリが東、アグが北、スダが西、そして、ジオが南。円状に連なる木立の舍のさらに外側、それぞれの土地がある方向に木が密集している場所――通称、林がある。
南側のそれに近づくと、林は五つに分かれているのがわかる。真ん中だけ、密集している木の数が多い。
「同じ大きさの四棟は、それぞれ教師と舎生の寮で、男女別になっています。真ん中は共用棟です。食堂や談話室があるのと……わたくしもレインも今は使いませんけれど、付添人や、マクニオスに部屋を持たない者が一時的に滞在するための部屋もあります」
「だから大きいのですね」
まずは到着を知らせなければならないらしく、さっそくわたしたちは共用棟へ向かった。
どのようにしているのか、シユリは舟を降りた状態で、荷物を載せたままの舟を動かしている。役割は台車と同じだけれど、舟は浮いているからなんとも不思議だ。
共用棟の木の根は正面が大きく開いていて、扉はなく、入り口だけ見ると天幕みたいだと思った。中に入ると、家であれば玄関だというところに受付がある。そこに座っていた女の子の前に行き、両手を胸の前で重ねて挨拶をする。
「レイン様ですね。はじめまして――」
最上級生でジオの林の案内係だというその子は、メウジェ、と名乗った。
彼女に言われた通り、第二談話室へと向かう。入舎の儀を終えるまでは食堂を使えないらしく、しばらくはここで食事をするのだ。中にいるのは今日移動してきた者、つまりご近所さん……つまりマカベの儀で挨拶をした文官の子供たちばかりのはずだが、わたしが名前を覚えているのはヅンレだけであった。
シユリはわたしを席に座らせると、「教師寮に荷物を置いてきます」と言って踵を返した。
特に誰かと話すこともなく、わたしはぼうっと談話室内の様子を見る。ところどころに絵画が掛けられているくらいで、これといった特徴はない。
しばらくしてシユリが戻ってきて、それから夕食が運ばれてくる。
二人分だけれど、しっかりといけばなだ。
食事の用意をしてくれた家政師――マクニオスで家事全般を担う者――の老婦人はすぐに引っ込んでしまったため、わたしはシユリと感想を言い合いながら食べる。やはり、味はいまいちである。
ほかの子供たちもそれぞれの付添人と夕食をとっていた。彼らがどのような感想を言い合っているのかまでは聞こえてこない。……入舎後は食事をともにするのだ。できることなら、あまり小難しい言葉を使わない子たちであってほしい。
「初級生のみなさまは、こちらに集まってください。寮の部屋へ案内します。付添人のみなさまは荷物移動の準備をお願いします」
夕食後、部屋に入ってきたメウジェともう一人の男の子が、それぞれ男女別に初級生を招集する。
わたしはシユリと別れて、メウジェの近くへ寄る。ヅンレは男の子なので、周りは知らない子ばかりだ。少し心細い。
初級生が集まったことを確認すると、メウジェは一人ひとりに腕時計と似た形の魔道具を手渡した。はじめてシルカルの家に入るときに渡されたのと同じものだ。
わたしはもう、これが魔道具だということを知っている。
あのとき渡されたものには琥珀色の石がはめられていたが、これにはめられているのは透明感のある乳白色の石。
腕に通して留め具をはめると、その中に刻まれた記号のようなものが、赤色に光りながら揺らめきだした。ろうそくの火のように、ずっと眺めていたくなる。
寮の中は、緩やかな螺旋階段と、そこから枝のように伸びる廊下で構成されていた。
廊下の先にはいくつか部屋があるらしく、時どき止まっては、メウジェが奥へと初級生を案内する。
階段はかなり暗い。
廊下が伸びる手前の壁には、オーナメントのような灯りが掛かっていて、それが辺りを淡く照らしているだけなのだ。光源が不思議な形をしているため、作られる影も大きい。あまりに眠いときは上り下りすることがないよう気をつけようと思う。……まぁ、そんな予定もないだろうけれど。
そんな階段は、長いというより廊下の並びがあまりに不規則で、わたしは途中で階数をかぞえるのをやめてしまった。
が、自分の部屋がどこにあるのかはすぐにわかった。
「……あ、この灯りの形、わたしの魔道具に刻まれているのと同じです」
廊下の入り口に掛けられた灯りを指差してから、魔道具に刻まれた、アンパサンドに羽が生えたような形の記号をメウジェに見せる。と、彼女は優しく目を細めた。
「えぇ、よく気づきましたね。こちらにレイン様のお部屋があります」
メウジェの先導で薄暗い廊下を少し進むと、半球状の空間に行き当たる。その壁一面に、扉が一、二、三……全部で十二個ある。
そのうちのひとつ、濁った灰色の石がはめられた扉の前に立たされた。
「お部屋の登録をしますから、この石に触れてください」
「わかりました」
手を触れると、お決まりのように灰色の石が光る。
何度か明滅を繰り返したあと、光は収まった。灰色だった石は、魔道具の石と同じ乳白色に変わっている。
それから、金色に光る文字が浮かび上がっていた。
『初級生・レイン』
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