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第一章
曲を作ろう(2)
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「レインはマクニオスの曲を知らないのです。シルカル様、子供用の曲を聞かせて差し上げたらいかがですか?」
「……よろしい。では、レインに教える予定であった曲を」
そう言うと、シルカルはおもむろにイェレキに指を滑らせた。
――ピイイィン……ピイイィィン……
当然のことながら、先ほどわたしの鼻歌をなぞったときとはまるで音が違う。
彼の口から歌が溢れると、辺りの空気が明らかに変化した。
その歌は厳かで、やはり歌詞は早口だけれど、どこか悠然としていて。そして子供らしい、楽しげな明るさを湛えている。
牧歌のような。懐かしい気持ちにさせる歌。
――ああ……。
純粋に、素晴らしいと思った。
心にすうっと沁み渡るような演奏も、イェレキの音の良さを余すことなく引き出す曲そのものも。
弦を撫でるシルカルの腕が動くたびに、金属の飾りがシャン、シャランと鳴り響く。その音すら、曲の一部になっている。
この森と、森を創った神への賛美。
それは神のためでもあり、巡り巡って、自分たちのためでもある。
……そうだ。わたしは、こういう歌が好きだ。早く、曲を作りたい……!
衝動に近い感情だった。
得も言われぬ興奮が、わたしの息を熱くさせた。けれども何故か、ざわつく心とは反対に、頭だけはしぃんと凪いでいる。
やがてシルカルの演奏が終わると、わたしはヒィリカとともに惜しみない拍手を送った。
そのシルカルが興味深そうにわたしを見てきたので――あの怖い無表情を、わたしはそう受け取ることができるようになった――、興奮していたことに気づかれていたのかと恥ずかしくなる。
耳が熱くて堪らない。きっと、興奮と羞恥で真っ赤になっていることだろう。
「とても素晴らしい演奏で、感動してしまいました」
「……そのようだな。それより、曲はどうだろうか? そなたにも作れそうか?」
「はい! 早く作りたいです! ……っ、ではなくて、作れると思います」
「それなら良い」
「あ……もう一つ、お訊きしても良いですか?」
シルカルが頷く。
「歌詞はどのような内容がふさわしいのでしょうか」
なんとなく予想はつくけれど、解釈違いがあるかもしれない。このようなことは、先に確認しておいたほうが良いのだ。
「儀式は神に向けるものだ。神が創ったこの世界の美しさを称えるものが良い」
「えっ、神さまに会えるのですか!?」
思わず口にしてしまった驚きを、ヒィリカがそっと息を吐きながら否定した。
「神はただ、見ているだけですよ」
「あのように対話を試みることなど滅多にない。普通は」
シルカルが「普通は」の部分を強調して言うと、ヒィリカはその笑みを深める。
……ああ、なるほど。ヒィリカは普通ではない、と。
そう納得したところで、「レイン」とヒィリカが話を逸らすようにわたしを呼んだ。
「あなたは、神とお話をしたいのですか?」
「はい」
「では、木立の舎でよく学ぶことですね」
「……はい」
「そのためにも、今はとにかく、イェレキに弾き慣れなさい」
弱虫なわたし、よくやった! 学校に行かなくても良いのでは、などと言い出さなくて良かったのだ。急がば回れ、音楽好きを舐めないで!
イェレキを部屋に持ち帰ったわたしは、夕食の後も弾き続ける。
シルカルにも弾き慣れろと言われたばかりであったし、イェレキの音は耳に心地良くて、いくらでも曲を作れるような気がした。
……この世界の美しさを称える、ねぇ。
わたしが知っているこの世界の美しいものは、最初の泉と、夜の森と、この家くらいだ。ここへ来る道すがら、荷車の窓から見えたのは畑と遠くの森で、単調だと言わざるを得ない景色だった。
が、問題はない。
目を閉じて、あの泉を思い出す。
完全に夢だと思っていたので、幻想的だという思い込みもあったかもしれない。それでも、あの場所が美しかったことに変わりはないはずだ。
ポコポコと豊かに湧き出る水。
夕焼けで染まっているかのように赤みがかった木々や草花。
昼間の陽射しは、その輝きが木漏れ日となって散りばめられていて、夜は、ぼんやりと光る泉の上空でたくさんの星が瞬いていた。
――ピイィィン、ピャラン……
……イェレキの音は、この美しさを伝えるためにあるのか。
しばらく弾いているうちに、そんな思いが胸に広がる。
その納得感は、とても自然なものだった。それほどに、溢れる音は感情に寄り添ってくる。ともすればシルカルやヒィリカがうたっていたような旋律になりがちだったが、わたしはそれを、自分の得意な旋律と構成に落とし込む。
曲を作るよう言われたとき、わたしはまず、日本のポピュラー音楽、その王道でいこうと決めていた。
なかでも、子供向けの童謡が良い。わたし好みであることは勿論のこと、ヒィリカがあの鼻歌を「真っ直ぐで、美しい」と言ってくれたのだ。変に凝るよりも、純粋な思いのままに作り上げたほうが良いと思う。
わたしの作曲にも熱が入るというものだ。
知らない世界の、知らない楽器で、日本らしい音楽を奏でる。なんて素敵なことだろう!
