雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

夢だけど、夢ではないらしい(1)

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 わたしはまた、うたっていた。

 ……いや。また、という表現はおかしい。大体いつも、わたしはうたっているのだから。

 特別に技量があるというわけではないが、人に聴かせられる程度には上手だと思っているし、学生の頃から組んでいたバンドでは、ボーカルとして人前でうたうこともたくさんあった。
 社会人になって少しすると、だんだんメンバーの時間や気持ちが合わなくなっていって、バンドは一年半前に解散。それでもわたしはうたいたかったから、家に籠もり、一人パソコンで曲を作ってはネットにあげ、作ってはあげてを繰り返していた。
 勿論、再生回数がぐんと伸びるわけでもなく。……本当に、ただの自己満足だったけれど。

 そんなある日、バンド時代にお世話になった人から「ライブに出ないか」とお誘いがあったのだ。

 人前でうたうことに飢えていたわたしは、すぐに了承した。
 それからしばらくは曲のアレンジをしたり、久しぶりに触るピアノにドキドキしたり、もちろん歌の練習もしたりと、ライブの準備に明け暮れていた。
 そして、ライブの前日――。



 はたして。今は、ライブの前日なのだろうか。
 この夢の中では、すでに一週間が経過している。夢の中の時間感覚などあてにはならないが、大寝坊をかましている可能性は大いにあるだろう。早く起きなければ。

 と、思うのだが、この夢はなかなかに面白い。

 本当にそう思いながらうたえば、その結果を返してくれる泉。
 そんな不思議な泉の存在に慣れてしまったわたしは、願いを叶えるための曲を何曲も作った。現実であれば、「なんだそれ!」と、自分に突っ込むことだろう。
 ともかく、普通なら焦るべきこのような場面で、自分の歌好き――いや、作曲好き?――が、恐ろしい仕事をしているというのは事実だ。

 ちなみに現時点での傑作は、「砂上のコイ」という歌である。

 最初はそれぞれ別に作っていたのだが、Aメロを飲み物、Bメロを食べ物、サビを両方にあてることで、とても便利な歌になった。
 砂漠の夜をイメージしているので、哀しみを匂わせつつも、しんとした美しさのある、かなりの出来栄えだ。「恋」と「乞い」をかけた曲名も上手い。心も込めやすいし、本当に便利である。
 ……うん、便利な歌って何だろう?

 他にも、「きれいサッパリんりん」、「オフトゥンの歌」、「着せかえ人形にわたしはなる!」などの曲によって、わたしの衣食住は完璧なものとなった。
 夢の中でなにをしているのか、という疑問を感じなくもないけれど、それなりに快適に過ごすことができていたのだ。が――

『そろそろ目覚めないかな……』

 ……本当にこの夢、長すぎやしないだろうか。
 歌が現実――夢だけれど――に影響を及ぼすというのは確かに楽しいが、そろそろ本当に起きたい。パソコンで音楽も聴きたいし、自分の布団で寝たいし、なにより、ライブが控えているのだ。寝坊して遅刻だなんて、最悪ではないか。

 と、そこまで考えたところでわたしは気づいた。というより、どうして今まで気がつかなかったのだろう。

『目覚ましの歌、作れば良いんだよ……』



 結果として、成功しなかった。

 歌詞やメロディを変えてみたり、手振りも交えてみたり……といろいろ試してみたが、どれも駄目だ。
 歌で不思議なことが起こるわけがない、という当たり前の事実にがっかりする自分もおかしいが、かなり真剣にやっていたために失望感が大きい。

 これはいよいよ大変だぞ、と思いながらも、全力の作曲で喉が渇いたので「砂上のコイ」のAメロをうたう。
 あまりにも自然に歌が出てくるものだから、自分で笑ってしまった。勿論、乾いた笑いだ。

 ――パチパチパチ。

 しばらく繰り返しながら出てきた水を飲んでいると、いきなり拍手の音が聞こえてきた。
 驚きすぎて気管に入りそうになった水を、けほっと吐き出す。

 慌てて口を拭い振り向くと、そこには溜め息が出るほどに美しい男女が寄り添って立っていた。

 二人とも白に近い金髪で、赤みがかった金色の瞳が四つ、こちらへ向けられている。
 同じ色彩の頭とは反対に、それぞれ黒と白を基調とした服装が対照的だ。上から纏っている、薄くて繊細そうな布が、手を叩く女性の動きに合わせてふわりと揺れる。

「縺ィ縺ヲ繧らエ�謨オ縺ェ豁後〒縺吶�」

 ……な、なんて?

 全体的に白っぽく、儚げに見える美女の口から溢れたのは、鈴を転がしたような、これまた綺麗な声だった。
 けれども、その音は外国語どころか、なにかの言葉にも聞こえない。というよりもむしろ、耳障りに感じる。わたしは思わず顔を顰めた。

 次の瞬間。
 その不快感が、嘘だったかのように掻き消える。

「……それに、本当に綺麗な声」
「あ、ありがとうございます……?」

 どうやら褒められたみたいで、条件反射的にお礼の言葉が出てくる。

 ……って、あれ? 今、これ、日本語じゃなかったよね?

 普通に話したつもりだった。
 それなのに、わたしの口から発せられたのは、明らかに日本語とは異なる音、言葉だったのである。
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