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第一章
夢だけど、夢ではないらしい(2)
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自分の発した知らない言葉に驚いていると、男性の目がすっと細められて、わたしを検分するようにじっと見つめてきた。
好意的ではないどころか、背筋が凍りつきそうなほど冷たい視線に、ヒクリとわたしの頬が引き攣る。お腹の底から震えるような恐怖を感じて、初めての体験なのに、「ああ、これが殺気というものなのか」と、わたしは妙に納得した。
……でも、夢の中で死ぬとどうなるんだっけ?
「……ジオ・マカベ。そのように怖い目をしないでくださいませ。彼女が怖がっているでしょう」
しかし、ぷくりと頬を膨らませた女性に睨まれると、ジオ・マカベと呼ばれた男性は気まずそうに視線をずらしてくれた。ひとまず命の危機は去ったようで、わたしはほっと息を吐く。
「ごめんなさいね。彼、興味を惹かれるものに出会うとどうしても、じっと見つめてしまうのですよ」
「ヒィリカ」
唸るような低い声に、またわたしの頬が引き攣った。けれども、ヒィリカというらしい女性は、「あら、本当のことでしょう?」とクスクス笑う。
ジオ・マカベのむすっとした顔を見るに、わたしに興味を持っただけ、というのは事実なのだろう。それならば、もっと熱の籠もった目を向けて欲しいものだ。
あのように冷たい目で「興味を惹かれました」と言われても、信じられるはずがない。
「ねぇ。さっきの歌はどのような仕組みなのかしら? 聞いたことのない言葉に旋律、それなのにあの魔力。わたくし、歌には詳しいつもりだったのですけれど……正直、わけがわかりませんでしたから」
……はい。わけがわからないのは、わたしのほうです。
今、魔力と聞こえたのは空耳だろうか。
それとも、なにかの冗談だろうか。
わたしがぐるぐると考えている間にも、ヒィリカは質問を続けてくる。
やはり聞き間違いではなかったようだ。魔法とか、魔術などという物語に出てくるような単語が、わたしの耳を素通りしていく。
どう反応したら良いのかわからず黙っていると、ヒィリカは数度、目を瞬かせた。揃えた指先を頬に添えて首を傾げると、肩にかかっていた彼女の白金色の髪が、はらりと落ちる。
「……あら、わたくしとしたことが。いきなり魔法の話なんて、無粋でした。……そうですね、まず、あなたはどこの国からいらしたの? 年齢も教えていただけるかしら。それにどうして、このような場所にいるのでしょう?」
話しかけられているのに返事ができない、という状況は、意外にも人を強い緊張状態にさせるらしい。
ようやく理解できる質問をされたので、知らず強ばっていた身体の力を抜く。それから、よし答えるぞ、と息を吸い込んだところで気がついた。
全部、答えられないのだ。
日本から、と言って通じるかどうか怪しいし、この見た目で二十五歳などと言うのは自分でも遠慮したい。頭のおかしい子に思われること間違いなしだ。寝ていたらここに……は、もはや考えるまでもない。
行き場のなくなった吸気を吐き出しつつ、なんと答えたものかと口をパクパクさせていると、ジオ・マカベがハァ、と溜め息をついた。
「そのように矢継ぎ早に質問をするものでない、ヒィリカ」
距離感や雰囲気からして、二人は夫婦なのだろう。そうですけれど、とヒィリカがふてくされるような、甘えるような声を出したが、嫌味はなく、微笑ましさすら感じる。
「わたくし、この子が欲しいのです。ほら、あの魔力量に歌でしょう、わたくしたちの娘にふさわしいと思いませんか?」
「……、はい?」
……前言を撤回します。
想像もしていなかった言葉に、微笑ましく思っていた気持ちが一気に萎んだ。いきなりなにを言いだすというのか!
わたしはただただ唖然としていて、しかし、ヒィリカはどんどん話を進めていく。……儚げな見た目とは裏腹に、かなり強引だ。ゴーイング・マイウェイだ。
「それに、シユリも妹が欲しいと言っていましたし――」
――シャン、シャン。
突然、涼やかで細かな金属音が聞こえてきた。
振り向くと、木々の間からゆっくりと歩いてくる男女二人の姿が。現在会話中の夫婦と同じように、男性は黒、女性は白を基調とした服を着ている。
女性の纏っている薄い布が、ふわり、ふわりと揺れる。
シャン、シャン。二人の歩みが、金属音の鳴るリズムと揃っている。
呼吸をすることも憚られるほど、辺りに緊張が満ちる。
ただ二人の人間がこちらへ歩いてくるだけなのに、それは、とても繊細な芸術のように感じられた。
「ジオ・マカベ。なにやら大きな魔力を感じたのだが……?」
好意的ではないどころか、背筋が凍りつきそうなほど冷たい視線に、ヒクリとわたしの頬が引き攣る。お腹の底から震えるような恐怖を感じて、初めての体験なのに、「ああ、これが殺気というものなのか」と、わたしは妙に納得した。
……でも、夢の中で死ぬとどうなるんだっけ?