そうして二日ののち、わたしは曲を完成させた。
「……よろしい。では、レインに教える予定であった曲を」
そう言うと、シルカルはおもむろにイェレキに指を滑らせた。
――ピイイィン……ピイイィィン……
当然のことながら、先ほどわたしの鼻歌をなぞったときとはまるで音が違う。
彼の口から歌が溢れると、辺りの空気が明らかに変化した。
その歌は厳かで、やはり歌詞は早口だけれど、どこか悠然としていて。そして子供らしい、楽しげな明るさを湛えている。
牧歌のような。懐かしい気持ちにさせる歌。
――ああ……。
純粋に、素晴らしいと思った。
心にすうっと沁み渡るような演奏も、イェレキの音の良さを余すことなく引き出す曲そのものも。
弦を撫でるシルカルの腕が動くたびに、金属の飾りがシャン、シャランと鳴り響く。その音すら、曲の一部になっている。
この森と、森を創った神への賛美。
それは神のためでもあり、巡り巡って、自分たちのためでもある。
……そうだ。わたしは、こういう歌が好きだ。早く、曲を作りたい……!
衝動に近い感情だった。
得も言われぬ興奮が、わたしの息を熱くさせた。けれども何故か、ざわつく心とは反対に、頭だけはしぃんと凪いでいる。
やがてシルカルの演奏が終わると、わたしはヒィリカとともに惜しみない拍手を送った。
そのシルカルが興味深そうにわたしを見てきたので――あの怖い無表情を、わたしはそう受け取ることができるようになった――、興奮していたことに気づかれていたのかと恥ずかしくなる。
耳が熱くて堪らない。きっと、興奮と羞恥で真っ赤になっていることだろう。
「とても素晴らしい演奏で、感動してしまいました」
「……そのようだな。それより、曲はどうだろうか? そなたにも作れそうか?」
「はい! 早く作りたいです! ……っ、ではなくて、作れると思います」
「それなら良い」
「あ……もう一つ、お訊きしても良いですか?」
シルカルが頷く。
「歌詞はどのような内容がふさわしいのでしょうか」
なんとなく予想はつくけれど、解釈違いがあるかもしれない。このようなことは、先に確認しておいたほうが良いのだ。
「儀式は神に向けるものだ。神が創ったこの世界の美しさを称えるものが良い」
「えっ、神さまに会えるのですか!?」
思わず口にしてしまった驚きを、ヒィリカがそっと息を吐きながら否定した。
「神はただ、見ているだけですよ」
「あのように対話を試みることなど滅多にない。普通は」
シルカルが「普通は」の部分を強調して言うと、ヒィリカはその笑みを深める。
……ああ、なるほど。ヒィリカは普通ではない、と。
そう納得したところで、「レイン」とヒィリカが話を逸らすようにわたしを呼んだ。
「あなたは、神とお話をしたいのですか?」
「はい」
「では、木立の舎でよく学ぶことですね」
「……はい」
「そのためにも、今はとにかく、イェレキに弾き慣れなさい」
弱虫なわたし、よくやった! 学校に行かなくても良いのでは、などと言い出さなくて良かったのだ。急がば回れ、音楽好きを舐めないで!
イェレキを部屋に持ち帰ったわたしは、夕食の後も弾き続ける。
シルカルにも弾き慣れろと言われたばかりであったし、イェレキの音は耳に心地良くて、いくらでも曲を作れるような気がした。
……この世界の美しさを称える、ねぇ。
わたしが知っているこの世界の美しいものは、最初の泉と、夜の森と、この家くらいだ。ここへ来る道すがら、荷車の窓から見えたのは畑と遠くの森で、単調だと言わざるを得ない景色だった。
が、問題はない。
目を閉じて、あの泉を思い出す。
完全に夢だと思っていたので、幻想的だという思い込みもあったかもしれない。それでも、あの場所が美しかったことに変わりはないはずだ。
ポコポコと豊かに湧き出る水。
夕焼けで染まっているかのように赤みがかった木々や草花。
昼間の陽射しは、その輝きが木漏れ日となって散りばめられていて、夜は、ぼんやりと光る泉の上空でたくさんの星が瞬いていた。
――ピイィィン、ピャラン……
……イェレキの音は、この美しさを伝えるためにあるのか。
しばらく弾いているうちに、そんな思いが胸に広がる。
その納得感は、とても自然なものだった。それほどに、溢れる音は感情に寄り添ってくる。ともすればシルカルやヒィリカがうたっていたような旋律になりがちだったが、わたしはそれを、自分の得意な旋律と構成に落とし込む。
曲を作るよう言われたとき、わたしはまず、日本のポピュラー音楽、その王道でいこうと決めていた。
なかでも、子供向けの童謡が良い。わたし好みであることは勿論のこと、ヒィリカがあの鼻歌を「真っ直ぐで、美しい」と言ってくれたのだ。変に凝るよりも、純粋な思いのままに作り上げたほうが良いと思う。
わたしの作曲にも熱が入るというものだ。
知らない世界の、知らない楽器で、日本らしい音楽を奏でる。なんて素敵なことだろう!
そうして二日ののち、わたしは曲を完成させた。
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