雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

文字の大きさ
上 下
13 / 54
第一章

新しい生活と新しい楽器(2)

しおりを挟む
 ラーラララー ララー ラ ラー
 ラララララーララー ラ ララー……


 窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が入り込んでくる。
 すぅ、と息を吸い込めば、鼻孔をくすぐるのは森の香り。今日も快晴。爽やかな朝だ。

 マクニオスを支える存在、木立の者として働いているシルカルはとてもできる人らしく、ヒィリカたちと泉から荷車で帰る間に、わたしの部屋を準備していてくれた。

 今、わたしのいるこの部屋がそうだ。三人いるという子供たちの部屋の、さらに上に作られている。日本の家よりもずっと広いが、華美ではなく品があり、実に女の子らしい部屋である。

 敷物や寝具、椅子に張られた布に使われているのは、共用部分の深い赤とは違い、朝焼けのような、やわらかな曙色。ところどころに施された金色の模様は植物だろうか、差し色として引き締めると同時に、全体を温かみのある印象に見せていた。
 そして壁には、居間と同じように写実的な絵が掛けられていて、窪みでできた本棚には何冊か、すでに本が入っている。その奥の窪みは分厚い布で見えないようになっているが、服が収納されているのだ。
 もともとあった部屋ならともかく、これを最初から準備したとすれば、かなりのお金がかかっているに違いない。

 ……ヒィリカは、もっと可愛らしい雰囲気にしたいようだったけれど。中身が大人なわたしにはこれくらいが丁度良い。

 それから少しだけ、少しだけだが、この部屋をあのシルカルが無表情で用意したのだと思うと、笑いがこみ上げてくる。……勿論、顔には出さない。このような素敵な部屋を用意してくれて、感謝の気持ちのほうが大きいに決まっているのだから。

「らーらららー……」

 歌に合わせて、姿見の前でくるりと回ってみる。
 空気を含み、ふわりと膨らむ服。ヒィリカやトヲネと同じように、わたしもあの薄い布――ツスギエ布を纏っているのだ。

 マクニオスの女性は、白いハイネックと白いスカートを身に着け、その上からツスギエ布を纏うのが習わしらしい。そしてやはり、ツスギエ布を美しくなびかせることが重要だというのだから、練習は必須である。
 わたしはフラダンスのように肩の高さで腕を動かしてみたり、両手を広げたままくるくると回ってみたりして、その揺れかたを何度も確かめた。

 ちなみに男性は黒のハイネックとズボン、そしてベストのような金属の飾りを着ける。
 こちらもシャンシャンと綺麗な音を鳴らすことが重要らしく、マクニオスの人びとは動くだけでも大変なのだな、と思った。他人事ではないのだけれども。

 ツスギエ布にはさまざまな色があった。毎日組み合わせを変えて二色選ぶようにと言われていて、今日は桃色と灰色だ。
 これをずり落ちないように紐で留めるのだが、背中の後ろなど、とうてい一人でできるものではない。そこでこの姿見の出番である。

 ……最初に服の着方を教わったときは、驚きすぎて固まったほどの、常識破りな話だ。



「……レインは髪も瞳も真っ黒ですから、今ここにあるだけでは色を合わせるのが難しそうですね」
「マクニオスの人はみんな、お母様たちと同じような色なのですか?」

 わたしがそう訊くと、ヒィリカは少しだけ考えるように宙に目を向けた。

「そうですね、瞳の色はさまざまですけれど、髪は金色の者がほとんどです。濃くても金茶、といったところでしょうか」
「……それだと、わたし、とても目立ちますね」
「どちらにしても、あなたは目立ちますよ。……さて、今日はこの色にしましょうか」

 どういう意味か問おうとしたところで、わたしは赤色と黄色のツスギエ布と、三本の紐を手渡される。それを指示される通り、姿見の突起部分に引っ掛けた。やけに不思議な飾りがついていると思ったら、このための凹凸だったらしい。

「では、両手をここに触れて」

 左右の縁に填められていた琥珀色の石に、両手を伸ばして触れる。
 ……知っている。これに触れれば、光るのだ。わたしはもう驚かない。
 そう意気込んだ、次の瞬間。

「え……?」

 姿見から溢れた琥珀色の光の粒が、ツスギエ布をふわりと持ち上げて、ふぁさ、とわたしに覆い被さった。

 わたしが驚きに目を見開いているうちに、ツスギエ布は勝手に形が整えられていき、両肘と、背中の辺りを紐できゅっと結ばれた。
 光の粒が姿見へ戻っていく。同時にやわらかな風が吹き、ひだの歪みが綺麗になる。

 そうして光の粒がすべて消えると、鏡には、揺れる布を纏うわたしの姿が映っていた。



 紙になる鳥や空を飛ぶ舟、服を着させてくれるこの姿見。これらは、魔道具という、魔法を使うための道具らしい。
 家の中のあちこちにあった琥珀色の石も、すべて魔道具の核なのだとか。シルカルには、使いかたを教えていないものには触らないように、と強く念を押された。わたしは良い子なので、当然その指示には従う。

 それよりもだ。魔法を使うための・・・・・・・・道具、ということは、つまり、つまり……!

 ……わたしが、魔法を使えている、ということではないか!

 自覚はまったくもってないのだが、そういうことになる。はじめは「あり得ない」と疑っていたわたしの魔力云々という話は、本当のことだったのだ。
 さすがは夢の中の世界。おとぎ話のような出来事に、少しだけ胸が高鳴る。
 それにもしかすると、今日もらえる楽器を使って歌をうたえば、ヒィリカみたいに神さまを呼び出せるのかもしれない。

 ……楽しみだな、早く昼にならないかな。そう思いながら、わたしの口はまた、歌を紡ぎだす。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...