「……ジオ・マカベ。そのように怖い目をしないでくださいませ。彼女が怖がっているでしょう」
しかし、ぷくりと頬を膨らませた女性に睨まれると、ジオ・マカベと呼ばれた男性は気まずそうに視線をずらしてくれた。ひとまず命の危機は去ったようで、わたしはほっと息を吐く。
「ごめんなさいね。彼、興味を惹かれるものに出会うとどうしても、じっと見つめてしまうのですよ」
「ヒィリカ」
唸るような低い声に、またわたしの頬が引き攣った。けれども、ヒィリカというらしい女性は、「あら、本当のことでしょう?」とクスクス笑う。
ジオ・マカベのむすっとした顔を見るに、わたしに興味を持っただけ、というのは事実なのだろう。それならば、もっと熱の籠もった目を向けて欲しいものだ。
あのように冷たい目で「興味を惹かれました」と言われても、信じられるはずがない。
「ねぇ。さっきの歌はどのような仕組みなのかしら? 聞いたことのない言葉に旋律、それなのにあの魔力。わたくし、歌には詳しいつもりだったのですけれど……正直、わけがわかりませんでしたから」
……はい。わけがわからないのは、わたしのほうです。
今、魔力と聞こえたのは空耳だろうか。
それとも、なにかの冗談だろうか。
わたしがぐるぐると考えている間にも、ヒィリカは質問を続けてくる。
やはり聞き間違いではなかったようだ。魔法とか、魔術などという物語に出てくるような単語が、わたしの耳を素通りしていく。
どう反応したら良いのかわからず黙っていると、ヒィリカは数度、目を瞬かせた。揃えた指先を頬に添えて首を傾げると、肩にかかっていた彼女の白金色の髪が、はらりと落ちる。
「……あら、わたくしとしたことが。いきなり魔法の話なんて、無粋でした。……そうですね、まず、あなたはどこの国からいらしたの? 年齢も教えていただけるかしら。それにどうして、このような場所にいるのでしょう?」
話しかけられているのに返事ができない、という状況は、意外にも人を強い緊張状態にさせるらしい。
ようやく理解できる質問をされたので、知らず強ばっていた身体の力を抜く。それから、よし答えるぞ、と息を吸い込んだところで気がついた。
全部、答えられないのだ。
日本から、と言って通じるかどうか怪しいし、この見た目で二十五歳などと言うのは自分でも遠慮したい。頭のおかしい子に思われること間違いなしだ。寝ていたらここに……は、もはや考えるまでもない。
行き場のなくなった吸気を吐き出しつつ、なんと答えたものかと口をパクパクさせていると、ジオ・マカベがハァ、と溜め息をついた。
「そのように矢継ぎ早に質問をするものでない、ヒィリカ」
距離感や雰囲気からして、二人は夫婦なのだろう。そうですけれど、とヒィリカがふてくされるような、甘えるような声を出したが、嫌味はなく、微笑ましさすら感じる。
「わたくし、この子が欲しいのです。ほら、あの魔力量に歌でしょう、わたくしたちの娘にふさわしいと思いませんか?」
「……、はい?」
……前言を撤回します。
想像もしていなかった言葉に、微笑ましく思っていた気持ちが一気に萎んだ。いきなりなにを言いだすというのか!
わたしはただただ唖然としていて、しかし、ヒィリカはどんどん話を進めていく。……儚げな見た目とは裏腹に、かなり強引だ。ゴーイング・マイウェイだ。
「それに、シユリも妹が欲しいと言っていましたし――」
――シャン、シャン。
突然、涼やかで細かな金属音が聞こえてきた。
振り向くと、木々の間からゆっくりと歩いてくる男女二人の姿が。現在会話中の夫婦と同じように、男性は黒、女性は白を基調とした服を着ている。
女性の纏っている薄い布が、ふわり、ふわりと揺れる。
シャン、シャン。二人の歩みが、金属音の鳴るリズムと揃っている。
呼吸をすることも憚られるほど、辺りに緊張が満ちる。
ただ二人の人間がこちらへ歩いてくるだけなのに、それは、とても繊細な芸術のように感じられた。
「ジオ・マカベ。なにやら大きな魔力を感じたのだが……?」
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